牝野雄太VS双木弥生

 あとは、弥生だが……。弥生は生気のない瞳で、こちらを見ているばかりだった。なんというか、まるで人形と対峙しているかのような不気味さを感じる。


「弥生っ! 正気に戻れ!」


 呼びかけるも、まったくの無反応だった。いったい、どうすればいいんだ……?

 そう思案したとき、またしても校庭にブラックホールのようなものが現れた。


「くっ、また翼竜じゃないだろうな?」


 また空中戦をするというのも、ごめんだ。だが、今度はブラックホールの大きさがそんなではない。


 俺たちが見守る中、そこから現れたのは――知的な感じるのするメガネの女性だった。 しかし、体はビキニの水着のような鎧を着ていて、なかなかアンバランスだ。


 なぜか、手には鞭。ブラックホールから現れたってことは、宇宙人なのだろうか。弥生といい、人間と区別がつかないから、どちらなのかわからない。


「まったく……地球人如きに手こずるなんて」


 忌々しげに俺たちを一瞥した後、その女は弥生に話しかける。


「ヤヨイ。あなたが汚名返上するためには、あの連中を皆殺しにするしかないのよね? ちゃんと、わかっているでしょうね?」

「う……うぅ……」


 ずっと無表情だった弥生が、苦しげなものに変わる。


「戦いなさい、ヤヨイ。私の命令が聞けないというの? 誰のおかげで、今の身分があると思っているのかしら? ……もう一度、痛い目に遭わないと言うことを聞けないの?」


 その女は目をスッと細めると、手首を鋭く動かして、鞭で弥生を打ちつける。


「っうぅ!」


 弥生は強かに打たれて、くぐもった声を上げる。


「てめぇっ! 弥生になにをしやがるっ!」

「……ふんっ、地球上に口を出される筋合いはないわ。私が手駒になにをしようと勝手じゃない。ほら、ヤヨイ……戦いなさい!」


 ――ピシィイイイ!


「ぅううっ!」


 再び鞭で打たれて、弥生はその場に倒れそうになる。


「やめろっ! 弥生はお前の仲間なんだろ!?」

「ふふっ? 仲間? 違うわよ。こいつは、私の手駒。高級幹部の私と、こんな底辺スパイの薄汚いドブネズミを一緒にしないでくれる?」

「な、なんだとっ!」


 弥生のことをドブネズミ扱いされて、怒りが込み上げてくる。俺は男の娘ソードを握り直して、その女に向けた。


「ふふ、あなたの相手は私じゃないわ。ほら、ヤヨイ。やってしまいなさい?」

「…………はい」


 感情のない、冷たい声。弥生のほうを見てみると、再び無表情に戻っていた。そして、こちらに向かってゆっくりと歩を進めてくる。


「弥生っ! 正気に戻れ!」


 呼びかけるも、まったく反応がない。それどころか、さっきまでには感じなかった敵意のようなものを感じた。


「…………」


 弥生はこちらへ手のひらを向けてくる。そして、そこには光のようなものが集まり――って、まさか!?


 ――ドウッ!


 そのまさかだった。弥生の手のひらから光線のようなものが放たれたのだ。

 それは、もろに俺に向かって伸びてくる。


「バカがっ! なにをぼやっとしている!」


 乙女が横から俺に体当たりをしてきて、そのまま二人で地面に転がる。

 俺の立っていた場所を光線は通過していって、後方の体育倉庫に炸裂した。


 ――ドゴォオオオオオオオオオオオン!


 光線の直撃を受けた体育倉庫は爆発四散して、石灰の入ったラインカーやソフトボールなどが辺りに散乱した。


 まさか、弥生の手からあんなものが出るとは思いもしなかった……。弥生は宇宙人ってだけじゃなくて魔法使いかなんかなのか?


