12.


「あぁ、懐かしいものですね。」

「え?」


 街に入るなりそう呟いたアースベルトは、街の中央にあるひときわ大きなヤシの木を見て目を細めていた。

 話しながら、ヤシのある街の中央広場へと足を進める。


「アースベルト、ここに来た事あるの?」


 中はざわざわとした喧騒が辺りを包んでいた。

 あちらこちらに、色、色、色。


「えぇ。人間の世界でいうともう随分と前の事になりますが、私にとってはついこの前の事のようです」


 何人かが、アースベルトとマルカの髪の色に目を止めるが、殆どがチラリと見ただけで通り過ぎていく。


 クノープスではめったに見ないこの髪も、あまり珍しくはないのだろうか。


「へぇ・・・それって、人間に召喚されたってこと?」


 黄色や、緑の様々な色合いの服が市場の上に見える家と家の間にロープで渡され、つるされている。

 その家の壁は真っ白で、空の青とのコントラストが凄い。


「そうです。

 当時の人間のあり様は、今と大きく違い、悪魔召喚の儀式もまるで神聖な祈りの場ように厳かなものでした。

 それだけ、彼らも必死だったということでしょうね」


 そして、市場のテントもまた色とりどりだ。

 模様も多彩で、縞々や水玉、渦巻きやペイズリーもある。

 どうやら、一つとして同じ色と柄の組み合わせはないらしい。


 客は、テントの色や模様で店を判別しているのかもしれない。

 統一感がまったく無いのにも関わらず、それはそれぞれが大輪の花を咲かせるがごとく立ち並んでいる。


「悪魔召喚が神聖って・・・」


 ちなみに、マルカ達が入ってきたのは正門ではなく、西門と呼ばれる小さな門だ。

 そのため、門番もわずかに二人だった。

 西門から入ると市場は横並びに見え、その奥に中央広場が見える形だ。


 今は、アークベルトがここから一番近い飲み物売りのテントから甘いジュースを買ってきてくれている。

 マルカは広場の椅子に腰かけ、彼を待った。


 いったいあの悪魔はお金をどこから出しているのだろうか。

 幻覚の魔法などでないといいのだが。


「いえいえ、本当に、冗談などではないのですよ。


 儀式に赴く人間達はまず生贄や供物を用意し、様々な研究を重ねて編み出された魔術の式を地に描き、そしてさらに永遠とも思えるほどの長い詠唱の果て、疲労でもう前も見えなくなる、そんな頃になってやっと我々悪魔を呼び出すことが出来ました。

 それが、彼らの祈りでなくてなんと呼べば?」


 戻ってきて、私に艶やかな赤い花の飾られた飲み物を手渡しながら、そう話す彼の表情は、いくらか人間に同情的に思えた。

 その言葉には、悪魔召喚に否定的な、というより馴染みのないマルカでも、確かにそうか、とも思わずにいられない。


 悪魔召喚をする者たちの多くは、神に見放されたと思い込んだ信者たちだ。

 血の涙を流し、声を凝らせ、それでも諦めずに、ただ自らの願いに純粋でひたむきでいた故の暴挙。



 あるものは誰かの死を

 あるものは不死を

 あるものは力を

 またあるものは巨万の富を

 あるものは誰かの生を

 あるものは繁栄を

 そしてあるものはその地の清浄を願ったという



 それが、自身の為だけの願いではなく、誰かの為でなかったとどうして言える?すべては過去の話だ。


「マスターに置かれましては、そういった行き場のない思いを抱える人々の声にも耳を傾ける、良き支配者となって頂きとうございます」


「ぶーーーーーーーーーーっ!!!」


 ものの見事に吹き出すマルカの攻撃を、いとも簡単によけるアースベルト。


「おやおや、大丈夫ですか?」


「し、しししし、支配者って・・・?」


 余りの吹きっぷりに、辺りの人もざわざわとあからさまにこちらを見ている。

 あぁ、恥ずかしい。

 この土地の熱さも相まって、途端に顔が真っ赤になった。


「もちろん、魔王様として、この世の全てを統治する、至上の王の事でございます。

 悪だろうと、善だろうと、全てが魔王様の元にひれ伏すのです。

 あぁ、それはきっとこの世に二つとない、素晴らしい景色となりましょう。

 ・・・お忘れでございましたか?」


 はて、といった顔で首をかしげるアースベルト。


「わ、忘れたも何も、そ、そんなこと誓ってないよ!」


「おや、そうでしたか?

