四角関係?

「ふんっ、許可する。応対しろ。そのあとに話は聞かせてもらう」

「あぁ、どうも!」


 乙女に偉そうに指図されるのは気に食わんが、家の前で「ゆーくぅーん♪」を連呼されるのもご近所の視線的に困る。

 俺は階段を下りて玄関に向かい、ドアを開いた。


「もうっ、遅いよ~!」

「なっ!?」


 そこにいたのは、弥生だったが……服装は女子の制服だった。もうこうなると、完全に女子高生にしか見えない。


「な、なんだ、その格好は……?」

「うん、ちょっと学校に無理言って、女子の制服を買ってみたんだ♪ どう? 似合うかなぁ?」


 こいつ、この格好のまま公道を歩いて、うちまで来たのか……? まぁ、見た目は完全に女子高生だから問題ないのかもしれないが……。


「……ま、まぁ……なんだ。似合ってると思うぞ。そのまんま女子として通学できそうなぐらいだな」

「えへへっ♪ ありがとうっ♪」


 そう言いながら、弥生は迷うことなく俺の向かって抱きついてくる。


「うわあっ、ま、待てっ、こ、こんな玄関前でっ……! ご近所さんに見られたらどうするんだっ」


 俺は弥生に抱きつかれながらも、なんとかドアを閉めた。


「……なんだ、なにをやっているんだ、貴様らは」


 呆れた声で、乙女がこちらの様子を見に来る。


「あっ、おとちゃんも来てたんだ♪」

「なんだ貴様、その格好は……」

「えへへへっ♪ せっかくの休日だから女の子の格好して、ゆーくんを驚かせようかなーって、思って♪」


 もうこいつが男の娘戦士でいいんじゃないのか……? 絶対に俺よりも素質あるだろう……。


「あっ、弥生さんっ」


 乙女に続いて階段を下りてきたペン子さんが、弥生を見て声を上げる。


「あっ、ゆりちゃん、こんにちはー♪ って、ゆりちゃんも、すごい格好だねー!」


 そう言えば、今のペン子さんはスク水姿だからな……。俺を除いた全員が、まともな格好をしていないっ。どういう組み合わせだ、スク水に、剣道着に、女装って。


「あ、こ、これは……そのっ……」


 俺の前では恥ずかしげもなく色んな衣装で奉仕してくれるペン子さんも、弥生や乙女の前では羞恥心があるらしい。


「……やっぱり、ゆーくんとゆりちゃんって、付き合ってるんじゃないの?」

「い、いやっ……! これには深い事情があってだな……!」

「だって、コスプレして楽しんでたんでしょ?」


 なにを楽しむっていうんだっ。俺たちは健全だ!


「まぁ、なんというか……こんな格好じゃ信じてもらえないかもしれないが……今は色々と大事な話をしていたところなんだ」

「大事な話って……まさか、ゆーくんを巡って、幼馴染のおとちゃんとイトコのゆりちゃんが修羅場中?」

「違う!」


「そこへ親友のボクが参加して、四角関係に!」

「話がこじれる!」


 そもそも、弥生の前で俺が男の娘戦士だのなんだのという話なんてできないじゃないか。

 うーん、ちょっとかわいそうだが、ここはお引き取り願おうか……。


「……まぁ、ほんと大事な話の最中だから、弥生には帰ってもらう」

「えー。いけずー!」

「……ちょっと待て、牝野。そう言えば、双木にも訊きたいことがある」


 な、なんだ? 弥生にもなにか不審な点があるのか? まぁ、なんでこんなに女っぽいのかとか、不思議な点はあるが。


「えっ、ボクに訊きたいこと?」

「ああ、そうだ。お前にも、ある疑いがかかっている」

「ふふっ、そうなんだ? おとちゃん、ボクのなにを疑ってるのかな~?」


 弥生はにこにこしながら、乙女に聞き返す。


「単刀直入に言う。貴様、宇宙人ではないのか?」


 そして、乙女の口から出た言葉は、俺の想像を遥かに超えたものだった。


「ちょ、おま……宇宙人って、なに言ってんだ、乙女……」

「牝野は黙っていろ。警察の地道な調査と、私の勘が正しければ、幻獣を呼び出して街を破壊しているのは、双木だ」


 そ、そんなバカな……! 弥生が、宇宙人? この街を破壊している張本人だっていうのか……?


「……えへへっ、ひどいなぁ~♪ ボクを宇宙人扱いするなんてっ……♪ ボクはちょっぴりオシャレが好きな普通の男の子だよ?」

「ふむ……では、試してみるか」


 乙女は無造作に弥生の前まで歩を進めると、腰に装着している刀の柄に手をかけた。


「ふんっ!」


 そして、目にも留まらぬ速さで、弥生に斬りかけた!


「きゃっ!」

「乙女っ!?」


 乙女の攻撃は、弥生の頭上数センチといったところで、ぴたりと止まっていた。


「……もうっ、びっくりしたな~♪ おとちゃんは、物騒なんだから♪」


 そして、弥生は、いつもと同じのんびりした口調で返す。


「ふんっ……そう簡単に尻尾は出さぬか」


 そこへ、またしても乙女の携帯がピルルルルッ! と音を立てた。それを瞬時に通話状態にして、乙女は携帯電話を耳に当てた。……その間にも、視線は弥生から離さない。


「……はい、こちら男川です。はい。現在は、牝野雄太の家です。……。はい……はい、承知いたしました。……今から向かいます」


 通話後に乙女はため息を吐くと、携帯電話を再びポケットに突っ込んだ。


「……私はこれから緊急の会議に向かう。話は、またあとで聞かせてもらう」


 そして、乙女はそのまま玄関から出て行こうとする。そして、弥生とすれ違いざま、


「……牝野に危害を加えたら、ただではおかぬぞ?」


 そう言って、ドアを閉めた。


 ……いや、この状況で出て行かれても困るんだがっ……! こんな空気の中、残された俺たちはどうなるんだ!