「うふふ、どうせここであなたたちは死ぬんだから教えてあげるわ。あなたたち地球人が科学を発展させていったのに対して、私たちの星では科学と同時に魔法も発達させてきたのよ。科学の力でしか戦えないあなたたちと違って、私たちは科学と魔法を併せて戦うことができる!」


 じゃあ、あのブラックホールだの幻獣だのも魔法の一種というわけか。まぁ、幻獣を倒した途端に消滅するとか、自然界からしたら不自然だったもんな……。


「そもそも、なんで地球を侵略する意味があるんだよ? 俺たち地球人がなにをした? 仲よく共存するってことはできないのか?」

「ふふ、なにをしたですって? あなたたち地球人は科学だけを発展させた。それこそが罪なのよ」


「な、なんだそりゃ……」

「やはり地球人には罪の意識がないのね? 科学を発展させたことによって、あなたたちは地球にどれだけのダメージを与えてきたか、わかっているの?」


 急にそんな話題になっても、困る。そりゃ、地球温暖化だの環境破壊だとかはニュースで聞いたり学校で習ったりはしているが……。


「私たちの住む星ではそんな環境問題はほとんど発生しないわ。科学と平行して魔法も発達させたからこそ、一方的に自然を破壊せずに済んだ。このまま科学に頼って地球を破壊するだけの人間なんかよりも、私たちが地球を統治したほうが、地球のためなのよ!」


 なんだか、ずいぶんと話が大きくなってきた気がする。別に研究者でも政治家でもない俺は、なんとも言えないところだが。


「そんなことは、絶対にさせません! 地球は、地球人のものです!」


 それでも、ペン子さんは揺らぐことがなかった。まぁ、確かに……地球が地球人以外のものになるだなんてことは、容認できるものではない。


「うふふっ、なんとでも言いなさいな。私たちに立ちはだかる敵は排除あるのみ。さぁ、ヤヨイ? さっさとあいつらを片づけてしまいなさい」

「……はい、エルコ様」


 弥生は暗い瞳のまま頷くと、手をこちらに向けてくる。


 さっきは体育倉庫に当たってくれたたが、一歩間違えば生徒のいる校舎に直撃する可能性だってある。そうなる前に先制攻撃をするといっても、相手は弥生。どうしたって、剣を振るう気になれない。


 ……くそっ、本当にどうすればいんだ?


「戦いに集中しろ、牝野! あいつは敵だ!」

「そ、そうは言ったってなぁ!」

「ならば、貴様はそこで見てるがいい!」


 乙女は地を蹴ると、弥生に向かって間合いを詰めていく。


「……っ!」


 その乙女に対して弥生は魔力波を放つ。それを予見していたかのように、乙女は右へかわしてさらに突き進むが――流れ球はもろに俺のほうへ来たっ。


「げっ!? う、わああっ!?」


 咄嗟に男の娘ソードを構えると、俺の身体はバリアーのようなもので包まれた。


 ――ドォオオオオオオンッ!


