2-2 聞きたくない話
それを見つけたのは近くを通りかかった商船だった。
海に漂う木片。
そこに書かれていたのは゛ラングドッグ゛という文字。
商船は、生き残りの船員数名も救助した。
その後、商船の船長はスイングワット島に立ち寄り、駐留する海軍に報告し、その報告はラングドッグの生き残った船員と共に本国へ戻る船に託された。
「海軍の軍艦が幽霊船に沈められた」
ラングドッグ号沈没の話は、奇々怪々な尾ひれ背びれがついて広がっていった。
生き残りの船員たちが本国に戻るよりも早く、噂話の方が先に到着していたほどだ。
そして、その噂話はラヴェリテの耳にも入る。
「嘘に決まってる!」
「でも、父ちゃんが酒場で聞いたって……」
ものすごい剣幕のラヴェリテに年上のはずのクリストフもたじたじだ。
「幽霊船などに父上のラングドッグ号が沈められるはずなどないぞ!」
「お、おいらもそう思うよ? だからこうして確かめにきたんじゃないか。ラヴェリテなら何か聞いていると思ったから」
「わたしは何も……」
「そうなのか。まっ、酔っぱらいの話だからね。俺もあんまり信用はしていないんだけど、なんか心配でさ」
「あ、ありがとう。クリストフ」
今日は遊びの誘いではなく、クリストフはそれだけを話すためだけにやって来たのだ。そんなクリストフに大声で怒った事が急に恥ずかしくなっていくラヴェリテだった。同時にクリストフに対し申し訳ない気持ちになっていた。
「また何か聞いたら知らせるよ」
「うん」
そうしてクリストフは帰っていった。
噂話の事を聞いたラヴェリテは落ち着かない。
祖父のフェルナン・ローヤリティ子爵にその事を尋ねてみた。
「そんな話は海軍から届いていない」
フェルナン・ローヤリティ子爵も元海軍で今で海軍の人間との繋がりは深い。
そんな祖父の言うことなら確かだろう。
ラヴェリテは、少し安心した。
その時、家に誰かが訪ねてきた。
扉を開けると海軍のスウィヴィ少佐だった。ラヴェリテの父親とも親しい駆逐艦デュプレクス号の艦長だ。
「こんにちは、スウィヴィさん」
「やあ、ラヴェリテ」
スウィヴィ少佐の様子は少し違っていた。顔は笑っているが何かが違う。
「フェルナン・ローヤリティ子爵はご在宅かな?」
「はい。おじい様なら書斎にいらっしゃいます」
「少し、お話しがあるんだ」
スウィヴィ少佐は、フェルナン子爵の書斎へ通された。
しばらくすると、部屋の中から何かが割れる音がした。
ラヴェリテが気になって部屋を覗くと床に割れたティーポットとカップが転がっていた。
フェルナン・ローヤリティ子爵の顔が動揺している。
「おじい様? 何かあったのですか?」
スウィヴィ少佐が訪れた時から嫌な予感がしていたラヴェリテはつい尋ねてしまった。
子爵は、少し間を置いてから口を開いた。
「ラヴェリテ。落ち着いてお聞き」
子爵の表情は険しかった。
ラヴェリテは、あのことだけではないように心の中で祈っていた。
母を亡くした時、幼かったラヴェリテがどれだけ悲しい想いをしたか。
あんな思いは二度としたくなかった。
しかし祖父の言葉は……
「ラングドッグ号が沈んだ」
フェルナン・ローヤリティ子爵は悲痛な面持ちでそう言った。
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