第四章『決戦!―宇宙を超え、性別を超え、常識を超える――それが男の娘戦士』

乙女の家宅捜索! 立ちはだかるペン子さん! そして、ついに男の娘戦士が――

 ずっと戦いの日々が続くものかと思いきや――ここ数日、拍子抜けするほどに穏やかな日々が続いていた。


 ちょっと妙な感じになりかけたペン子さんとの仲も自然なものになってきてるし、学校生活も特に問題なく送れている。


 あれからも、弥生とペン子さんと一緒に地元の街を歩いたり、色々と軽食をとったり、話をしたりと、親交は深まっている。


 一方で、乙女はなんかピリピリしているというか、いつもに増して不機嫌で不愛想になっていた。放課後になると、校門の前に止まっている車に乗ってどこかに行っているみたいで、「女の娘戦士」の仕事が忙しいのかもしれない。幻獣が現れなくても、やることはあるらしい。


 俺なんかは、あれ以来、「男の娘戦士推進団体」に行くことはなく、とりあえずペン子さんと一緒の生活を送ってるだけなのだが。



 そして、日曜日――。


 インドア派の俺は、今日も心ゆくまでだらけようと思って、朝食後(今日は高級そうな食パンに、さまざまな果実を使った手作りジャムだった)に、ペン子さんの淹れてくれた香り豊かな紅茶をすすっていた。


 実に優雅なひとときだ。


 やっぱり休みというのは、こうしてゆったりとしているのが一番だ。あとは、ネットでもやって、終日ぐだぐだしていよう。


 しかし、そんな自堕落な生活を送ろうと考えている俺を邪魔するかのように、突如として、インターホンが鳴り響いた。


「んっ? 俺のティータイムを邪魔するとは……なにやつ」

「わたしが出ましょうか?」

「いえ、俺が出ますよ。なんかの勧誘かもしれないですし」


 両親が帰ってくる予定はないし、勧誘とかセールスのたぐいだろう。そうとなれば、さっさと帰ってもらうに限る。そもそも、ペン子さんその格好(現在はスク水)で来客対応とかいかんでしょ!

 と、そこへ、またしてもインターホンが鳴らされた。ええいっ、せっかちな。


「……うい、どなたですか?」


 玄関へ移動してドアを開けると、そこに立っていたのは――


「げえっ、乙女!」

「げえっ、とはなんだ。げえっ、とは。失礼な」


 いつも通りの剣道着姿で(パワードスーツじゃなくて普段着。こいつは剣道着姿で堂々と街中を歩ける変態である)、乙女は俺のことを半眼で見てくる。

 ……なんだ? まさか、この俺が男の娘戦士であることがバレたのか?


「……な、なんの用でございますでせうか、乙女さん」

「単刀直入に言う。家宅捜索だ」


「なっ、なぜにっ」

「知れたことを。貴様のイトコが男の娘戦士だと言っているのだからな。貴様の家に匿っている可能性だって十分に考える。だから、わたしみずから家宅捜索に来たのだ!」


 くっ。最近、やたらと忙しそうだったのは、この準備のためだったのかっ。


 しかし……まだ俺が男の娘戦士だとは感づかれていないようだな……。とはいっても、、家の中にはペン子さんのペンギンスーツが置いてある。これを見つかるのは、まずいだろう。物的証拠になりうる。ここは、誤魔化そう。


「……いやー、イトコなんて匿ってるわけないじゃないかー~。乙女ったら心配症だなぁー。あはははー」

「ふん、それは私の目でしっかりと確認させてもらう。どけ!」


 乙女は強引に家の中に入ろうとしてくる。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て! 待てって!」

「問答無用!」


 止める俺を振り払って、乙女は玄関に入ってきてしまった。そのまま草履を脱いで廊下に上がり、真っ直ぐに突き進んでいく。


「えっ……お、男川さんっ?」


 廊下には、様子を見に来たスク水姿のペン子さんの姿があった。うわぁ、この姿を乙女に見られると、あらぬ誤解がっ!?


