6-2 コーレッジの頼みごと

 ラヴェリテたちは、コーレッジが昔からの知り合いだという食料問屋を訪れていた。

 倉庫のような建物の中には整理された荷持がぎっしりと置かれ、入り口付近には、食材の見本なのか、小売用の物なのか、様々な食材が封を開けた袋に入れられ置かれていた。

「うわぁ……すごい」

 料理好きのジョルドゥは、その種類の豊富さに感激していた。

「ここに置いてあるのは、みんな食料なのか?」

 ラヴェリテがジョルドゥに尋ねる。

「ああ、そうさ。船に積み込む食料は毎回多いから在庫もそれなりにそろえているんだろうね。それにここの食材は種類が多い。これなら、いい料理がつくれそうだよ」

「ん? ジョルドゥって料理れるの?」

「作るよ……というか、船での食事は、いつも俺が作っていたんだけどね」

 ラヴェリテは目を丸くして驚く。

「いつも私達が食べている料理は全部そうなの?」

「へへへ、まあね」

 ジョルドゥが照れくさそうに笑う。

「すごいな! ジョルドゥ」

「本当はもっと美味いものを食べさせて上げたんだけどね。なにしろ材料が限られているから。ラヴェリテ船長は、いつもは、もっと美味しい料理を食べているんだろ? あんな料理でごめんね」

 申し訳なさそうに頭を掻くジョルドゥ。

「そんなことないぞ! ジョルドゥ」

「え?」

「私は、あんな美味しい料理は食べたことがないぞ! ジョルドゥは才能があるのだな」

「そ、そうかい?」

「あんな、美味しい料理を作れるのなら、きっと、ジョルドゥがレストランを開けば大繁盛だな」

「そんな、おおげさな」

「私は、本当のことを言っているんだ。そうだ! この仇討ちが済んで、国に戻ったらレストランを開くのはどうだ? 私がみんなに宣伝してやるぞ」

 熱心に言うラヴェリテに対してジョルドゥは、笑うだけだった。

「ははは……」

「あ、でも、ジョルドゥがレストランを始めたら、私の船で美味しい料理が出なくなるな……それは困る」

「ありがとう、ラヴェリテ船長。お世辞でも嬉しいよ。大丈夫、おれは船を降りない。ラヴェリテはずっと俺の料理を食べることができるしね」

「そうか! よかった! いや……それではせっかくのジョルドゥの料理がみんなに食べてもらえないな……私と船のみんなだけでは勿体無いしなぁ」

「あはは……ありがとう。そうだ、ラヴェリテは、チョコレート好きかい?」

「ん? チョコレート? 好きだ。大好きだぞ」

「なら、こんど作ってあげるよ。俺は菓子作りも得意なんだ」

「ホントか! やったーっ!」


 コーレッジは、人気のない倉庫の中を誰かがいないか、見て回っていた。

 すると奥から若い女が顔を出した。

「ちょっと、アンタ! こっちより先は入ってほしくないんだけ……あ?」

 女は、コーレッジの顔を見て驚く。

「よ、よう」

 コーレッジは、照れくさそうに女に挨拶する。

「コーレッジ・ルーカ! なんでアンタがここに?」

「なんでって……買い物だよ。船の食料の買い出しに……おっと」

 女は、コーレッジに嬉しそうにコーレッジに抱きついた。

 その様子を見たラヴェリテはびっくりする。

「何? 海軍船の入港?」

「いや、その……海軍はお休み中。今は、別の船に乗ってる。今日は船に積む食料と水の買い出しだ。どうせ買うなら知り合いの方がいいと思ってね。代金もまけてくれそうだし」

「あははは! まかしといてよ。サービスはするって!」

 そう言って女は明るく笑った。

「……ところで、さっきかこっちを睨んでる子がいるんだけど、知り合い?」

「え? あ……! おい、こっちへ来い」

 コーレッジは、ラヴェリテを呼んだ。

「行こう。ラヴェリテ船長」

「まったく、なんなのだ、あれは……かりにもウチの副長に……」

「え? ああ、あの女性ひとは、コーレッジの幼馴染のミカエラさんだよ」

「幼馴染?」

 コーレッジのそばまで来たラヴェリテとジョルドゥ。

「久しぶり、ミカエラさん」

「ジョルドゥ。アンタも海軍をお休み中?」

「ええ……まあ」

「おおかた、このコーレッジにそそのかされたんでしょう?」

「い、いや、そんなことないよ」

 慌てて否定するジョルドゥにミカエラは、肩をポンと叩く。

「まったく、アンタも人がいいねえ。無理強いされて、言いにくいなら、私が言ってあげるよ」

「おいおい。ひどい言い思われようだな」

「あははは! 冗談だよ。でもよく船を降りる気になったねえ。ラングドッグ号だっけ? アンタ達、随分、自慢してたじゃない? クルーも船長も最高だって。気に入ってたと思ってた」

