お背中流します! 一緒の部屋で寝ます!

  そして、ご飯を食べ終わったあとは、お風呂タイムだ。


「そ、それじゃあ、お背中流しますねっ! が、がんばりますっ!」


 ペン子さんはスク水姿で、気合を入れている。

 この姿で平然と家事をこなしているのも、なんというか見上げた根性だとは思うが。

 この光景に少しずつ慣れている俺もいて、ちょっとどうかとも思う。


「いや、やっぱり、背中流すのはいいですよ。さすがに……」

「ええっ!? な、なぜですかっ……え、遠慮なさないでくださいっ!」


「いやでもしかし」

「これはお仕事なんです! やましいことは一切ありませんから! さあ、浴室へレッツゴーです!」


「えっ、いや、ちょ、ちょっと……うわぁあ!」


 俺はペン子さんに強引に浴室に連れていかれてしまった!


 狭い脱衣所の中で、目の前には、緊張のためか顔が赤くなっているペン子さんと二人きり。

 いかん、こんな密室で美人と一緒にいるなんて心と体に毒だ!


「さ、さあ……脱いでください。あっ、その……わたしは、あっち向いてますから!」


 そう言って、ペン子さんはドアのほうに、くるりと向いてしまう。


 ……って、本当に俺、この状況で服を脱がなきゃいけないのかっ!?

 うわあ、なんということだ。羞恥のあまり、体が熱くなってきてしまう。


 ど、どうすべきだろうか……。今なら、無理やり現状から脱出することができるか? 

 だが、せっかくペン子さんがここまで気合を入れて職務を実行しようとしているんだ。

 それを、断ることは失礼になるんじゃないのか?


 色々な思考が渦巻くが、結局、俺は服を脱ぐことにした。やっぱり、年頃の男子がゆえに、この機会を逃してはいけない気持ちがあったのを、白状せねばならない。……だって、男の子だもん!


「脱ぎました。……それじゃ、先に浴室に入りますね」

「は、はひっ! わ、わかりましたっ!」


 ペン子さんも緊張しているみたいだ。俺に声をかけられるとビクッと肩を震わせて、声を裏返らせて返事をしてくる。


 ともかくも俺はタオルで股間を隠しつつ、浴室に入って、風呂椅子に座った。

 ややあって、ペン子さんもガチャリと浴室のドアを開けて室内に入ってくる。


 目の前に鏡があるので、ペン子さんの姿がわかった。髪留めで、後ろに髪をまとめている。髪を普通に下ろしているんもいいが、これはこれで、とても似合っていて、ドキドキしてしまう。


 ペン子さんの手には体を洗う用の水色のタオル。これも、我が家にないもなのなので、団体の支給品だろう。


「そ、それじゃあ、失礼します」


 ペン子さんはボディソープを手に取ると、タオルにかけていく。そして、一呼吸置いてから、こちらの背中をゴシゴシとこすり始めた。


 ……っ!? こ……これは……気持ちいいっ!

 自分で背中を洗うのは面倒なだけだが、他人から背中をこすられると、こんなにも気持ちがEものなのかっ!?


「ど……どうですか? 気持ちいいですか?」


 ペン子さんは顔を上気させながら、訊ねてくる。耳にちょっと息が吹きかかって、変な気分になってしまう!