「む、百合宮か……? なんだ、その格好は」

「あっ! そっ、それは……そのっ……これはっ」


 自分がアレな姿をしていることに今さらながら気づいたペン子さんが、しどろもどろになりながら赤面する。


「……。まさか、牝野……貴様、百合宮の弱みを握って、こんな格好をさせているのではあるまいなっ!?」

「い、いやっ、これには海よりも深く山よりも高い理由があってだなっ! とにかく、違うからな! 強制しているわけではないっ!」

「そっ、そうですっ! ちょ、ちょっと、これは、そのっ……! わ、わたしの趣味ですっ!」


「……趣味だと?」

「えっ、ええっ! そ、そのっ……わ、私、コスプレするの好きですからっ!」


 ペン子さんは顔を真っ赤にしながら、言い張る。


「百合宮が……? ふむ……」


 まだ疑いは晴れないといった感じだが、乙女はそれ以上の追及はやめたようだ。


「……まぁ、いい。それよりも、これから、この家に男の娘戦士を匿っていないか調べる。まずは、牝野の部屋から調べさせてもらうぞ!」


 うわあ、よりにもよって、一番やばいところからじゃないか!

 ペン子さんの布団は外に干してあるからいいとして、ペンギンスーツは壁際に立てかけてあるままだっ! 


「ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと待てっ!」

「ふん、そんなに必死になって止めようとするとは、ますます怪しい!」

「はわわわっ……!」


 追いすがる俺と、その場でわたわたするペン子さんを無視して、乙女は階段を上がっていってしまう。


「ふん、ここが牝野の部屋だったな!」

「うわあ、待てってヴァ!」


 止めようとするも、ドアを開けられて中に入られてしまった。


「むっ!? これは……!」


 さっそく、ペンギンスーツが見つけられてしまう。


「確か……最初に男の娘戦士と一緒にいた面妖な着ぐるみのペンギンではないか……! やはり、この家が男の娘戦士のアジトだったということか……そうだな、牝野?」


 ……やばいな。完全に、物的証拠を押さえられた。これはかなり劣勢だ。


「うー、あー……その、なんだ……仮に、そうだったとしたら、どうなるんだ?」

「知れたこと。警察に連行して事情聴取を受けてもらう。なんといっても、男の娘戦士推進団体は非合法なのだからな!」


 ……くそっ。乙女も頭が固いな。この間は見逃してくれたってのに。


「さあ、吐け、牝野。男の娘戦士はどこにいる?」


 しかし、ここに至っても男の娘戦士が俺だとはわかっていないようだ。

 ……よし。ここは、誤魔化せるところまで、とぼけ続けよう。


「……いや、その……あいつなら、昨夜から帰ってないぞ?」

「ふんっ、誤魔化しても無駄だぞ?」

「いやいや、ほんとだって! 家の中、全部見てみろよ! いないから!」

「では、そうさせてもらう! まずは、貴様の部屋の押入れからだ!」


 乙女は俺の部屋の押入れや洋服ダンスを調べる。もちろん、そんなところに男の娘戦士がいるわけない。


「ええい、次だっ!」


 乙女は二階の他の部屋や、一階の風呂場、床下の収納スペース、トイレに至るまで徹底的に探していった。

 そして、再び俺の部屋に戻ってくる。


「ふむ……いまはこの家にはいないのか……?」

「だから、言ってるだろ? この家にはいないって……」

「では、あのペンギンの着ぐるみについてだ。あれを着用しているのは誰だ? ……まさかとは思うが、百合宮か……?」


 乙女は、今度はペン子さんに視線を向けて、尋問を開始する。


「う、ううっ……そ、それは……その……」

「まさかとは思うが……男の娘戦士推進団体戦闘支援科……コードネームP……それが百合宮なのか?」


「――っ!」


 乙女からその単語が出た途端、ペン子さんの表情がサッと青ざめる。

 そして、そのままなにかを考えるように俯いたが……やがて、覚悟をしたように顔を上げた。


「男川さん……そ、そこまで知ってるんですね……。わかりましたっ……白状します。そうですっ。私がコードネームP……! 男の娘戦士推進団体戦闘支援課の百合宮ペン子ですっ……! で、でもっ! 牝野さんはわたしとは一切関係ありませんっ! わたしが無理を言って、ここにアジトを築いただけですっ! ですから、警察に連れていくのは、わたしだけですっ!」


