追及!
「なんで弥生がこんなところにいるんだ?」
「それはボクの台詞だよっ! なんでゆーくんとゆりちゃんが秋葉原に?」
……まぁ、その疑問はもっともか。
弥生は割と頻繁に秋葉原に行っているが、俺が自分から行くということはなかったからな。しかも、ペン子さんと一緒だなんて。奇異の目で見られるのは、俺たちのほうかもしれない。
しかし、まさか弥生に先ほどのことを言うわけにはいかない。
ええい、どう誤魔化したものか……。
「え、ええとっ……そ、それはっ……」
ペン子さんも、しどろもどろだ。
「あっ、わかった♪」
そんな俺たちの姿を見て、弥生はにっこりと笑う。
「ごめんね、デートの邪魔しちゃって♪」
ち、ちげえええええええええええええええええええええっっっっ!
「ふぇっ……!? えっ、あ、それは、そのぉ……!」
思わぬ返答に、ペン子さんは口ごもりつつ赤くなる。
「ち、違う違う違うからっ」
そして、俺も顔を赤くしながら、否定する。
なんだか、これじゃ、かえって怪しいっ!
そんな俺たちの反応を見て、弥生はニヤニヤ笑う。
「もー、そんなに否定しなくてもいいのにー♪」
どうやら思いっきり勘違いされているようだ。無理もないことだが。
しかし、俺とペン子さんがそういう仲だと思われるのは……俺はともかく、ペン子さんにとっては迷惑だろう。
「いや、本当に違うから。ちょ、ちょっと買い物に来ただけだから!」
「え、あ……そ、そうですっ! そうなんですっ! ちょっと、秋葉原がどんなところか興味があったので、雄太さんに案内してもらっていたんですっ!」
ちょっと苦しいが、ここは押しきろう。
「へえー♪ そうなんだ~♪」
弥生のニコニコは止まらなかった。完璧に誤解されてしまっている!
「いや、本当だからな? 俺とペン子さんはただ一緒に買い物に来ただけで、それ以上でもそれ以下でもないから」
無駄な抵抗とわかりつつも、一応はそういうことにしておく。
そして、この話題をずっと続けるのもボロが出そうだ。こういうときは、逆に質問をするに限る。
「や、弥生のほうこそ、今日はアキバでなにしてたんだ?」
「ボク? うーんと、メイド喫茶のバイトの面接!」
「うぇっ!? というか、お前の性別で受けられるのか?」
そりゃ、顔はかわいいが、これでも男だしなぁ……。
「あー、うん。やっぱり、性別的にダメだって……」
そりゃ、面接受ける前に店側が言うべきだったんじゃないかと思うが、普通は男が応募しないよな。弥生は女声だから、電話じゃ判別つかないだろうけど。あと、名前も女っぽいし。
「うーん、それとも、男の娘喫茶に応募するべきだったかな~」
弥生の口から「男の娘」という名称が出て、俺とペン子さんはギクッと反応してしまう。
「んん? どうしたの、二人とも」
「い、いやいやっ、な、なんでもないぞ!」
「は、はいっ、な、ななななんでもないですっ!」
やばい。俺もペン子さんも秘密隠匿能力が低すぎるっ。と、とにかく、こういう場合はどんどん話題を繋いでいくことだっ!
