章間『とある宇宙の果てで――』

ボクは……

 ボクは、ゆーくんたちと別れたあと、自分のいるべき場所へ向かうことにした。


 秋葉原は監視カメラが多いから、まずは離れなきゃいけない。そして、一度自室兼アジトになっているマンションへ戻る。


 そして、ボクは――魔法科学を行使して、空間の中に、消えていった。

 そう、ゆーくんやおとちゃんがいつも戦っている幻獣のように――。


※ ※ ※


 ボクが空間転移したのは、地球から遠く離れたある惑星。ここがボクの故郷であり、ボクの所属する地球侵略軍の本拠地がある星だ。


 地球の表現で言えば「近未来」的な建築物の内部を歩いていく。床も壁も装飾も何もかも、すべては魔法と科学を組み合わせた幻想粒子で作られている。


 地球で街を襲っていた幻獣が物理的干渉を起こしてビルを破壊できるのに、いざとなると消えられるのと一緒で――ボクたちは物質というものを瞬時に幻想粒子にすることができた。


 だから、たとえば、いきなり剣を手に持つこともできるし、用がなくなったら消すことができる。


 地球の文明は、物質を産み出すことで、そして、産みだし続けることで発展していった。でも、それではいつか限界が来る。


 資源は有限だし、そもそも、いらなくなったものを処分するだけで有害な物質が地球を汚染していく。つまり、地球に住む人間と呼ばれる生物は、地球を消耗し、汚染することでしか「発展」できない。


 一方で、ボクたちの星は、物質を魔法と科学の力で幻想から作りだし、用がなくなったら一瞬のうちに消すことができる。汚染物質が出ないから、大気汚染もない。公害なんて起こりようがない。


 魔法と科学を両方とも進化させたボクたち宇宙人だからこそ、居住する星を永遠の住処とすることができる。人間は、きっといつか地球を汚染し尽くして、地球をゴミ処分場みたいにして――宇宙へ出ていくことだろう。だから、そんな人間たちは滅ぼして地球を支配下に置かねばならない。


 そんな思想は――ボクが独自に辿りついたものじゃない。この星の急進派たちの間では当たり前の考えであり、正義だった。


 考えながら歩いているうちにボクは、ボクの上司――地球侵略軍を指揮するエルコ様の部屋までやってきた。


 トントン、とノックする。ドアをノックする――これは、偶然、地球人と変わらない文化だった。


「入りなさい!」


 室内から、エル子様の怒りに満ちた声が聞こえてきた。


「は、はいっ……!」


 久しぶりだから、その迫力に圧倒されてしまう。


 地球のぬるま湯に浸かっていたボクは、やはりその生活に慣れてしまっていたのだろう。ボクは慌ててドアを開けて、中に入った。


 ドアを急いで閉めて、執務机の前で肩を怒らせて立っている、白衣をまとったメガネ姿のエル子様のところへ早足で向かった。そして、直立する。

 そんなボクを、エルコ様はギロリと睨んできた。


「ヤヨイ、あなた、どういうつもり……?」

「な……なんのことでしょうか?」

「――知らばっくれてんじゃないわよっ!」


 ――パアンッ!


 エルコ様からビンタが飛んできて、ボクは思いっきり左頬を叩かれた。そのすさまじいばかりの威力に、よろけそうになる。


「あんた……もう地球に降下してから何年経ってると思ってるのよっ!? いい加減、成果を上げなさいって何度言ったらわかるのかしらっ!? ようやく幻獣を使い始めたと思ったら、適当に暴れさせて、死人がひとりもいないってどういうことなのよ!? いつまでも遊んでるんじゃないわよ! 本当なら、もうとっくにあのトウキョウとかいう街は灰塵と化しているはずなのよっ!?」


 エルコ様はボクの胸倉をつかんで、唾を飛ばしながらまくしたてる。

 そう……。地球で暴れていた幻獣は、すべてボクがやったことだったのだ。


 ボクの魔法科学を使って、幻獣を暴れさせる。そして、女の娘戦士と男の娘戦士をおびき出して、その正体を暴く――。


 破壊と探索の両面作戦。


 本当はもっと凶悪な攻撃性を持つ幻獣を呼び出して、無差別殺戮をすることだってできた。ボクはわざと幻獣に指示を与えて、死傷者を出さないようにしていた。知能が低そうに見えるけど、実はものすごく利口な奴らだ。特に、魔法に優れたボクが呼び出した幻獣は。


「……ヤヨイ、あんた、本当は男の娘戦士と女の娘戦士の居場所を知っているんじゃないでしょうね?」


 ……ボクはとっくに男の娘戦士と女の娘戦士の正体を知っている。そして、居場所も。おとちゃんに関してはそのまんまの顔だったから、色々と調べるのに苦労はいらなかった。北海道で幻獣を呼び出して戦わせたときに、すぐにデータを集めて住所や年齢、経歴などを全て割り出した。


 だから、ボクはひそかに女の娘戦士であるおとちゃんの通う学校へ入ることにした。もちろん、学校のシステムに侵入したり、教師に催眠魔法をかけて洗脳することも忘れなかった。


 スパイという任務をしているボクは、最初、学校の全員を催眠魔法で洗脳することも考えた。いざとなったら学校のみんなを使って――あるいは盾に使ったり、人質にしたりして――おとちゃんを殺すことを考えた。でも、おとちゃんはそんな一筋縄でいくような人物じゃなかった。まったく隙がない。