「ちょ、ペン子さんっ……!?」


 ペン子さんは、俺を守ろうと必死で嘘をついているようだった。いつものおどおどした姿からは考えられない、毅然とした態度で乙女に立ち向かう。


「ですから、早くわたしを連行してください!」

「ちょ、ちょっと、ペン子さん! 俺も……」

「雄太さんは、黙っていてください!」


 ペン子さんはいつもからは考えられない剣幕で俺の言葉を遮る。


 ……その瞳には涙が溜まっていた。どうしても俺を巻き込みたくないのだろう。 だが、このまま庇われるだけだなんて、男が廃る。

 俺は男の娘戦士である前に、男だ!


「くそっ、もうこうなったら洗いざらいしゃべってやるっ……! 乙女、よく聞けっ! 男の娘戦士の正体は――」


 ――ピルルルルルルッ!


 すべての真実をぶちまけようとした瞬間、乙女の腰のあたりから携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。


「……っ、なんだ、こんなときに……!」


 乙女は携帯電話を苛立たしげに手に取ると、耳に当てた。


「はい、男川ですっ! ……ええっ、はいっ。現在、男の娘戦士のアジトと見られる家を徹底的に捜索中……えっ、……なっ!?」


 乙女の表情が、驚愕の色に染まる。そして、ますます受話器を耳に押しつけて、ヒソヒソ話になる。


「はい……はい……は……い……はい、わ、わかりました! ……それでは」


 ……なんだ? いったい、なにが起こっているんだ……?

 乙女は携帯電話のボタンを押すと、無造作に携帯電話をポケットに放り込んだ。


「ふん、運がいいな……」

「な、なんだ? どういうことだ?」


 そして、今度はペン子さんの携帯電話が振動する。それを手にとったペン子さんは、ボタンを操作して、素早くメールを読んでいく。


「っ、こ、これは……!」

「ふんっ、つまりそういうことだ」


 いや、俺にはまったく状況が掴めないんだが。

 ペン子さんは頭に?マークを浮かべる俺に気がついて、事情を説明してくれる。


「え、ええとっ、そのっ……わたしたち、男の娘戦士推進団体が、非合法じゃなくなりましたっ!」

「えっ、つまり、合法……。警察に追われなくなったってことですか?」


「そうですっ……! おそらく、この間の活躍が大きかったんじゃないでしょうか? 動画やテレビで男の娘戦士の活躍が取り上げられたことにより、政府も男の娘を認めざるをえなくなったんだと思いますっ!」


「……気に食わんが、そのようだな。わたしにも、いま、政府の対幻獣戦略室長から直々の電話があった。家宅捜査はただちに中止し、これからは男の娘戦士と連携して幻獣と戦えと、な」


「そ、そうか……」


 ああ、本当に、間一髪だったじゃないか……。あとちょっとで、ペン子さんと一緒に警察署に連行されるところだった。


 ともかくも、これで乙女は俺たちの味方になったわけか。そして、なによりも警察に追われなくなるのはでかい。これで枕を高くして眠れるってもんだ。


「……ところで、牝野。さっき言いかけた、男の娘戦士の正体――とは、なんだ?」

「うえっ? あ、ああ、それは……」


 もうこうなったら、言っちゃっていいか?

 しかし、こいつに男の娘戦士の正体が俺と知られたら、どうなるんだろうか? やっぱり生涯ゴミを見る目で見られ続けるのだろうか?


 うーむ……いろいろと複雑なところではあるが……。仲間になったからには、隠していてもしょうがないか。ここはぶっちゃけてしまおう。


 ペン子さんにアイコンタクトをとると、うなずいてくれた。

 これで、許可はとれたわけだ。


「よーし、乙女! 聞いて驚け! 男の娘戦士の正体とは――」


 ――ピンポーン♪


 ぐああっ! なんでこのタイミングでインターホンが鳴るっ! もうこうなったら、さっさと白状して楽になってしまいたいのにっ!


「ゆーくぅーん♪」


 しかも、この声は弥生じゃねーか! こんなときにっ!


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