「き、きききききぃっ! 気持ちいいです……」


 つい、珍妙な返答をしてしまった。


「ほ、本当ですかっ。喜んでもらえて、よかったですっ!」


 そう言って、鏡に映るペン子さんは、嬉しそうに微笑む。


「それじゃあ、もっとゴシゴシしますねっ。痛かったら、言ってくださいねっ?」

「は、はい……。おっ、おふぅううっ」


 そのまま俺はペン子さんに背中の隅々までをゴシゴシしてもらって、最後はお湯で流してもらうのだった。


「はぁはぁ……け、けっこうなお点前でした……」

「お粗末様でしたっ……ふぅ……」


 ……なんだか、背中を洗って流してもらっただけなのに、ずいぶんと消耗してしまった気がする。


「そ、それじゃ、あとは自分で洗いますので、ペン子さんありがとうございました」

「は、はいっ。どういたしまして!」


 さすがに、これ以上洗わせるわけにはいかない。俺は、越えてはいけない一線をわかっているつもりだ。

 そのまま余韻に浸りながら体と頭を洗い、湯船で疲れを癒す俺であった。



 さて、夕食を食べ、お風呂に入って、あとやることと言えば――。


「あ、シーツは取り替えておきました。明日、洗濯してますね。先ほどはすみません、寝てしまっていて」

「いえ……。で、この布団はなんですか?」


 俺のベッドの横に、見覚えのない布団が敷かれている。枕とお揃いのペンギン柄だ。


「あ、これは……もし夜中に敵が襲撃してきたときでも、すぐに対応できるように、同じ部屋に布団を敷かせていただきました!」


 俺のあとにお風呂に入ったペン子さんが、湯上りの上気した顔で返答する。ちなみに、パジャマ姿だ。もちろん、ペンギン柄だった。本当にペンギンが好きなんだなとい思う。


 スク水や体操着もいいが、こういうパジャマ姿もなかなかぐっとくるものがあるな。パジャマフェチに目覚めてしまいそうだった。


「え、いや……でも、他に空いてる部屋ありますから、そっちでいいんじゃないですか?」


 いくらなんでも、男女が同じ部屋で寝るってのは、問題があるだろう。


「で、ですが……いざというときには、すぐに対応できる場所がいいですから」


 いや、しかし……やっぱり、まずいだろ! こんな美人と一緒の部屋で心安らかに眠れるかっ!

 しかし、ペン子さんは頑(かたく)なだった。


「ご迷惑と思いますが、これも職務ですから、ご理解願います」


 そう言いながら、ペン子さんは頭を下げてくる。こんなふうにされると、俺としても無下にはできない。


 ……そうだ。これは仕方ないんだ。うん。そうだよな? そうそう。あー、仕方ないわー。これは、拒否できないわ―。だって、男の子だもん!


 自分への言い訳を完了した俺は、この状況を受け入れることにした。


「わかりました。でも、大丈夫です。俺は、越えてはいけない一線はわかっているつもりですから」

「ふえ……? ど、どういう意味ですか?」

「いえ、なんでもありません! こっちのことです!」


 思わず、変なことを口にしてしまったぜ。


 しかし……まぁ、意識するなというのが無理というものだ。湯上りのペン子さんの美しさは風呂に入る前の三割増しはある。こんな美人がすぐ隣で眠るだなんて、目の毒、体の毒、心の毒だ!


 だが、明日も学校がある。もうけっこういい時間になってしまっているし、さっさと寝なければならない。


「それじゃ……そろそろ、寝ますか?」

「は、はいっ! 了解いたしました。それでは、電気を消しますね」


 ペン子さんは電灯から垂れ下がっている紐を掴んで、引っ張る。


 そうすると、当然のことながら、部屋にはオレンジ色の小さな電球だけが灯るわけだ。

 ……なんか、それだけで、ドキドキしてきてしまうっ。

 って、なにを考えいるんだ俺は。妄想退散、妄想退散!


「そ、それじゃあ! おやすみなさい!」

「はいっ、おやすみなさいです、雄太さん」


 ともかくも、布団に入る。あえて、ペン子さんのほうを見ないように顔を窓側に向ける。

 そうじゃないと、緊張して眠れない。……いや、これでも眠れないが。


 そんな俺とは対照的に、背中のほうから、ペン子さんの安らかな寝息が聞こえてくる。音を立てないように振り返ってみると、ペン子さんはこちらに向かって、無防備な寝顔を晒していた。


 うう……。やっぱり、すごい美人だ、この人っ。

 しかも、寝顔というのは……実に、その、ぐっときてしまうものがある。

 だが……! 煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散! 俺は、紳士だ。紳士たるもの、婦女子の寝顔を見て、脈拍を上げたりしてはいけない。


「羊……じゃ芸がないな。そうだ、ペンギンを数えながら寝よう。ペンギンが一匹……いや、あれは鳥類だから、一羽か……? ええと、ペンギンが一羽、ペンギンが二羽……」


 こうして俺は、ペンギンを数え続けながら眠りに落ちていくのだった。

 それでも、余裕で百羽を超えてしまったが……。

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