男の娘戦士誕生秘話

「百合宮ペン子です! 牝野雄太さんをお連れいたしました!」


 その女性に向かって、ペン子さんが挨拶をする。


「お疲れ様です、ペン子。そして、牝野さん、ようこそ男の娘戦士推進団体本部へ」


 すっと立ち上がって、こちらに歩み寄ってきたのは、緑色がかった制服に身を包んだお嬢様学校にでも通ってそうな、上品そうな美少女だった。髪が腰のあたりまであり、どこか愁いを秘めたような眼差しをしている。どこか、神秘的な印象を受ける。


「お初にお目にかかります。私が、男の娘戦士推進団体理事長の碧美凪(あおいみなぎ)です」


 声もどこか落ち着いていて、気品がある。……というか、理事長って、こんな美少女だったのか? てっきり、もっと年配の人かと思っていた。


「め、牝野雄太です……」


 緊張で、なにを話していいやら。そもそも、こんなにお嬢様系美少女が出てくるとは予想外だった。


「これまで挨拶が遅れてしまって、たいへん申し訳ありませんでした……。牝野さんのご活躍は、動画で拝見させていただいております。本当に、素晴らしい才能をお持ちですね。男の娘パワーを、最初からあれだけ自由に使えるというのは、まさに千年に一度の天才だと思います」


「いえいえっ……! いや、俺なんてたいしたことないですよっ」


 特別なことをしたわけじゃない。ただ普通に動いて、剣を振って、幻獣と戦っただけだ。それは、すべてパワードスーツのおかげと思うのだが。


「私もパワードスーツを着ていますから、いかに牝野さんの才能が傑出しているかはわかるつもりです。まさに、史上最強の男の娘戦士と思います」


 な、なんですとっ!? そ、それは、つまり……。 


「え、ええっ……!? それじゃ、パワードスーツを着ているってことは、その……」

「はい。私も男の娘戦士です」


 な、なにぃいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?

 この姿で男の娘だっていうんなら、俺は世の中のナニを信じればいいんだっ!? どこからどう見ても、完全無欠の美少女お嬢様じゃないかぁあああっ!?


 思わず、俺は目の前の碧さんをマジマジと見つめてしまう。顔、髪、胸、絶対領域、ニーソックス……うん、これで男の娘って、そんな無茶な。胸、大きいし。


「そんなに見つめられると、照れてしまいますね」


 そして、この物腰の柔らかさ。これを大和撫子と言わずして、なんと呼ぶ。ちょっと、、自分の中の常識がガラガラと音を立てて崩れていくかのような気分だった。


 まぁ……俺の変身姿も、他人から見れば、こんなふうに見えるのかもしれないが。ただ、俺の場合はかなり下品なイメージが定着してる気がするけどな。スカートの中に手突っ込んでるし、パンツ目撃されまくりだしっ。

 そもそも、スカート短めなんだよな、俺のパワードスーツ。


「本当ならば、私が前線に出て戦うべきなのですが……実は、今の私は男の娘パワーをほとんど発揮できません」


「えっ、そうなんですか?」


「はい。牝野さんばかりを危険な目に遭わせるのは心苦しいのですが……しかし、地球の危機を救うためには、牝野さんの力が必要です。どうか、牝野さん、私たちのために、なによりも地球のために、力を貸してください」


 そう言って、碧さんは深々と頭を下げた。


「わ、私からもお願いしますっ!」


 そして、ペン子さんも一緒になって頭を下げた!


「ちょ、そんな頭を下げられるようなことしてませんよ!」


 しかし、二人は依然として頭を下げ続ける。


「……いえ、危険な目に遭わせてしまっているのですから、頭ぐらい下げさせてください。私たちも、全力で牝野さんをバックアップいたしますので、どうか、これからもよろしくお願いいたします」

「わ、私もっ、これからも雄太さんのために、もっともっとご奉仕いたします!」


 しかし、こんな頭を下げられてる状態は、居心地が悪いったらありゃしない!