 そして……学校のみんなは。本当にどうしようもないぐらいのアホだった。


 でも、すごく毎日が楽しそうで……ボクはうらやましくなった。

 なんで、頭が悪いのに、こんなに毎日楽しそうなんだろう。失礼だけど、ボクは逆に知的好奇心を刺激されたぐらいだった。


 だけど、クラスの中で、ひとりだけ浮いている人物がいた。周りが騒いでいる中、ビクビクしながら本を読んでいる――。

 ボクはその男の子が気になった。


 ある日。ちょっと尾行して屋上にいって、影から見てみると――。


『ああ……俺、なんでこんなアホ高校に入っちまったんだ……いくらなんでもフリーダムな奴らすぎるだろ……普通に進学校行くんだった……』と言いながら、頭を抱えていた。


 それが、ゆーくんだった。おとちゃんの幼なじみなので一応名前は知っていた。


 この軟弱そうな男の子を利用すればおとちゃんの弱点を知ることができるかもしれない。ボクは、下心をもって――ゆーくんに近づいた。


「あ、初めましてっ……! ぼく、双木弥生っていうんだ! 同じクラスの!」

「えっ!? うえっ、あっ、……ああ、な、なんだ? どうしたっ?」


 屋上で声をかけたボクに向かってゆーくんはすごい挙動不審な反応をしていた。

 それがおかしくて、つい笑ってしまった。


「ふふっ……よかったら、ボクと友達になってくれない? ボク、この学校に馴染めなくてさ……友達がいないんだ」


 ボクは弱気な感じをよそおって、ゆーくんを騙すべく近づく。

 すると――。


「ああっ! 俺もこの学校に来てマジで困ってたんだ! マジでこの学校アホというかドキュンというか頭のおかしい奴しかいなくてさ! ほんと、俺もどうしようかと困ってたんだ! 俺からも、お願いする! ぜひ友達になってくれ!」


 ゆーくんは見事にボクの演技に騙されていた。アホなのはゆーくんも同じだった。だから、ボクはゆーくんを利用して利用しまくって、最後はボロ雑巾のように捨てようと思ったのに――。


「これからよろしくな! 乙女の奴も『この学校には頭がおかしいやつしかおらんのか!』とか言って困ってたからさ、俺たち三人、友達になろうぜっ! というか、固まっていないと普通にパシリにされたりカツアゲされたりしそうだしっ! 乙女もいつも一緒じゃないしさ!」


「あ……はは、そ、そうだね……」


 そんなふうにボクはゆーくんと友達関係を築いた。そして、ゆーくんの紹介でおとちゃんとも。


 最初はうわべだけ仲よくなるはずだったのに……ボクはゆーくんとおとちゃんとの日常が楽しみになっていた。


 ……故郷の星では、ボクは孤児院出身であり、あるとき脱走して、たまたまエルコ様の研究所の前で行き倒れた経緯がある。本来、そんな薄汚れた子どもを拾うわけないのだけど、ボクには魔法科学の才能があった。特に、魔法について――。


 それで、ボクはエルコ様の拾われて、様々な実験を手伝い――片腕となって、この戦略司令部にも出入りできる身分になった。ただ、ボクはやはりスパイなので――身分は底辺だったけど。


「ヤヨイ、聞いてるのっ!?」


 ――バシィイイいンッ!


 ボクはエルコ様の全力の平手打ちで宙を飛んだ。

 そのまま壁にまで飛んでいって、思いっきり叩きつけられる。

 口の中が切れて、血の味が拡がってゆく。


「あなた、誰のおかげでここまで生きてこれたか忘れたんじゃないでしょうねっ!? あんたみたいな薄汚れたドブネズミは、わたしぐらいしか使ってやれないのよっ!」


 暴言を吐かれても、僕には逆らうことはできない。だって、命の恩人であり、今、自由に生活できてるのは紛れもなくエルコ様のおかげなのだから。


「ほら、ヤヨイ……魔法の才能だけはあるのだから、それを生かしなさい。それを生かせなくなったら、あんたはただの薄汚いドブネズミでしかない! 生きたければ、私の役に立ちなさい!」


 ボクは、何度も何度も、子どもの頃に拾われてからも何百何千と聞かされた言葉をまた聞かされる。


「次で最後よ。……強力な幻獣を呼び出して、トウキョウを壊滅するか、男の娘戦士か女の娘戦士、どちらかを殺しなさい。それで結果を出せないと言うなら――あなたを『コントロール』する。言うことを聞かない人形は、人形じゃない。わたしが必要なのは、わたしのいうことだけを聞いて忠実に実行する奴隷なのだから!」


 エルコ様は……孤独だ。研究に没頭するあまり、交友関係はまったくといっていいほどない。人形であるボクしか、話をする相手もいない。


 でも、エルコ様の魔法科学の技術は卓越している。あのUFOを開発したのも、幻獣というものを発明したのも、すべてはエルコ様だ。


 エルコ様にとって、自分の科学が役に立つことだけが、存在意義だった。そして、いつしか地球を侵略することが、人生の目標になっていた。


 昔は、エルコ様は科学に対して真摯でとても尊敬できる人だった。ボクは、厳しくても、そんなエルコ様のことが好きだった。そもそも、ボクにはエルコ様しか話し相手がいなかった。


 でも、いまのボクは違う。地球にスパイ任務に入ってから、ボクはいろいろな人たちと出会った。ゆーくん、おとちゃん、ゆりちゃん、そして学校のみんな――。


 確かにボクたち宇宙人からすれば地球にいる人間たちはどうしようもないアホかもしれないけど……。

 本当に楽しいんだ、みんなといると――。


「ヤヨイ、次で最後だからね……。わたしの期待を次に裏切ったら……もうあなたは用済みだわっ! わかったわね!」


 エルコ様はそう言うと、執務室から出て行ってしまった。


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