クライマックス!

 ……こ、今度はなんだ? また新たな怪獣でも呼ぼうっていうのか? 正直、怪獣の相手するのは飽きてきたんだが……! そんな俺の心情に配慮したわけではないだろうが、今度現れたのは怪獣ではなかった。


「うげっ……」


 その見た目に、思わず呻いてしまう。


 だって、そいつは、その――無数の触手をウネウネさせたタコのような幻獣だったのだ。この場合は、タコ足なので触手じゃなくて触足なのだろうか?

 まぁ……なにはともあれ、ヌルッヌルヌメッヌメしてて、ひっじょ~に気色悪い。すっげぇドドメ色だし!


「ふんっ……あれが向こうの切札というわけか」


 乙女はややふらつきながらも、刀を構える。


「大丈夫か、乙女? 無理するなよ?」

「牝野に心配されるほど落ちぶれてはおらぬわ!」


 相変わらずのツンツンっぷりだ。まぁ、それだけ元気を出せれば大丈夫か。


「よし……こんな悪趣味な幻獣にはさっさと退場してもらうか」


 俺も男の娘ソードを再び握りしめて、ビームを放出する。


 ――ヴィイイイイイイイィイイイイイン!


 それととともに、また体からガクンとエネルギーを吸い取られる感覚がした。いや……これ、感覚じゃなくて……本当にエネルギーが吸い取られてると思う。

 眩暈がして、足元がふらつく。……しかし、ここで倒れるわけにはいかない。


「さあ、やっておしまい! わたしのかわいいタコタン!」

「タコヂュゥウーーーーーーーーーーー!」


 くそっ、ネーミングも鳴き声もすげぇ適当じゃねーかっ! そんなやつにやられてたまるか!