 しばらく沈黙が続いたが、やがて弥生が口を開いた。


「……ねぇ、仮にだよ……仮にボクが、宇宙人だったら……ゆーくんはどうする?」

「えっ?」


 もちろん、そんなことは考えたことがなかった。弥生が宇宙人だなんて、想像したことすらなかった。弥生が女だったら、なら考えたことはあるが……。


「……それもさ、地球侵略の命を受けた宇宙人だったら? そして、地球人の情報収集のために、学校に潜りこんでいたりしたら?」


 いよいよ、話が具体的になってくる。

 まさか、本当に弥生は宇宙人なのか……?


「……なーんてね♪ えへへっ♪ 本気にしちゃった?」


 そう言って、弥生はいたずらっぽく笑った。でも、その笑顔はどこか無理をしているように思えた。


「それじゃ…………うんと、ボク、今日は帰るね」


 そして、くるりと向けた背中はどこか寂しげに見えた。このまま、弥生を帰してしまって、いいのだろうか。いや――


「あっ、ま、待ってくださいっ。せっかくですから、お茶を飲んでいってください。その……街を案内してもらっているお礼もできていませんし」


 俺が引き止める前に、ペン子さんが弥生に声をかけていた。本当に弥生が宇宙人だったら、それこそ俺たちの敵だろうが――


「……うるさい乙女のやつもいなくなったしな。ゆっくりしてけよ」


 それでも、俺は弥生のことを独りぼっちにできなかった。宇宙人という確証がないし、それよりも、弥生は俺たちの大事な友達だから。


「……いいの?」


 そう言って振り向いた弥生の顔には、うっすら涙が浮かんでいた。


「ああ、もちろんだ」

「ありがとうっ♪」

「うわっ」


 弥生は勢いよく俺の胸に飛びこんできて、スリスリと顔を擦りつけてきた。


 ……こいつは、スキンシップが好きだっていうよりも、本当はただ単に寂しがり屋なのかもしれない。なぜだか、そんなことを、俺は思っていた。

 そんな弥生が、宇宙人で侵略者だとは、思いたくないが……。


「そ、それではっ、おいしい紅茶を淹れますね。あっ、ケーキもありますっ!」


 ペン子さんは忙しく立ち働いて、さっそくティータイムのための準備を整える。

 紅茶の葉っぱの種類はよくわからないが、ティーポットから立ち昇る香りは、とても心を落ち着かせる。


「いい香りだね……」

「ええ、リラックスできるように、癒し効果のある紅茶を淹れてみました」


 すっかりうちの台所は充実したな……。今まで適当に紅茶飲料を買ってきては、コップに移してレンジで温めるぐらいだったのに。


「では、いただきます……」


 俺は、さっそく、ティーカップに口をつける。……って、そう言えば、この白磁の高そうなティーカップも、元々うちになかったもんなんだよな。食材どころか、食器まで揃えられているっ。


 それはともかく、味のほうは言うまでもなく、うまかった。


 ペン子さんブランドというか、ペン子さんの出すものにハズレは一切ない。口の中に広がる芳醇な香りは、緊張していた心をゆったりとほぐし、心も体も温まるようだった。


「ほんと、おいしい紅茶ですね。朝のもよかったですけど、これもすげぇうまいですっ。さすがペン子さんです」

「うんっ、すごく、おいしいよ! ボク、こんなにおいしい紅茶飲んだの初めてだよ♪」


 さっきまで沈んでいた弥生も、すっかり元気になったようだ。やっぱり、弥生には笑顔がよく似合う。悲しい顔なんて、似合わない。


 ……でも、本当に弥生が宇宙人で、地球を侵略するというのなら、いつか戦わなければならないのだろうか。


「ゆーくん、どうしたの? 難しい顔して」

「あっ、いや……なんでもない。にしても、このケーキもおいしいな!」


 殊更に明るく振る舞う。


 俺は、わざと弥生の素性については触れずに、学校の話や街に新しくできる店の話、食べ物の話などをして過ごした。

 そうしてみんなで会話を楽しんで、あっという間に二時間ほどが経過した。


「……それじゃ、ボク、そろそろ帰るよ。今日は、突然お邪魔して、ごめんね……」

「ああ。気にするな。また、月曜に学校でな」


「うんっ! ばいばい、ゆーくんっ♪ ゆりちゃんも、おいしい紅茶とケーキごちそうさまでした! 本当に、ありがとう!」

「は、はいっ。お粗末様でしたっ。ど、どういたしましてっ」


 弥生は手を振ると、またわずかに寂しげな顔になって……しかし、それは一瞬で。


「じゃあ、またねっ♪」


 最後には、いつものとびっきりの笑顔を見せて、帰っていった。

 でも、その笑顔を見た瞬間、なぜか俺は不安になっていた。


 俺は家の中に入ると、さっそくペン子さんに尋ねてみた。


「ペン子さん……もし、本当に弥生が宇宙人だった場合、どうなるんですか? ……やっぱり、戦わなきゃいけないんですか?」

「……それは…………はい」


 乙女と戦わなくて済むようになったと思ったら、今度は弥生と戦う可能性が出てきてしまったわけか……。


「私も……できれば、戦いたくはないですが……もし、弥生さんが宇宙人んなのなら……対処しないわけにはいきません……」


 そう言うペン子さんも、どこか辛そうだった。


 ……ううむ、これからどうなってしまうんだろう……。

 敵が幻獣なら思いっきりソードを振るえるが、相手が弥生となると……。


 その後は乙女から特に連絡も来ることもなく、一日が終わった。

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