 バリアに魔力波が激突して、なんとか防ぎきった。


 ……危ねぇ……普通にやられたかと思った。男の娘パワーって、バリアーにもなるんだな……。


 一方で、乙女は弥生に斬りかかっていた。目にも留まらぬ乙女の斬撃を、弥生は信じられない速さでかわしていく。


「くっ、ちょこまか動きおって! ――っ!?」


 そして、かわすだけでもなく、弥生は乙女の懐に入り込み、手を腹部に押し当てながら、魔力波を放つ。

 それをもろにくらって、乙女は派手に吹っ飛ばされた。


「乙女っ!」


 乙女は宙空へ弧を描きながら、地面に叩きつけられた。まずい、受け身を取れないぐらいに完全にくらっている。


「お、乙女っ、大丈夫か!?」

「男川さん!」


 まさか、こんな一撃で死んだりしないよな!? 俺は、慌てて乙女のもとへ駆け寄った。


「大丈夫か、乙女!? しっかしろ!」

「ぐ……不覚…………案ずるな、こんな程度ではやられん」


 そう言って、乙女はゆっくりと立ち上がった。しかし、まだふらついている。

 こんな状態の乙女を戦わるわけにはいかない。


「くそっ、こうなったらやるしかないのか……」


 まさか、弥生と戦う日が来るなんて思いもしなかった。だが、ここで俺が戦わないで、誰が戦う。


 俺は、弥生と戦う覚悟を決めた。しかし、どうしても弥生相手に男の娘ソードを振るう気にはなれない。


 ソードの出力を零にしてスカートの中のポケットにしまうと、格ゲーのキャラみたいに構えた。


 弥生は相変わらずの無表情で、こちらを見ている。


 あの表情豊かな弥生をこんな顔にしている女に苛立ちを覚える。まったく、似合わない顔をさせやがって。


「ほら……なにをしているの、ヤヨイ? あの男の娘戦士もさっさと倒してしまいなさいっ!」


 だが、弥生は動かない。俺のほうを見つめたまま……やがて、身体がブルブルと震えだした。

 それはまるで、なにかに抗っているかのように――震えは大きくなっていく。


「ほら、ヤヨイ! なにをしているのよっ! 戦いなさいっ! 孤児だったあなたを拾ってやったのは、誰だと思ってるの!?」

「うっ……うう……!」


 弥生は苦しげに呻いて、両膝に手をついた。


「おいこらっ! 弥生を苦しめるのはやめろ! お前が戦えばいいだろがっ!」


 弥生の過去になにがあったのかは知らないが、大事な友達を追い詰める奴は許せない。弥生のことを利用することしか考えないこの女には嫌悪感は強まるばかりだ。


「ふふ……私自ら手を下すまでもないわ。……ほら、ヤヨイ? 私の機嫌が悪くなる前に、さっさとやってしまいなさい。ほらっ!」


 ――ピシィイイイイン!

 女は、再びスナップを利かせて鞭で弥生の背中を打ち据えた。


「う、ぁう…………は、い……エルコ様」


 再び弥生の瞳が暗いものに変わっていく。そして、明確な害意を向けてきながら、地を蹴って襲いかかってきた。


「くっ、弥生っ! 目を覚ませ!」


 弥生は、いつもの姿からは考えられないぐらいのスピードで近接攻撃をしてくる。

 右上段、左中段、回し蹴り。……さすがに最後の回し蹴りはかわしきれずに、腕でガードするしかなかった。


「うぐっ……!」


 かなりの衝撃で、両腕が痺れるような威力。ちょっとかっこつけてみたが、格闘技って、痛いのな! そりゃそうだ! 今まで喧嘩みたいなことをしたことなかったので、わからなかったぜ!


 このまま防戦一方とうのもよくない。しかし、どうしても弥生に攻撃する気にはなれない。くそっ、どうするかっ。


「うふふ、やる気がないのなら、そのままやられてしまえばいいのよ! 私たちの計画には、あなたは邪魔なのだから!」


 くそっ、あの女に言いたい放題されてるのもむかつくが……。


「って、うわっ!?」


 弥生に腰のあたりに抱きつかれて、押し倒されてしまう。そのまま弥生は俺の上に馬乗りになって、手刀を振り上げて、こちらの喉元に叩きつける――寸前でピタリと止まった。


「う、う…………」


 ブルブルと手刀の形にした右手を震わせながら、弥生は俺のことを揺れる瞳で見下ろしていた。


「……や、弥生っ! しっかりしろ! 俺たちが戦う必要なんてないだろっ!?」

「なにをやっているの、ヤヨイ! さっさとそいつの息の根を止めるのよ!」

「う、あああああああああああっ!」


 弥生は両手で頭を抱えて、叫び声を上げる。


 心の中で、どちらの言葉を信じるべきか戦っているのだろう。そんな弥生に、はたして俺はなにができるのだろうか。


「弥生っ!」


 もう、言葉だけでは足らない――そう思ったときには、俺の体は自然と動いていた。苦しんでいる弥生を、正面から思いっきり抱きしめたのだ。


 初めて抱きしめた弥生の体は、とても華奢で――力を入れたら壊れてしまいそうなほどだった。それでも俺は、弥生に元に戻ってほしくて――もう一度、あの明るくて無邪気な笑顔を見せてほしくて――強く、強く、抱きしめた。


「うっ……あ……ぁ……?」


 そうしていると、ブルブルと震えていた弥生の体が、徐々に落ちついていくのがわかった。


「そうだ。大丈夫だ、弥生……。落ち着け……。俺たちが戦う必要なんて、まったくないんだからな……?」

「くっ、なにをしているのヤヨイ! そいつは敵なのよ!?」

「うっうう……」


 女の声に、また弥生の身体が震えそうになる。

 ここまで来て、また元通りにされるわけにはいかない。


 しかし、これ以上となると……どうすればいいんだ?