 真っ先に俺に向かって伸びてきた触手を、男の娘ソードで上段から斬り落とす。


「ヂュウゥウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」


 タコの焼き焦げる匂いととともに、その先端は地面に落ちていった。それでもトカゲの尻尾みたいに動いていてキモい。


「うっ……くそっ……はぁっ……はぁ」


 そして、男の娘ソードを使ったことで、さらに体が熱くなって、視界が揺らぐ。


「ゆ、ゆーくん大丈夫? なんだか、顔が赤いよ……それに、息も……」

「あぁっ……だ、大丈夫だ……」


 そうは言うも、さらに熱が上がって呼吸も苦しくなっている。


「ゆ、雄太さんは休んでいてくださいっ!」


 ペン子さんが俺のところに駆け寄ってきて、前に立つ。


「……ペン子さん、もしかしてこの男の娘ソードって……俺のエネルギーを吸い取ってませんか?」

「そ……それは……この戦いが終わってから、お話します……」


 ペン子さんの反応からすると、やはりよからぬ副作用がありそうだ。この件に関しては、色々と意味深なことばかり言ってるものな。


「ふんっ、牝野。調子が悪いなら下がっていろ! わたし一人で十分だ!」


 乙女は刀を構えると左右に移動しながらタコタンに向かって殺到していく。


「ヂュルーーーーーーーーーーッ!」


 そこへ二本の触手が襲いかかるも、乙女は残像が見えるほどの勢いでてかわしながら、間合いを詰めていく。そして――


「やあああああああああっ!」


 敵の目の前で跳躍して、脳天から刀を振り下ろす――はずだった。


「ダゴビュウゥウウウウウウウウウウゥウウウウウウウウウウッ!」

「なっ!? ぐぁあっ!?」


 しかし、タコタンの口から放出された大量の黒濁液を乙女はもろにくらってしまった。その勢いのまま乙女は吹っ飛ばされて、地面に強かに叩きつけられる。


「うぐっ……なんだこの生臭い液体は……?」


 しかも、そのネトネトした黒濁液は乙女の体にまとわりついて、敏捷性を奪っているようだった。


「うふふふふ……最後に正面から来るとは、とんだおばかさんね!」

「くっ……わたしとしたことが……」

「ほら、タコタン、やっておしまいなさい!」


「タコヂュゥウウウウウウウウウウウウウウッ!」

「ぐっ!」


 伸びてきた触手をよけようとするも、黒濁液まみれの乙女には無理だった。最初の触手こそ剣で弾いたが、次々と繰り出される触手によって胴体をグルグル巻きにされてしまう。


「くっ、このぉ! 離せぇっ!」


 手首にも触手は絡みつき、乙女は剣を振るうこともできない。

 そのまま、乙女の体は宙へ持ち上げられてしまった。


「乙女っ! はぁ、はあっ……」


 まずい……これは、休んでいるなんて悠長なことを言っている場合じゃない。体は相変わらず熱っぽくて、息も上がっている状態だが……。


「こ、ここはボクがなんとかするよ!」


 弥生は身構えると、タコタンに向かっていく。


「うふふ、来たわね裏切り者っ! 絶対にあなただけは許さない!」


 タコタンは乙女を拘束しながらも、新たな触手を伸ばして弥生におそいかかる。


「ええいっ! う、あっ! わああっ!?」


 弥生も魔力をまとった手刀でそのうちの触手を一本切断するが、さすがに全部を相手にするのは無理がある。乙女と同様に、弥生まで触手に捕まえられてしまった。


「や、弥生っ!」


 くそっ、かなりピンチじゃねーか! 今まで幻獣を割と楽に倒してきただけに油断があった。こんな厄介な幻獣がいたなんて。しかも、俺の体調は最悪ときている。


「あははははは! やっぱりわたしの発明した幻獣は最高だわっ! 次は、あなたの番よ!」


 四本の触手が奔流のような勢いで俺に向かってくる。しかし、今の俺にそれをよけることもできなかった。


「雄太さん!」


 そのとき、回避不能の俺をかばうように、ペン子さんの着ぐるみが目の前に立ちはだかった。


 そう思ったときには、ペンギンの着ぐるみは触手の攻撃をもらにくらって宙を舞い、俺の目の前に背中から叩きつけられた。それによって、ペンギンの頭が転がる。


「ぺ、ペン子さんっ!?」


 俺は自分の症状も忘れて、ペン子さんのところへ駆け寄る。


「う、うう……」


 ペン子さん頭から血を流していた。ボロボロになったペンギンスーツの頭部合から、かなりのダメージを負ったようだ。


 それでも、ペン子さんの口から出たのは、謝罪の言葉だった


「……すみません……雄太さん……わたし……ずっと、肝心なことを……隠していました……。その……男の娘ソードですが……雄太さんの男の娘パワーを……吸い取るものなんです……それを使いすぎると……うぅ……さ、最終的には……雄太さんは元の姿に戻れなくなってしまう恐れがあります……」

