5.マルカ&王都の人々

 それから約半年ほどが経った。

 マルカは変わらず森の跡地に居たし、宝珠もまた変わらず大地に根を下ろし続けた。


 今までと多少違うところがあるとしたら、屋敷が大貴族が住むような大きさにまで成長すると、増築の速さが多少鈍りだした点だ。

 今では周囲に城壁がせり上がり始め、屋敷は徐々に城のような形へと姿を変貌しようとしていた。

 だが、それでもまだ館は館の大きさのままではあった。


 そしてマルカもまた、魔王として、森の祈り人として焼け落ちた森の再生へ尽力していた。


 不思議な事に宝寿は、森にとって必要な土地の栄養は一切奪うことなく大きくなり続けていた。マルカが思うに、宝寿は森にとって邪魔になるものだけを吸収して大きくなっているようだった。

 例えば、土深くに埋まる大きな岩や、焼け落ちても大地が栄養素に変換することの出来ない人工物や、廃棄物。

 そして、森の循環を妨げない程度の水などだ。

 これ等は、前日にはあったはずの大岩が、次の日にはすっかり無くなり、そしてその代わりとばかりに小さな木の芽が顔を出していたことから、分かったことだった。


 それから、宝寿はマルカが屋敷内に居る時には、マルカの魔力も吸い上げているようだった。

 もちろん目に見えるものではないのでマルカには確かめようがないのだが、自覚はなくとも魔王である少女には底なしとも思えるほどの魔力が息をひそめているらしく、宝寿はそれは遠慮なく吸い上げている、とアースベルトが言うのだ。

 マルカ自身は特に魔法など扱えないのだが。


 そしてその魔力は、城の増築は勿論、他にもアースベルトのような魔族を生み出すために蓄えられているようだ。


 だからマルカの仕事は主に、城の中でゴロゴロする事で宝寿の手助けをし、新たに生まれた小さな魔物達に指示をして森の中の木の様子を見てきてもらうことくらいだった。


 そんな最近のマルカの口癖は、


「暇だなぁ」


 この一言に尽きる。




 一方、こちらは魔王の住まいにもっとも近い場所にある、王都クノープス。

 この辺りでは最も大きな人族の住まう街である。

 主に商人の交流を手広く支援する事で、財を成してきた成金国家と言われている。


 そんな現金なお国柄の人々の最近の関心時は近くの大森林で起きた、突然の大火災の事だった。何せ、真夜中に起きたその火災は、森の大半を焼失させた上に、森の民と噂される民族を根絶やしにした。


 さらに火事が済んで様子を伺いに行ってみれば、森の奥地には見たことも無い大屋敷が顔を見せている(しかも、日々成長をしているようにも見える)。

 その上、街道を行き交う人々の中にはその屋敷から翼の生えた銀髪の魔物が出入りするのを見たというものまで出始めた。


 これにより、王都クノープスにはある噂が流れ始めたのである。


「昔から居ると言われてきた魔王がとうとう重い腰を上げたのだ。

 手始めに森を焼き、今に人族の街に攻め込む気に違いない。

 この街はもう終わりだ」


 他にも、


「いやいや、魔王とまでは言えない。

 何せ、あんなに小さな屋敷だ。

 俺はこの目で見たんだ。

 魔王が住むとなるならば、きっともっと大きいはずさ。

 あれは、吸血鬼の館に違いない。街の女子供をさらい、血肉をむさぼるのさ。

 この街も、もうおしまいだ!」


 とか。さらには、


「何を言う。

 魔王や魔物なぞいるはずがなかろう。

 あれは、精霊なんぞを崇め奉る森の民がとうとう神の怒りに触れたに違いないのだ。きっと神の怒りの槍が、あの森を焼き尽くしたのだろうよ。

 今にこの街にも神の怒りの裁きが下ることだろう。

 皆恐れることなかれ、神のご意志に逆らうな!」


 など。


 それは様々な憶測や推論が飛び交った上に、街の人々はこの噂の大半を信じて、当然のように恐れをなして我先に他国へと逃げ始めたのだった。


 これを聞いたクノープスの王族と一部の騎士達は相当頭を悩ませることとなる。


 街の人々を留まらせ、かつ、あの火災の理由をどうにかしてでっち上げなくてはならなくなっていたからだ。

 何せ、森を焼いたのは魔王でも、魔物でも、自然や神のなせる御業でもないということを彼等はあの大火災の日からずっと知っていたのだった。


 彼らは、あの夜のある事実をここに来るまでひた隠しにしてきた。


 それもそのはず、あの大火災を巻き起こした張本人が、この国の王族の身内にいたのだから。


 その大罪人の名を、エバンス・トワイライト。


 このクノープスの次期国王となるはずだった、最低最悪のダメ王子であった。

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