6.アルドア・トワイライト


 ――――――――クノープス王城、王の私室にて


 国王アルドア・トワイライト一世は、およそ数十年ぶりに、頭を抱えずにはいられなかった。

 以前こんなにも抱えた覚えがあるのは、国王になるべく奔走した時以来だろうと、彼はぼんやりと思う。


 どうして、こんなことになってしまったのか。

 どうして、自分の息子はあんなにも馬鹿なのか。

 まさか、国の王たる自身の息子が、あの大火災を巻き起こした張本人だとは、流石に思いもよらないことだった。


「なぁ、親父殿、仕方がなかったんだよ」

 そう言って、へらりと笑って見せる息子に、怒りを覚えずにはいられないが、ここまでくると、もはや怒鳴る気力すら失いかけていた。


 なぜあれほどまでに夜遅くに出かけたのかと問い詰めれば、鹿狩りがしたかったという。

 だが、当然の事を当然のように言うならば、本来鹿狩りは馬が足を取られないよう昼間に行くものだし、そもこの王子、弓矢すら持ち歩いていなかったと従者から証言が取れている。


 ならばなぜ、と考えれば、答えは自然と出るものだ。


 (……魔法の試し打ち。)


 この大馬鹿者が考えそうなことだった。



 つい先日、十六歳を迎えたこの王子はとうとうこの国に在籍する賢者に魔法の基礎を習い始めた。

 ずっと子供の頃から学びたがってはいたのだが、国の法律で魔法は十六歳からと決まっていたから、ずっと出来なかったことだった。

 その強制力は王子だろうと変わらなかったし、王子だからこそ強かったとも言える。


 まぁ何にせよ彼は十六歳になり、ついに学ぶ事を始めた。

 国王や王妃も、どうせすぐに飽きるだろうと特に反対することもなく、気楽な気持ちだった。何せ彼は今日やらねばならぬことは、明日やればいい。

 そういう人間だったから、やりたいと思ったことが出来るのは喜ばしいことだと国王も親として喜んだものだった。


 そしてこの魔法、これもまた彼にとって、思いの他お気に召す遊びだったようだ。


 国に仕える賢者もまた、十数年ぶりの逸材だと言って、彼に魔法を唱えさせ続けた。魔法はそれを扱おうとする事だけでもそれなりの努力が必要なものだったが、この王子、その才能の全てをそこにつぎ込んだかのように、熱を入れていた。


 特に、炎の魔法の凄まじさときたら、誰が見ても目を見張るものがあった。


 この年になるまで碌に王子としての修行もせず、毎日飽きることもなく遊び惚けていた王子を知っている親としては、夢中になれるものがようやく見つかった息子を微笑ましく思っていた所だった。

 王に仕える騎士達や、毎日振り回されていた従者たちも、心底あぁ良かったと胸をなでおろしていたのだ。

 これを機に、彼も少しは真面目な方向へ考えを改めることもあるかもしれないなんて、甘い夢すら見ていたのだった。


 そこへきて、今回のこの騒動。


 王子は、従者が止めるのも聞かず、真夜中に王都を抜け出し森の前まで行くと、あろうことか森に向かって炎の呪文を試し打った。

 やっと我に返ったのは、笑いながら木を燃やしているところに、火だるまになった人間が飛び出してきた時だったという。

 王子は、それは恐怖に震えながら、這う這うの体で現場から逃げ出したのだった。


 ため息しか出ないのも分かる。

 というものであった。


 ********************


「嫌だ!なんだよ、それ!?それじゃあ、親父殿は俺に死にに行けって言うのか!?」


 クノープスの第一王子、エバンスは父親とよく似た金色の髪を振り回しながら、それはそれは大きな声で喚き散らした。


 まるで、自身を大きな熊にでも見立てたかのように周りに当たり散らし、落ち着きも無く、部屋をうろうろする。

 御年十六歳。

 本来ならば、もうとっくに王子修行も済ませ、継承の儀を執り行ってもいいはずの頃合いだった。

 たった今国王に言われた言葉にも、この返しようなのだから、国王としても、もう、どうしようもないバカ息子としか思えなかった。


 とはいえ、息子は息子。それも王が三十五歳の時にようやく授かった、一人息子である。

 可愛くないはずがないのだが、ここまで追いつめられると国王としてもう「仕方がないのだ」という言葉しか、かけてやることは出来ない。


 そして、そんな王子の師である賢者は、王にある解決の方法を説いたのだった。


 「国には、勇者が必要です」と。


 あの大火災そのものはとりあえず魔王でも、魔物でも、神様でも、なんのせいにしても構わないだろう。

 ただ問題は、どうやってこの国に民を留まらせるか、だった。

 国に国民が留まらない理由はただ一つ。

 この国に安全を見いだせないからだ。


 この国の民は、そもほとんどが商人だ。


 安全、安心が第一で、自分の財産の事で頭はいっぱいな彼らは、自分の財産をいかにして増やすか、いかにして守るかにしか頭を割り振らない。


 だからこそあの不思議な屋敷は、目の上のたんこぶにしかならなかった。

 いかに王が一時的にでも税を安くしても、あの屋敷がある限り、噂が噂を呼んで商人達がこの国に戻ってくることは無いだろう。


 かくして王は、王子に言ったのである。


「おぉ、このクノープスの王子、エバンス・トワイライトよ。

 勇気ある、希望の子、我が息子よ。

 どうか、あの精霊の住むと言われる貴重な森を焼き払った、憎き魔王を打ち滅ぼし、無事、この国に平和を取り戻しておくれ。

 あの館がある限り、この国に未来はないのだから」と。


 王子には、もうどんなに足掻こうとも、勇者として立ち上がる他に残された道はなかったのであった。

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