7.リュー・ウィリック


「ほら、王子。さっさと歩いて下さいませ」


 そう言って、のらりくらりと焼け落ちた森跡の中を歩くエバンスを追い立てるのは、クノープス国の騎士団副長であるリュー・ウィリック。

 額に青筋を浮かべながら、王子のふらりふらりとした足取りについ声を荒げる姿は、ここ数日ですでに見慣れたものとなっていた。


 王子は、王都を出る前から、もうずっとこの調子だ。


 リューは、今回のこの騒動ではあの森の民達を覗けば、この国でもっとも貧乏くじを引かされた人物だ。

 つい先日無事他国との戦争から帰り、やっとのことで前々から約束していた八つも年下の見目麗しい乙女との婚姻式を上げる事が出来た矢先のことだった。


 そんな彼が、どうしてこういう立場に置かれたのかと言えば、あの日リューは兵団で交代制を組まれている、門外の夜勤についていた。勿論周りの団員の中には、結婚したばかりのリューの気持ちを考えて、「夜勤を代わる」と名乗り上げてくれた者も居たのだが、そうはいっても副長として、やはり見栄や建前というものがある。

 大真面目な顔で然も当然のように「そんな訳にはいかない、自分がする」と宣言した。


 夜勤はいつだって肌寒く、人恋しい。


 こんな時には、結婚したばかりの新妻と共にぬくぬくと布団に潜り込むに限る。帰ったら、この冷たい手を寝ている新妻の腰にでも付けて驚かすついでに、たっぷりと暖を取ってやろう。


 交替の時間が近くなるにつれ、そうほくそ笑んでいたリューだった。

 そこへ、あのエバンス王子がやってきたのだ。


 王子が何かと言うと外へ抜け出すのは割と毎度のことだった。

 いつも、「ちょっと冒険に」だとか、「俺の手が疼くのだ」とか言いながら辺りをブラブラして戻ってくる。

 勿論いつもお供の者をつけているし、今まで特に特別な事件もなかったから、今回もいつものようにそういう手合いだと思った。


 いつもならばリューも多少は引き止めもするのだが、その日ばかりはどうにしたって王子を引き止めるほどの力が湧いてこなかった。

 彼を引き止めると、いつも長くなる。それが分かりきっていたから。


 そして結局、リューは面倒くさいのと、早く帰りたい一心で、外に抜け出す王子を見て見ぬふりをしたのだ。


 それがこんな有様になるとは、今にして思えばあの時夜勤を代わってもらわなかった愚かな自分を恨むばかりのリューだった。


「って言ってもさ、ひでぇ事息子にさせるよなぁ、親父も。

 魔王退治だぜ!? 魔王! ま、本物の魔王でないにしろ、少なくとも魔物はいるって話なんだろ? マジやってられねぇわ」


 これである。


 本人に少しでも他人に迷惑をかけた自覚があるならば、リューにとっても多少は慰めになったものを、この馬鹿王子、どこまで行っても自分本位なのであった。

 そんな王子と二人きりであの不気味な館に向かわなければならないことを思うと、考えるだけで嫌になる。


 それに、これから向かうあの館についての情報が少なすぎるのも、問題だった。

 誰が、いつ、どのように建てたのかも謎な上に、あの火事の最中でも燃えることなく残った館。

 どんな魔物がいるのかもわからない上に、人員は二人だけ。

 しかも、内一名はまったく使えないときている。

 これが、貧乏くじでなくて、なんなのだというのだろうか。


 いくらため息をついても、どこにもリューを気にしてくれる人は見当たらなかった。



 そして、とうとう二人は不気味な館がすぐ目の前に見える辺りまでやってきた。燃え残った茂みの影に隠れて辺りを伺っては、小さな音にびくびくする。


 ここまでくるとあの館の禍々しさが一段と強くなり、まるで、館そのものが息をし、二人を見張っているのではないかとすら思えた。


「ほ、本当に行くのか……?」


 王子は、すでに腰が引けていて、今にも泣きだしそうな顔をしてリューを見た。初めからこういう顔をしていてくれれば、まだ可愛げがあるものを、と思わずにいられない。


「王子、何があっても、私のそばを離れてはいけませんよ」


「あ、あぁ……」


 二人は、気休めにとばかりに腰に携えていた剣を構え、館の大きな入口にそっと手をかけたのだった。

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