「いやまぁ、二人とも、頭を上げてくださいよっ! 本当に、俺はたいしたことしてないですし!」


 しかし、そんなされるほどに男の娘戦士になって戦うことにはとんでもないリスクでもあるのだろうか? 危険と言えばそうだが、現状ではかなり余裕を持って戦えている。そうそうやられることはないんじゃないかと思うが。ただ、警察に追われる身にはなっているけど。


「現在、政府と秘密裏に交渉をしております。遠からず非合法状態も取り消される日がくると思います。通常兵器が効かない幻獣を倒すためには、男の娘パワーが有効ですから。男の娘パワーは、実に女の娘パワーの十倍ほど、効果があるんです」


 そのメカニズムがよくわからないが……。というか、なんで通常兵器が効かないんだ、あの幻獣。あと、運動神経の塊のような乙女と遜色ない戦闘力を発揮できるのは、パワードスーツの性能差だけではないということか。なんで俺にそんな男の娘パワーがあるのか、わからんが。


「今は、女の娘戦士と男の娘戦士で争っている場合ではないはずです。宇宙からの侵略に対抗するためには、合法非合法など些末なこと。必ず、この問題は解決いたします」


 ……うん、変身するたびに毎回警察に追われているのは嫌だからな……非合法じゃなくなることはありがたい。


「しかし、なんで宇宙人が地球を狙うようになったんですか? しかも、日本を」


 世界は広いってのに、ピンポイントすぎるだろう。映画なんかじゃ、いつも宇宙人だのエイリアンだのと戦ってるのは某国な印象なのだが。


「そ、それは……よくわかっていません」


 急に歯切れが悪くなる。なにか隠しているような……そんなふうにも見えるが?


「ともかく、宇宙人が日本を狙っていることは間違いありません。現に、幻獣が現れているのは日本だけです。ここのところ目撃されるUFOも、日本に集中しています」


 まぁ、ここ一か月ぐらい前から頻繁にUFOが目撃されるニュースが相次いでいた。あまりにも多すぎて、最近ではまともに報道されなくなるぐらいに。


 そんな状況で、幻獣との戦闘騒ぎが起こって、「女の娘戦士計画」の発表だ。目まぐるしすぎる。


「しかし、通常兵器が効かないって情報はどこから……?」


「実は、三年前に、北海道に幻獣が現れて現れて自衛隊と村を破壊しているのです。そこで、付近に駐屯してる自衛隊が攻撃をしかけましたが、まったく傷をつけることはできませんでした。そこに、たまたまパワードスーツの実験で北海道の演習場に来ていた男川さんが、女の娘戦士に変身して攻撃をしかけると、幻獣に効果的な打撃を与えることができて、撃退することに成功したのです。それによって、パワードスーツの研究がより、進むようになりました。もちろん、自衛隊員や格闘経験者にパワードスーツを着せての実験も行われたようですが、乙女さんが最もパワードスーツをうまく使いこなせました」


 そんな事情があったのか……。街に幻獣が現れたときに、すぐに乙女が駆けつけて戦ってたのは、このための準備がすでになされていたということだろう。そんなものに乙女が協力していたとは、まったく気づかなかった。


「一部の科学者は、パワードスーツを研究する過程で、女の娘よりも、男の娘のほうがより高純度のパワーを引き出せることを発見したのですが、政府は『男の娘戦士』を認めませんでした。そのことによって、今の私たちの研究の基礎となるデータや人材が、流出しました。もちろん、秘密裏にですが」


 ……まぁ、政府としては『男の娘』なんていう得体の知れないものよりも、『女の娘』のほうが推進しやすかったのだろう。


「もともと、男の娘を愛する趣味人の集まりは、秋葉原にありました。そこに、たまたま男の娘戦士研究を打ち切られた研究者と、この会社を立ち上げる直前の社長がいました。そして、一コスプレイヤーとして私もその集まりにいました。これが、男の娘戦士推進団体の草創期の話です」


 その研究者の言葉を容れて政府が「男の娘戦士」を推進していたら、この団体は生まれなかったということか。……まぁ、どんな組織にも歴史はあるということだな。


 その一員に俺がなるとは、考えたこともなかったが。そもそも、俺にそういう趣味はなかったのに。


「……私も、最初は自分に男の娘としての才能があるとは思いませんでした。しかし、男の娘戦士としてパワードスーツの実証実験を繰り返すうちに、この姿こそが自分の本来の姿だと思えてきました」


