4.

 アースベルトが空を飛ぶ間、マルカは彼にしがみ付きながらも必死で頭を巡らせた。今まで、こんなに考えた事はないくらいに粘ったから、頭がぐらんぐらんしたくらいだ。


 マルカは魔王。この宝石は宝寿で、城の種で、魔王の眷属。アースベルトはこの種を祖としていて、翼が生えていて、彼はきっと悪魔だろう。


 それから彼は言った。


「我、アースベルト・ログオヌスは我が主、マルカ・メイヴィングに仕え、貴女が魔王である限り、その生涯に渡り貴女を守り抜くことを誓います」と。


 それはまるで、物語に出てくる騎士が王族にする誓いの言葉のようだったから、マルカはきっとそれに答えなければならないらしかった。

 彼は悪魔で、マルカは魔王だったが、誓いは誓いだ。


 だがどう足掻いてもマルカには相応しい返事を思いつく事が出来ない。

 物語のお姫様ではないマルカには、どだい無理な話だった。


 (だって私は魔王様なんだから。)

 そう心の中では愚痴を言った。


 (あぁ、あの本のお姫様はいったい騎士になんて返していたっけ?)

 神父様にあんなに何度も読んでもらった本なのに、マルカはその物語を咄嗟に思い浮かべる事が出来なかった。


 そのうちに、アースベルトが翼をたたみ、森の先にある小高い丘の上に降り立った。

 そこは、この宝寿が落ちてきた丘だったが、周りの木々が燃えてしまっていたためにまるで別の場所に来たような印象を受ける。

 マルカは彼から降り、地に足を付けるとずっと手に握っていた宝寿をその丘の中央に埋めた。

 宝寿はマルカの手から離れる時に一度ふるりと震えると、土の中で青く瞬いた。


 じっと耳を澄ましていると、パチ、パチ、とまるで木の芽が土から顔を出す、そんな時とよく似た音がする。

 パチ、パチ。

 パチ、ピキ。


 ぴょこん、とそれは可愛らしい芽が土から顔を出し、それからはずっと早かった。

 碧の双葉の芽の中央にはあの宝寿に似た、けれど少し小ぶりの宝寿が付いており、見つめている間にそれはぐんぐんと大きくなっていく。

 そのうちに葉がくるりと小ぶりの宝寿を隠すように曲がると、それが段々と木のような色見に変わっていく。

 そのまま徐々に、徐々に大きくなり、すぐに犬小屋くらいの大きさに、さらに待つとあの、マルカが初めに見た明かりの灯る小さな小屋へと変化した。


 すぐに中へ入ると内部にはまだ何もなく、壁も以前見たような高級そうな壁紙ではなく、植物の葉の表面に近いザラリとしたものだった。

 だがそれもすぐに消え、ゆっくりとツルリとした面に変質したように見える。

(この植物は、擬態している)

 マルカはそう思った。


 再び部屋の中で宝寿の変わる姿を眺めていると、壁だったところが徐々に、扉に変化していく。

 まるで、誰かがゆっくりと絵を描くように現れるそれは、ドアノブが出来る頃にははっきりとした色合いのオークの扉に変わっていた。


 中を見たさにむずむずして開けると、今度は少し小ぶりの部屋だった。

 マルカが倒れて寝ていた、あの部屋によく似ている。

 だが、少し違う点があった。クローゼットが現れたからだ。


 マルカは先ほど初めの部屋の中央に現れた宝寿を抱きしめてキスしたい気分だったが、やめておいた。夢の中に消えるには、まだ早すぎる。


 それからどんどん部屋が増え、三日ほどたつくらいになると、とうとう宝寿はマルカが目覚めた時と同じくらいの大きさの屋敷になった。

 なるほど、倒れた時にはマルカは三日も寝込んでいたのかと、その時初めて気が付いた。


 二階へ上ると、海に面した位置にバルコニーが出来ている。

 まだ出来立てで装飾も何もなかったけれど、それが返ってマルカには嬉しい。

 出来立ての宝寿の枝は、少し柔らかく、まだザラリとしていて、まるで森の木々に触っているような気持ちになれたから。


 マルカは前よりもすこし小高くなったその丘から見える景色が、以前見たときよりももっとずっと、美しいと感じた。


 丘の下には広大な海が広がり、それよりずっと遠くの朝日が海面を照らすと濃い影を落とし、水龍のうねりが痕を残しているのが見える。

 空には雲の隙間から今にも消えそうな月がぼんやりと浮かび、登る朝日に消えゆく星々は、それでもなお輝こうとするかのように最後の命を燃やしている。


 まるでその光は宝寿の輝きとよく似たものがあった。


 それもそのはずだった。宝寿は空から降りてきたのだから。


 マルカは一人頷くと、傍にいたアースベルトに手を差し出した。

 宝寿が成長するにつれ、やっと、心が決まったように思えた。


「私に何が出来るかなんて、分からない。

 だけど私はこの新たな森を、守らなければならない。

 私は、森の民でありそして最後の精霊の祈り人なのだから。

 私、マルカ・メイヴィングはいつかこの宝寿が大輪の花を咲かせるその日まで、愛し、育み、慈しむ事をここに誓うわ。

 何があったとしても、貴方が傍にいてくれる限り、私は何度だって立ち上がり続けてみせる」


 上手く言えたかどうか。

 マルカは精一杯の気持ちをこめて、アースベルトを見つめると、

 彼はマルカの手に軽くキスをしてから、その小さな手をぎゅっと握った。


「どうか、マルカ様の前途に祝福あれ」


 それは間違いなく司祭の言葉だった。


 悪魔が言うなんて、と笑ってしまう所だが、確かにそれ以上に相応しい言葉は無いと、マルカも思った。

 この先何があるかなんて、マルカにも、誰にも、きっと神様にだってわからないだろう。


「ねぇ、アースベルト」

「はい。マルカ様」


「お腹、空かない?」


 マルカがそう言って久方ぶりに微笑むと、アースベルトもまた、悪魔とは思えぬほどの美しい笑みを返してみせたのだった。


「はい。マルカ様」


 そう言って二人は、屋敷の中へと戻っていった。

 宝寿は、その光を讃えたままに、二人を見つめている。

 しばらくたつと、屋敷にはそれは大きなダイニングルームが作られたのだった。

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