 ですが、すでにどう足掻こうとマスターがこの世の魔を統べる魔王様であることには、変わりはないかと・・・・?」


「い、今・・・どう足掻こうとって言いました・・・・?」


 余りの事にぷるぷると震えるマルカに、アースベルトはしれっとした顔のまま、少し眉を動かしてから、すっくと立ち上がった。


「まぁ、この話は置いておきましょう。

 まずは手始めに、この地に城を築く場所を探さねばなりません。

 私、少々心当たりもありますので一度見て来たいと思いますが、マスターどうされますか?」


(手始めって言ったよ・・・案外この人ダダ漏れだよ・・・)


「あ、うん・・・待ってる・・・」


 そう言って、すっかり力を抜いてぐでっと椅子に腰かけるマルカの手の中に、彼は一つ置き土産を置いてからその場を去っていった。


 暫くじっと空を眺めていると、黒い大きな鴉のようなものがさらに小さな三つの黒い点を従えて、共に空を飛び立つのが見える。


 どうやら、この島にある山に向かったようだ。

 次の居城は山かしら・・・。


 一つため息をついて、やっとアースベルトが手の中に置いていったものを見る。

 アクセサリーだろうか。

 鎖に繋がれた、茶色の、円状の枠のようなものが見えた。


「なんだろ・・・?これ?」


 その鎖の部分を持って、くるくると回しながら、先ほどのアースベルトの言葉を思い出す。


『支配者』

『この世の全てを統治する』

『悪だろうと、善だろうと、全てが魔王様の元にひれ伏す』


 (かぁ・・・。)


「おいそこの娘」


 (それに、すでに私がこの世の魔を統べる魔王であることには、変わりはないとも言ってたっけ。

 そういえば、そもそも私って一体いつ魔王様になったんだろう。


 あの宝石を拾った時?それとも埋めた時?

 それとも、そう、あの小屋で体を治された時?)


「おい、貴様、聞いてるのか?」


 (そもそも、彼の言ってることの意味って難しくって殆ど分かんないんだよなぁ。こんなんで魔王様とか、どうなんだろう。

 頭も悪くて、綺麗でもないし、特に特技もないし。)


「おい!」


 (いやいや、それを言うなら、そもそも何をもってして私が魔王様なの?

 あるのは、この宝寿くらいで、それこそ力が無ければ魔を統べる王とやらにはなれないんじゃ・・・?)


「おぉおおおおおおい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「へ・・・?」


 惚けた顔のまま焦点を合わせると、そこには顔面凶器とも思えるほどの、もの凄まじい顔が、マルカの持つ穴の開いた円形のアクセサリー越しにあった。



「ぎゃっ!?」


 その顔のあまりのゴツさに驚いて逃げようとすると、兵士のような恰好をした男はマルカの手はしっかと捕まえ、それは呆気なく羽交い絞めしてしまう。


「貴様ぁ、一体どういうつもりだ?

 国王様が今も尚、病床に臥せっておられるというのに、そのような黒い服を着るとはぁ!

 さては貴様・・・あの女狐の派閥だなぁ!?

 あの女に命じられたからとてそのような恰好をし、純真なる民を惑わそうとするとは、ぬぁんと知恵の浅い娘か!」


「え、えぇ!?」


 マルカがいかにジタバタしても、彼のマルカを絞める手はちっとも弱まらない。

 むしろ、どんどん強まって、圧迫は強くなっている。

 周囲には、騒ぎの大きさに途端に人が足を止め始めているが、マルカが辺りを見回しても、幼気な少女を助けようとするものはいないようだ。

 傍観を決め込むのが世の常なのか、それともそれだけ、男のいう事が正しいということだろうか?


 しかし、マルカには男が何を言っているのか、全くもって理解できなかった。

 さらに不味いことに、どうやら男は酒を飲んでいるようで、マルカの声はほとんど届いてないように思える。


「ま、待ってください!私、何も・・」


「あぁ、うるさい!この、異教徒め等が、全部・・・!」


 ギチギチと音が鳴る程に男に絞められているにも関わらず不思議とマルカはまったく痛みを感じなかったが、見た目だけでいうならマルカの細い腕は男の太い腕に圧され、もういつでも手折られそうに見える。


(この人、本気で折るつもりだ・・・!どうして、そこまで!?)


 なので痛みというよりは、彼の訳の分からない男の言動と、ギチギチという音の不快感に、堪らず空いているほうの腕をやたらめったら振り回す。


 男に当たる訳ではないのは分かっていたが、どうしたって人としてやらずにはいられないだろう。

 マルカは人ではないけれども。


 すると、その手の中にあったアースベルトの置き土産が、コトと音を立てて周りを固め始めていた人々の足元、路に飛び出した。


 手の中にアクセサリーが無いことに気が付いて、「踏まれる!」と思った時には、それをそっと拾う手が見えると同時に、大きな、如何にもしっかりとした声が辺りに轟いた。



「そこまでだ、ギル!ギル・モント!

 その手を今すぐに離したまえ!」



 声を中心にして人垣がざっと割れた。

 それは、本当に爽快なほどに。


 しーんと、辺りが静まり返る中、男の荒い鼻息だけが、最後までふーふーとマルカの首に掛かっていた。



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