 完全に見た目は、名門お嬢様学校に通ってそうな箱入りお嬢様だもんな。こんな姿だったら、元の男には戻りたくなくなるかもしれないな。


 俺も……冴えない男の姿よりも、あの活発で魅力ある男の娘戦士姿のほうがいい。ちょっと、整形する女子の気持ちと似ているかもしれない。


「あの……もしよろしければですが……牝野さんの変身した姿を見せていただけますか?映像で見させていただいたのですが……本当にかわいくて健康美溢れる美人さんですね」


 清楚美人の碧さんから、そんなことを言われてしまう。


 おお、そう来たか……! ふ……ふふふ、ふ……そうか、そうか……俺の変身した姿を見たいのかっ! 


 なんだかんだで、俺も自分の男の娘戦士姿はお気に入りだ。……だんだん俺も、見も心も男の娘になってきてしまったかもしれない! 

 よし、それじゃ……変身するか!


「わかりました。じゃ、変身しますね」


 俺はポケットから、男の娘石ペンダントを取り出した。


 そして、いつもの通りに、「男の娘になぁ~れ♪」と、努めてかわいらしく変身の台詞を口にする。


 すると、パァアアーーッ! と、いつものように光の渦がペンダントから巻き起こり、全身を包み込んでいく。


 頭、胸、両手、腰、両脚、と変身してき――俺はどっからどう見ても美少女女子高生な男の娘戦士になった。


「本当に、素晴らしく、かわいいですね……!」


 さっきまで落ち着き払っていた理事長が、俺の姿を見て声を上ずらせる。


「ですよね、ですよねっ! 私も初めて雄太さんの男の娘戦士姿を見たときは、職務を忘れて抱きついてしまいそうでしたっ!」


 そして、ペン子さんは思いっきり興奮状態だった。

 というか、初めて会ったときにそんなことを思ってたんかいっ! もちろん、ペン子さんのような美人に抱きつかれるのは、いつでもウェルカムだ!


「まさに、千年に一人の逸材ですね……。映像で見ても素晴らしかったですが、こう実際に目の前にすると……神々しさを感じます」


 そこまでくると、褒めすぎじゃないかと思わないでもないが……。


 しかし、碧さんはうっとりした表情で俺を眺め続けていた。そんなふうに美人に見つめられると、俺も照れるっ。中身が男だとしても、照れるっ。


「雄太さんは、本当に完璧な男の娘ですよねっ! ああもう本当に抱きついてしまいたいですっ!」


 そして、ペン子さんの感情もどんどんエスカレートしていくばかりだった。

 いつもは恥ずかしがり屋の性格なのに、趣味になるとかなりエキサイトするタイプのようだ。


「お、俺……いや、あたしなんてたいしたことないですよっ。そ、そのっ……碧さんも、ペン子さんだって、十分に美人じゃないですかっ!」

「いいえ……私なんて、牝野さんの足元にも及びません」

「わ、私なんてゾウリムシ以下ですよっ!」


 いや、そこまで卑下することもないんじゃないかと思うのだが……。二人とも、普通に、超美人なのに。


 まぁ、この話はやめておこう。こそばゆい感じがするし、なによりも居心地が悪すぎる。今まで日陰の人生を歩んできたので、褒められ慣れてないのだ! 


「ま、まぁ……ともかく、地球の平和がかかってるみたいなんで、俺……いや、あたしもがんばりますっ!」


 あまり頻繁に幻獣に現れられても面倒ではあるが、こちとら時間だけはありあまっている帰宅部だからな! ネットばっかやってるよりは、健康的かもしれない。


 なにより、世のため人のために役に立てるというのは、悪い気持ちじゃない。


「ありがとうございます。牝野さんがいる限り、日本と地球の平和は保たれることでしょう。……本当に、心から感謝しています」


 碧さんは俺の前までやってくると、ギュッと両手を握った。


「い、いえいえいえっ。お安い御用ですっ!」


 こうして、眼前にしてみても、やっぱり、すごい美人だった。下半身にアレがついているだなんて、到底思えない。


 ともかくも……こうして、俺と男の娘戦士推進団体理事長碧さんとの初顔合せは終わったのだった。

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