幻獣&幼なじみ&職質
ちょ、ちょっと待て、どういう力学だ!? 足にブースター? って、どうやって姿勢を制御している!? いや、これ、物理法則いろいろと無視しすぎだろう!?
混乱した頭に、数々の疑問がよぎる。その間にも、住宅街の屋根が眼下にものすごい速さで流れていく。
落ちたら、死ぬ。時速百キロ以上出てるだろ、これ……。
血の気が引きながらも、俺は必死でペン子さんに抱きついていた。
もう、ぬくもりを感じているどころじゃない。命の危機を感じる。
そうして、十秒ぐらい……いや、本当は数秒ぐらいなのかもしれない……のフライトを終えて、ペン子さんは街中に着地した。
俺は恐怖の飛行から解放されて、地面にへたり込む。
「ぜぇはぁ……じゅ、寿命が五年ぐらい縮んだ気がしますよ……」
……っと、そこで俺は自分が制服のスカートを着ていることを思い出した。慌てて、脚を閉じて、パンツが見えないようにする。
スカートって、けっこう大変なんだな……安心して大股開きもできない。そんなことを思いつつ立ち上がり、辺りを見回してみる。
「こ、ここは……?」
俺も知っている、駅前の商店街。本屋やファーストフード店があるので、たまに学校帰りに寄ったりもしている。
だが、いつもと様子が違うのは一目瞭然だった。なぜなら――、
「グギョアアアアアアアアア!」
全長二十メートルはあろうかという恐竜が、咆哮しながら暴れているのだ。
これが……さっきペン子さんが言っていた幻獣?
まるで、恐竜の図鑑にでも出てきそうな恐竜だ。やたらとリアルで、ぬいぐるみのようなスーツを着ているペン子さんとは対照的だ。それが、見境なく暴れて、そこらへんのビルを破壊している。
「な、なんなんですか、あのやばそうな化物は……?」
「あれが……私たちの戦わなければならない幻獣です!」
ペン子さんが、着ぐるみの中から呟く。
「グルオオオオオ!」
その間にも幻獣は、その巨大な体躯で街を破壊している。
人々は逃げ惑い、駆けつけた警察官が、怒声を上げながら拳銃を発砲。
しかし、その銃撃を受けても、幻獣はまったくダメージを負っていないようだった。
「警察の皆さん! 市民の皆さん! 危険ですから、離れてください!」
ペン子さんの声が拡声器を通したような大音量で響く。あの着ぐるみには、そんな機能もついているらしい。
「さあ、雄太さん、出番です。私もサポートしますから、がんばって戦ってください」
俺にだけ聞こえる声で、そんなことを言われる。
いや、いきなり戦えと言われても、戦い方なんてわかるわけがない。
「……戦うっていっても、どうすればいいんですか?」
あんな巨大な幻獣相手に素手でどうにかなるわけないし、それに拳銃ですら効かないのに、どうしろってんだ。こっちは帰宅部で体育は大の苦手だ。
「やっぱり最初は肉弾戦です! そして、ゲージがたまったところで、超必殺技で一気に、どかーんと!」
どこの格ゲーだ! 俺、あんまり得意じゃないぞ! 必殺技の入力が苦手だから、防御と回避と投げ技を組み合わせて地味に戦ってるタイプだし!
「……飛び道具はないんですか?」
「鋭意開発中です!」
なんていい加減な組織なんだ。いきなりこんな怪物の前に連れて来て、殴り合いをしろというのか……。
そう俺が心底呆れたときだった。
「やあああああああっ!」
俺の横を疾風のように人間が駆け抜けていき、幻獣に向かって勢いよく跳躍したかと思うと、剣で斬りつけていた。……って、ちょっと待て。二十メートルを跳躍!?
