5-2 ラヴェリテ船長
ランディック島沖――
ミラン号は、今のところ何ごともなく海を進んでいた。
「おはよう、船長」
目をこすりながらラヴェリテが船の舵をとるコーレッジのところにやって来た。
「……おはよう、副長」
「眠そうだな」
「そ、そんなことはない」
ラヴェリテは、慌てて顔をこすった。
「あははは」
コーレッジは、大笑いした。
「もう……」
笑われたラヴェリテは頬をふくらませる。
「ところで、こんなに朝早くどうした? 船長」
「いや、大した事はないんだけど……」
コーレッジは、何かを言いたげだが切り出せずにいるラヴェリテに気づく。
「もしかして、船を操舵したいのかい?」
「あ……いや、その……」
ラヴェリテは、照れくさそうに頭を掻く。
「いいぜ。俺が見ていてやるから触ってみな」
「ほんとか!」
「ああ。だって、船長だしな」
ラヴェリテは嬉しそうに舵に手をかけた。
「無理に動かさなくていいぜ。進む方向からずれた時にだけ舵を取るんだ」
「わかった」
波のせいか、舵に僅かな抵抗を感じる。
「このままでいいのか?」
「そうだな……」
コーレッジは、方位磁石を取り出して方向を確認した。
「今は、北東へ十度へ進んでいればいいんだ」
そう言って、コーレッジは、ラヴェリテに方位磁石を見せた。
「ここ矢印がズレないように船の向きを合わせていけばいいのだな」
「ああ、そうだ。矢印の方向が船の方向と思っていい。今は北東十度を目指してるが、途中で進路を北西に変更する。まだ先だけどな」
「そうか」
「お、いい感じだぞ。船長」
ラヴェリテはニッコリと笑った。
「常に船の位置を頭に入れておくんだ。そうすることで船が正しい方向へ向かっているかわかる。それが大事なことだ」
そう言ってコーレッジは、ラヴェリテの頭をなでた。
「うん」
「太陽の位置。星の位置。風の向き。潮の流れ。すべてがヒントになる。舵はお前次第になるんだ」
「副長は、すごいな」
ラヴェリテは、感心した。
「そりゃ、お前より、航海の経験は長いんだからな」
「さすが、私の副長だ」
「ははは、変な褒め方だなぁ」
コーレッジはラヴェリテとのおかしなやり取りに大笑いした。
「なあ、副長」
「ん?」
「父上もこんなふうに舵を取っていたのか?」
正面の水平線を見つめながらラヴェリテは言った。
「ほとんどは、操舵手に任せていたが、たまに舵を取ってたよ。今のお前みたいに楽しそうに舵をとっていたっけ」
「そうか……」
「あの人も舵を取るときは子供のような笑顔だったなぁ」
コーレッジは懐かしそうにそう言った。
「副長は、父上のことが好きだったのだな」
「ん?」
「顔でわかるぞ」
「ああ、俺に親父はいないが、ローヤルティ船長を本当の父親のように思っていたな。直接言ったことはなかったけど」
「副長が私の父上の事を?」そう言ってラヴェリテは笑った。
「わ、笑うなよ。尊敬しいたし、悪さをして営倉に入れらた俺を引き取ってくれたのもローヤルティ船長だ。あの人には恩がある。他の乗組員たちからも船長も尊敬されてた」
「船長になると尊敬されるのか?」
ラヴェリテは、コーレッジを見上げた。
「ちょっと違うな。尊敬は、その人の行動や言動から得られるものなんだ。船長になったからって尊敬されるわけじゃない」
「むずかしいなぁ」
「いずれわかるさ」
そう言ってやさしく笑いかけた。
いつもはどちらかというと、ぶっきらぼうな感じだったが今のコーレッジは何か優しい雰囲気を感じさせている。
「ところで、コーレッジ副長が父上のことを本当の父上と感じているなら、副長は私の兄上になるんじゃないか」
「はあ?」
「だって、そうだろ? 副長の方が私より年上だし」
「いや、それは何かおかしい理屈だろ」
「そうか? 私はコーレッジが兄上だとうれしいな。だって、海や船についていろんな事を知ってるし、やさしいし」
「俺が優しい? そんな事、言われたの初めてだぜ」
「それに教え方もうまいと思うぞ。言っておくが私は、先生にはちょっとうるさいのだ」
「まさか! 俺は下町のゴロツキだった人間だぜ? 船長みたいな家柄でもねえんだ」
「私は気にしないぞ」
「いや、そういうことじゃないんだけどな……」
「私には兄上はいないが、コーレッジ副長が兄上だったらよかったなぁ」
「は……? な、なにをバカなことを……」
「副長、ちょっとお願いがあるのだが……」
「な、なんだよ」
「ミラン号の中では、私は船長だから、副長のことを副長と呼ぶ。けれど、陸にあがれば、私は、ただのラヴェリテだ」
「ん?」
「だからコーレッジ兄さんと呼んでもいいか?」
「こ、コーレッジ兄さん?」
「私は真面目に言ってるのだぞ?」
「な、なにを言ってるんだ? 変だろ! そんなの。だいたい陸に上がっても船長は船長だし」
「ダメか? いや、すまなかった。兄上がいたら楽しいかな……って思っただけだ。気にせずともよい」
ラヴェリテは少しがっかりしたような顔をした
「しょうがねえなぁ……」
ラヴェリテのその様子を見てコーレッジは頭を掻く。
「別にそのくらい構わねえよ」
「え?」
「アニキとでも兄上でも構わねえから、好きに呼べよ」
「ほんとか?」
屈託のない笑顔を向けるラヴェリテにさすがにコーレッジも嫌とは言えなかった。
太陽は、いつの間にか水平線から登りきっていた。海も空もよく見える。
いい風がふいているし、波も穏やかだ。
正しい進路をとっていれば、ランディック島にはそう時間はかからないだろう。
ラヴェリテの航海は順調のように思われた。
だが、ミラン号を追う帝国海軍の船がいるのをラヴェリテたちは、まだ知らなかった。
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