 ……ええと、具体的にやることと言えば、抱きしめる以上に強い刺激ということになるだろうか? 言葉が用を為さない以上……。


 と、なると――え? い、いや、ちょっと待て!  自分の脳内に浮かんだ行動内容を、慌てて打ち消す。


 えっ、だって、それって、まずいだろ! ま、ま、ま、……まさか、弥生にキスするなんて! 待て待て待て待て、他に手はないのか? ちょっと、落ち着け、俺。いくらなんでも、暴走しすぎだろっ!


「さあ、弥生。いい子だから、私の言うことを聞きなさい。そして、手始めにこの学校の生徒を皆殺しにするのよ!」


 くそっ、血も涙もねぇな、宇宙人っ!


「うっ、あぁあ……!」


 また弥生の調子がおかしくなってきてるし……! もうこれは、アレか。やるしかないのか!? 抱きしめる以上のことといったら、それしか浮かばない俺を許せ!


「……よし、オーケー、わかった。弥生、よく聞け!」


 俺は心の準備を整えると、弥生の肩を抱いた。


「……いいか、弥生。お、俺は……お前のことが……す、す、す……好きだぁっ!」

「……牝野、貴様! なにを言っている!? 気でも狂ったか!」

「……ゆ、雄太さん?」


 乙女は驚愕の表情で、ペン子さんも戸惑ったように、俺のことを見てくる。まぁ、そういう反応が当然茶そうだろうが。


 これは、もう、理屈じゃないっ!


 そして、俺の言葉を聞いた弥生の瞳は、暗闇と光の中で揺れているようだった。よ……よし。やはり効果はあるようだ。


 ならば――もう迷う必要は、ない! たぶん!


「だから、弥生! 俺のこのキスで目を覚ませぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 もう半ばヤケクソだった。俺は弥生の体を全力で抱きしめると、自分の唇を思いっきり弥生の唇に合わせた。


「んんんっ――!?」


 突然の俺の行動に、思いっきり目を見開く弥生。それでも俺は、もう一押しとばかりに弥生に唇を押しつける。


「な、なにをやっている、貴様!? この破廉恥漢が!」

「きゃっ! ゆ、雄太さん……! す、すごい……大胆、です……」

「なっ!? 私の手駒になにするのよ! この変態女装屑野郎!」


 俺の奇行を見た三人が、それぞれの反応を示す中で――


「んんっ……んっ、はあ…………」


 弥生の瞳が、徐々に元の光を取り戻していった。

 そして、顔を赤くして、今度はとろんとした目つきになっていく。


 うわぁ……なんか、弥生のやつ、すごいかわいくて、色っぽい……!

 ……って、俺、マジで弥生とキスしちまったじゃないかぁああ! ちょっと混乱しているとはいえ、なにやってんだ俺はっ! で、でも、抱きしめる以上の行為となると、これしか思い浮かばなかったぁああああ!


 えらいことをしてしまったとパニックになる俺に、弥生は恥ずかしそうに見つめてくる。こ、こんな弥生の表情は、今までに見たことがない。


「はぁ……ゆ、ゆーくん……」

「な、ななななんだ? あ、いや、本当にごめん! いきなりキスなんてされたら、びびるよな? 怒るよな? 強制わいせつ罪だよな! 警察には突き出さないでくれよな!」


「もうっ……ゆーくんったら、デリカシーないんだから♪ そんなこと、するわけないじゃない♪」


 この話し方は完全にいつもの弥生だ。どうやら、俺の賭けは成功したようだった。


「……ゆーくんからキスしてもらえるなんて思わなかったよ……。なんか、すごい幸せな気分で……本当に嬉しいっ♪」


 そう言って、弥生は俺に抱きついてきて、いつもの三倍増しで頬ずりしてくる。ちょ、ちょぉおおおっ、い、今そんなスキンシップとられると、変な気分になっちまうじゃねーかっ。あわわ、あばばばばばっ!


「くっ、ヤヨイ! あなたの主人は私なのよ! 裏切る気なの!?」


 女は地団太を踏まんばかりに、顔を真っ赤にしていた。


「だって……やっぱり、ボク……ゆーくんのことが好きなんだもんっ♪ 行き倒れになってたボクを拾ってくれた恩は忘れないけど……これだけは、譲れないよ!」

「くっ……それを恩知らずっていうのよ! いいわっ! こうなったら、とっておきを出してやるわよ!」


 その女の言葉とともに、背後に巨大なブラックホールが拡がり出した――。


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