「なっ……!?」


 おかしいとは思っていたが、まさかそういう副作用があったとは……。


「……黙っていて、すみません……それに、こんなことに巻き込んでしまって……本当に、ごめんなさい……」

「そんな……謝る必要なんていないですよ……」


 確かに男の娘戦士になってしまったことで、こんなとんでもない戦いに巻きこまれてしまったが……そのおかげで、ペン子さんと充実した日常生活を送ることができた。 


 ずっと家庭の温かさというものとは無縁だった俺が、それをペン子さんのおかげで知ることができたのだ。

 あのままペン子さんがやって来なかったならば、今も俺は日々変わることのない帰宅部生活を送っていたことだろう。


「ふふ、邪魔が入ったけど、次はそうはいかないわ! やってしまいなさい、タコタン!」

「タコヂュウゥウウウゥウウウウウウウウウウウウウウウウー!」


 再び四本の触手が、勢いをつけて俺に殺到してくる。

 ここで男の娘ソードを使ってしまったら、もう元の俺に戻れなくなってしまうかもしれない。

 でも、ここで俺がやられたら……全員皆殺しにされてしまって、おそらく地球は宇宙人に支配されてしまうことになるだろう。


「なら――選択肢はひとつじゃねーか!」


 俺は男の娘ソードを握りしめて、ビームの出力を上げる。


「だああああっ!」


 まず最初に伸びてきた触手を斬り落とし、次に上から伸びてきた触手をバックステップでかわしながら切り払い、遅れて左前方から襲いかかってきた触手を叩っ斬る。


 もう迷うことなく全力を出しているからか、体の症状は気にならなかった。触手の動きも、手に取るようにわかる。


「くっ、小癪な! なら、これならどうかしら? タコタンッ! 人質を締め上げなさいっ!」

「ヂュルルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 タコタンは空中で拘束した乙女と弥生を、ギリギリとこちらに音が伝わってくるぐらい強烈に締め上げる。


「ぐっ、ああ!」

「う、あぁあっ!」


 乙女と弥生から悲痛な声が上がる。


「くっ……」


 ……やっぱり、悪の手先は卑怯だ。常套手段を使いやがる……だが、それゆえに、効果はある。


「うふふ……このまま……骨を折って内臓が破裂するまで締め上げることもできるのよ?」


 形成の逆転に気をよくしながら、女は俺のことを笑みを浮かべて見てくる。


「くっ、牝野……わたしなんぞに構わず、戦えっ!」

「うふふ、そういう強がりを言うやつは、わたしは大っ嫌いなのよ! これでもそんなことを言えるのかしら!?」


 女の声に呼応するように触手の締めつけが強められる。


「うっ! ぐ、ふっ……はっ……ぐ、うぅっ……!」

「お、乙女っ! くそっ、やめろ! お前ら、俺たち地球人になんの恨みがあるんだよ!」

「恨み? そんなものないわよ。ただ、あなたたちはわたしたちの地球侵略にとって邪魔な存在。それだけなのよ。わからないかしら」

「そもそも、なんで地球を侵略する必要があるんだよ!?」


「そんなの、力があるものが弱いものを支配するのが当たり前じゃない。地球の中では食物連鎖の頂点にいたつもりだろうけど……宇宙規模でいえば、上には上がいるってことなのよ。科学のみならず、魔法をも発達させたわたしたちのような存在が、ね? だから、科学しか持たないような地球人は、地球ごと植民地になるのが、自然なことなのよ!」


 反論しようとしたところで、先に弥生が口を開く。


「やっぱり、そんなの間違ってるよっ……! ボクも地球にスパイとして入ったときは、低俗な人間は支配するべきだと思ってたけど……色んな人たちと出会って、ボクたちは友達になれると思ったんだっ! 自分の星の利益のためだけに地球人を支配するなんていうのは、前時代的な考え方だよ!」


 触手に捕えられた弥生が、声を張り上げる。


「なによ、裏切り者がベラベラとっ! あんたが裏切るから、四天王であるわたし自らこんな辺鄙な星まで来なきゃいけなくなったんでしょうっ!? 責任を感じなさい、責任をっ!」


 女はヒステリックに叫びながら、弥生を捕まえている触手の締めつけを強くする。


「うぁ、あっああああああああああっ!」

「や、やめろっ! やめてくれっ!」


 このまま、弥生と乙女が締め殺されるのを見てることなんてできない。


 でも、一か八か突撃するといっても、先に向こうに察知されたら、それこそ取り返しのつかないことになる。


 どうすれば……いったい、どうすればいいんだ、俺は……!?


 ――と、そのときだった。まったく想定もしないことが起こった。


「おおおおおお~っ! 美少女三人揃い踏みじゃまいか!」

「わたし女だけど、触手に拘束されてる美人とかマジポイント高いんですケド!?」

「縛られてる乙女たん、かわいいよぉおおお! はふはふはふはふぅぅうううっ!」


 こんなときに奇人変人のファンどもが現れやがったっ!