「……それが、ラングドッグ号は沈んだんだ」

「えっ?」

「この腕の怪我はその時のもんさ」

 そう言ってコーレッジは包帯で巻いた右腕を見せた。

「艦長も死んじまった」

「艦長って……ローヤルティさんが?」

「ああ」

 コーレッジは、目を伏せながら頷いた。

「ラングドッグ号の生き残りの何人かと、今の船に乗ったんだ」

「そう……すごくいい人だったのにね」

 ミカエラが、悲しそうな表情を浮かべたのにラヴェリテは気がついた。

「あなたは、父上をご存知なのですか?」

 彼女の反応を見たラヴェリテは彼女に尋ねてみた。

「父上って……もしかしたら、あなた、ローヤルティさんの娘さんなの?」

「はい」

 ラヴェリテは頷いた。

「そうなのね……ローヤルティさんの船は、たまに補給にこの港を利用したのよ。コーレッジと知り合いということもあったんだろうけど、食料の買い込みをウチでしてくれてたの」

 ミカエラは懐かしそうに語った。

「そうだったのですか……」

 ミカエラはラヴェリテの右腕に巻かれたブレスレッドに気がついた。

「これ……赤珊瑚のブレスレッドでしょ?」

「え? はい。これは父上に誕生日プレゼントで頂いたものです」

「この色合いは、ここで採れる赤珊瑚の特徴なの。お父さんは、きっと、この港でそのブレスレッドを買ったのね」

 そう言われたラヴェリテ、右腕のブレスレッドを改めて見つめた。

「私への誕生日プレゼントをここで……」


 沈んだ空気を切り替えるようにコーレッジが手を叩いた。

「さて、商売の話をしようか!」

「そ、そうだね。早く決めないと夕暮れになってしまうしね」

 ジョルドゥも付け加えるようにそう言った。

「なあ、ジョルドゥ。オマエ、手順はわかっているだろうから、積み込むものを選んでおいてくれよ」

「ああ、わかった」

「俺は、ちょっとミカエラと話があるから」

 そう言ってコーレッジは、ミカエラの手をひっぱって倉庫の奥に行ってしまった。


「あの女のミカエラは、いい人そうだが……ウチの副長に少し馴れ馴れしすぎないか?」

「幼馴染だし、久しぶりに合うから、しかたがないよ」

「それにしても……副長のあの顔ときたら……ちょっとニヤけてると思うのだが」

 そう言ってラヴェリテは、不機嫌そうに腕を組んだ。

「あれ? もしかしてラヴェリテ船長は、コーレッジの事好き?」

「す、好きだなんて……まあ、好きだが、それは、有能な副長として好きということで、それにコーレッジは私の兄上だから」

「あにうえ?」

 言ってる意味がわからないジョルドゥはラヴェリテの顔を不思議そうに見た。

「コーレッジは、私の父上のことを本当の父上のように思っていたそうだ。それなら、コーレッジは年上だから、私の兄上も同じなのだ」

「あはは……それはややっこしいね」

 ジョルドゥはラヴェリテの説明に苦笑いをする。



 コーレッジは、ミカエラを荷物の裏につれていくと神妙な顔で言った。

「頼みがあるんだ。ミカエラ」

「な、なによ。あらたまって?」

「俺たち、沈められたラングドッグ号の仇討ちに行くんだ」

「仇討ち?」

「ラングドッグ号は幽霊船に沈められたんだよ」

「それ、どういうこと?」

「ここで武装を整えた後、幽霊船退治に向かう」

「なに言ってんのよ」

「聞けって!」

 コーレッジは、ミカエラの両肩を掴んだ。

「ちょ、ちょっと」

「俺は、その幽霊船と一度、戦っているからわかるんだ。こいつは危険な戦いになる」

「戦ってなくても危険だってのは察しがつくわよ。この辺りの幽霊船ってあの"ヴォークラン船長の幽霊船"のことでしょ?」

「だからだよ。あのローヤルティ船長の娘さんに何かあったら大変だ。だから、お前にあの子の事を預かってほしいんだ」

 ミカエラは少し考えた後、答えた。

「わかった」

「ありがとう。助かるよ」

「ローヤルティさんは知ってる人だし、いい人だったわ。それくらいのことはしなくっちゃね」

「それとこれ」

 コーレッジは金の入った小袋を手渡した。

「もし、俺たちが帰ってこなかったら、あの子を家まで送ってほしい。その旅費代だ。あの子が来たのは俺たちが誘拐したからって事にしておいてくれ」

 ミカエラの表情が険しくなる。

「何よ。帰って来ないなんて、不吉なこと言わないでよ!」

「念のためだよ」

「ダメよ。こいつは受け取らない。アンタ隊は、必ず生きて帰ってくるの!」

 ミカエラは金の小袋を突き返した。

あの子ラヴェリテは、アンタが責任持って家に帰してあげるのよ! わかった?」

 そう言って、ミカエラは、コーレッジの鼻先に人差し指を突き出した。


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