「お、男の娘喫茶なんてあったのか?」
「うんっ、そうだよ♪ 裏通りにちょっと入ったところにあるんだ♪ でも、衣装がボク好みじゃないんだよね~。ボクは普通のメイド服のほうが好きだから♪」
よしよし、話題を逸らすことに成功した。あとは、この話題を発展させて弥生にベラベラしゃべらせておけばいいだろう。
そして、俺の狙い通りに、弥生は秋葉原の男の娘喫茶事情について訊かせてくれた。秋葉原エリアにはいくつか店舗があって、どちらも女性客に大人気らしい。まぁ、弥生レベルなら、どこへ行っても看板(男の)娘になれると思うが。
というか、やっぱり、弥生のほうが俺よりも男の娘に向いているんじゃないかと思うんだがなぁ……。変身するまでもなく、こんな女っぽいんだし。
「……って、ごめんねっ! 二人ともデート中だったのに」
ベラベラしゃべっていた弥生が、話を切り上げて謝ってくる。話すようにしむけたのは俺だけどな。
「いや、だから、デートじゃないからな!」
「も~、隠さなくてもいいのに~♪ それじゃ、ボクは買い物行くから♪ また明日学校でねっ♪」
そう言って、弥生は歩き始めてしまった。
「あ、ああっ、じゃあな、弥生っ」
「あ、はいっ、また明日です、弥生さんっ」
とりあえず、俺とペン子さんは弥生のことを見送るしかなった。結局、誤解されたままな上に、気を使われてしまった。
「そ、それじゃ……帰りますか」
「は、はいっ」
散々デートだのなんだの言われてしまったので、なんか意識してしまうじゃないかっ。
俺とペン子さんの関係は、男の娘戦士と、男の娘戦士推進団体の職員というだけだ。一緒に暮らしているといっても、それは支援のためであって、それ以上のものではないっ。それはわかっているのだが、俺も年頃だからな……。意識するなというほうが無理がある。
秋葉原をこうして歩いていても、通行人がチラ見しまくるほどに美人なペン子さん。性格は今まであった女の子のなかで、文句なしに最高。各種テクニックも持っていて、まさに男の理想像。抜群のプロポーションの持ち主でもある。
そして、慎ましやかでありながら、趣味のことになると自嘲しないペン子さん。そのギャップが、けっこう好きだったりする……。って、いかんいかん。意識しちゃだめだっ、これからも一緒に住み続けるんだからっ!
うーむ、それにしても……弥生と別れてから会話が続かない。気まずい……というのとはちょっと違う。なんというか、甘酸っぱい感じというか!
「え、ええと……あのっ……な、なんでもないですっ!」
そして、ペン子さんも俺に話しかけようとしては、途中で取り消したり。こちらのことを意識しているのがわかる。そんなペン子さんがかわいいと思ってしまう。
しかし、ずっとこんな調子で生活するとお互い気づまりすぎる。なんとか緩和していかないとっ!
「きょ、今日の夕飯はなんですか?」
まずは、当たり障りのない会話を。
疑問形で話しかけることで、向こうに答えさせるという会話術の初歩だ。そこから、話を発展させていけばいい。
「そ、そうですねっ! きょ、今日は、お刺身にしようかと思っています。昨夜、団体に頼んでおいたので、夕飯に合わせて漁港直送の新鮮な魚介類が届きます。捌くのは、私がやります」
うむ、包丁の使い方も、抜群というわけか。やっぱり、ペン子さんはあらゆる意味でテクニシャンだ。洋食だけでなく和食もできる。そもそも、香辛料を使った本格的なインドカレーまで作ってたしな。家にいながら、世界の料理を高クオリティで堪能できるとは、本当に恵まれている。
いいものを食べさせられると、その分がんばらなきゃって気にもなる。人間の三大欲求なだけに、食欲はおろそかにできない。あと、睡眠欲も。もう一つの性欲については、ノーコメントだ。……というか、そんなもの意識してたら、美人と共同生活できないからっ!
テンパってしまっているせいで、いつもよりも頭の中が散漫になって無駄なことを考えてしまう。これは、よくない。早くご飯を食べて、お風呂に入って、さっさと寝よう。
……ま、まぁ……昨日みたいに背中を流されたり、布団の上でマッサージされたりすると、困るんだが……。なんとか、そこはお断りせねばっ!
その後も、ペン子さんとの会話はあまり続かなかった。家に帰るまでの道のりが、こんなに遠く感じられたのは初めての経験だった。
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