「な、なによ……この気持ち悪い連中は?」


 グロテスクな触手を使役している女にとっても、あの濃ゆい連中はキモいみたいだった。特に乙女たんを応援する会のメンバーは萌えキャラ化した乙女のイラスト入りTシャツを全員で着ているからな……。破壊力抜群だ。


「ん? で、なんだあの悪役みたいなコスプレしてるねーちゃんは?」

「おお、俺かなりタイプだわっ!」

「ってか、すげぇ巨乳!」

「おっぱい祭の時間だあああああああああああああああああああああああ!」

「よし、録画の準備はできてるな!?」

「おっけーいっ! スイッチ・オォオーーーン!」


 さすが民度の低い我が校の生徒たちだった(一部、他校というか一般人も混じってるんだが……)。

 こんな緊迫した状況でも空気を読まずに、欲望に忠実に行動しているっ!


「ひ、ひぃいいっ……!」


 周りの観客の異様な熱気に、女は恐怖を感じているようだった。まぁ、気持ちはわからんでもないが……。


「いまだっ!」


 弥生が叫ぶとともに、両手からビームのように手刀が伸びていき、身体に巻きついていた触手を切断した。


「しまった!」

「……おとちゃんっ!」


 弥生はさらに乙女を拘束している触手もビーム手刀で切断した。そのまま二人揃って、触手から距離をとって俺のほうへ下がってくる。


「くっ……おのれぇ! やってしまいなさい!」

「ダゴヂュウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 再び俺たちに何本もの触手が伸びてくるが――


「でえええぇええい!」


 俺は男の娘パワーを最大限まで高めて、伸びてきた触手を斬り落とす。

 もう、どうなろうとしったこっちゃない。戻れなくなるなら、もうそれでいいっ!


 完全に吹っ切れた。というか、ここがラストチャンスだろう。なら、ここで決めるしかない! 俺は、襲いくる触手を斬り払いながら、一気にタコタンとの間合いを詰めていく。


「ヂュヴゥウウウウウウウウウウウウウウウウうううううううううううッ!」


 さっき乙女が失敗したおかげで、敵の奥の手である黒濁液放出も予見できた。


 俺はタコタンがわずかに顔を後ろに反らせたところで、一気に足を踏み込んで加速する――!


 タコタンが黒濁液を放出した時には、背後に回り込んでいた。


「くらえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 地上から天に舞い上がるように、一直線にソードを振り上げる。


「ダゴッヂュウゥウウウウウウウッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


 ブヨブヨしていて、いい手応えではないが、最後にはジュウウゥウウウウウウウウッ!と、タコの焼き焦げるような音と香ばしい匂いがして、タコタンは消滅していった。


 ……今度生まれ変わったら、たこ焼きの具にでもなってくれ。


「くぅうっ!? わたしのタコタンがっ!」


 これで残るはこの女幹部だけだ。


「どうする、降参するなら、それでもいいぞ、俺は」


 俺はソードの切っ先を向けながら、訊ねる。地球を侵略しようとしている宇宙人とはいえ、斬ることは気が進まない。


「くぅぅ……だ、誰が地球人ごとに降参するもんですかっ! ……も、もういいわよっ! こんな気持ちの悪い連中のいる星なんて近寄りたくなんてないわ! ほんっとうに、どうなってるのよ、この星は! オーバーテクノロジーな上に変態ばっかりで!」 


 そう言うとともにブラックホールが現れて、女幹部はその中に吸いまれていく。


「あっ、待てっ!」


 そして、最後の瞬間。


「ヤヨイ……」


 最後に少しせつなそうな顔をして、弥生の名前を呼んだ。


「……エルコ様、今までありがとうございました」


 弥生は俯いて、頭を下げた。


「ヤヨイのバカぁ!」


 最後には涙を浮かべて叫びながら、女幹部は消えていった。


 ……どうやらふたりに間には、いろいろと複雑な事情があるようだが……。まぁ、これは俺の介入するところではないだろう。


 とにもかくにも、宇宙からの侵略を退けることができた。

 そして、安心するとともに。


 ――俺の身体に異変が起きた。

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