「ギィエエエエエエン!?」
今の攻撃が効いたのか、幻獣はわずかに後ずさる。
「ふんっ、頑丈な奴だ!」
なんなく地上に着地したその人物を見て、俺は驚愕する。
剣道の稽古着っぽい鎧みたいなものを身に纏い、後ろに束ねた黒髪、そして、精悍な顔つき――。この顔を忘れるわけがない。俺の幼馴染の、男川乙女(おがわおとめ)。男川流剣術の後継者にして、全国大会でも優勝している剣士だ。
名前の通り、超男勝りで、暴力的で、俺とは相容れない存在である。それなのに、幼稚園から高校まで一緒なんだから、腐れ縁というやつだろう。
「なんで乙女が戦ってるんだ!?」
と、口を開いてから、しまったと思った。俺のいまの姿って、美少女女子高生だった。
案の定、乙女のやつは変な顔でこちらを見てくる。
「……なんだお前は? なんで私の名前を知っている?」
まさか、ここで俺だということを言うわけにもいくまい。女装癖の変人だと勘違いされたら、こいつから生涯ゴミを見る目で見られ続けるだろう。
「……。ご、ごめんなさいっ、その……私、牝野(めすの)くんのイトコで、乙女ちゃんのことよく聞いてたから……」
ちなみに、牝野は俺の苗字だ。牧野とよく間違われる。ってか、牧野に間違われたほうが数千倍いい。改名したいぐらい嫌な苗字なのだ。
「なに? 牝野のだと?」
「……う、うんっ。そうそう! 私、雄太くんのイトコなんだっ☆」
疑われないように、努めて女子高生っぽく主張してみる。
「……ふんっ、危険だから離れていろ」
乙女はというと、ぜんっぜん俺のことに気がつかないようだった。
……まぁ、当然か。まったくもってツラが別人で、声もアニメボイスだからな。これなら両親だって、気がつかないだろう。
その間に、幻獣は体勢を立て直したようだった。乙女のことをギロリと睨みつける。
そして――、
「グルオオオオオッ!」
ドシンドシンと巨体を揺らしながら、乙女に突進してくる。まるで、超巨大ダンプが突っ込んでくるかのような、恐怖を感じる。
「ふん! 正面から来るとはいい度胸だ!」
それでも、乙女はまったく臆することがない。それどころか、剣を手に、勇躍、幻獣に立ち向かっていく。
「やあああああ!」
乙女は跳躍しながら幻獣の突撃をかわして、すれ違いざまに顔面に剣を振るった。
「ギシャアアアアッ!?」
それも、見事に直撃。幻獣の巨体が、ぐらりと傾く。
……ってか、乙女強ぇ!
なんで拳銃でも倒せない化け物と同等以上に渡り合っていやがる。そもそも、たやすく二十メートルを跳躍するとか意味不明すぎる。
まさか……こいつも、なにか特殊な存在なのか?
「グ、グォオオオオ~……!」
敵わないと見たのか、幻獣は振り返って、逃走し始める。
「くっ、逃がすものか!」
追おうとする乙女だが、
「ギエエエエエエン!」
静止した幻獣が叫ぶとともに、その姿が光に包まれる。
「くっ……!」
その姿を見て、忌々しげに見つめる乙女。どうやら、あの状態になってしまうと、幻獣を傷つけることはできないようだ。つまり、乙女と幻獣と対戦は初めてじゃないということだろうか。
幻獣の輪郭は大気に溶けていき、その姿は完全に霧消してしまった。
あの巨体が、あんなふうに消えるとは、まったくミステリーだ。実態を伴ってるからこそ、街を破壊できると思うのだが……。
謎は深まったが……なにはともあれ、これで幻獣を撃退できたわけか。
やれやれ。これで俺にも一応は平和な日常が――
「……ところで、君達は何者だね? 我々の仲間というわけではなさそうだが? 名前と職業、住所を聞かせてもらえるかい?」
「えっ」
なぜか警察の人がメモを片手に、俺に職質してくる。
てっきり、「男の娘戦士」とやらは、政府系の機関かなんかかだと思っていたのだが……。えっ? まさか、非合法?
「さあっ! 逃げますよ!」
「え、えええええー!?」
ペン子さんは俺の腕を掴むと、再び物理法則を色々と無視したブースターを点火して、空へ飛び出した。
「あっ、こら! 待ちなさい!」
そのまま警察官を振り切って、俺たちはこの場を離脱する。
さっきは背中に乗せてもらっていたわけだが、今回は、宙吊りだ。この状態で飛ぶと、電柱とか電線に接触しそうで無茶苦茶怖かったが、ペン子さんは絶妙の飛行コントロールで逃げていった。
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