ランディック島の港にて
6-1 ランディック島の港
ミラン号は不吉な船だった。
航海に出ると必ず、誰か死ぬ呪われた船と噂されている。
海軍は、表向き呪いや迷信などを認めていない。
だが実際、海軍の人間の多くは、海の迷信を信じている。特に末端の兵士への影響は大きい。
海軍にとって自軍の中に呪われた船などというものは士気に関わることだった。
噂を認めるわけにはいかない海軍は、ミラン号を老朽化を名目に取り壊す予定だったのだ。
そんな船を盗んだ俺たちは一体……
コーレッジは甲板で働く船員たちを眺めた。
一体、何人が生きて帰れるのやら……
そんな事を考えていると甲板の上が何やら騒がしい。
「こら! お尋ね者! 掃除の邪魔だからどくのだ!」
ラヴェリテは、寝転がっていたルッティ・ベルナードをモップで押しのけた。
「俺様をお尋ね者言うな、船長」
「なら掃除を手伝え! お尋ね者!」
「お、おい、やめろって!」
ラヴェリテは、モップでルッティのデカイ尻を押しまくる。
二人のやり取りに甲板で笑いが起きた。
呪いの噂が本当だとしても、あの子だけは守りたいな……
コーレッジは、甲板の様子を見ながら漠然とそう思っていた。
マストの上では、白い髪の少女が甲板でのラヴェリテたちの様子を興味深げに眺めていた。
船員の中の誰も彼女の存在に気がついていなかった。
少女の横にカモメが羽を休めに止まった。
「今回の乗組員は、なんだかおかしな連中よね」
白い髪の少女は、カモメに向かってそう言った。
カモメは、少女の言葉が分かったのか、分かってないのか、ひと鳴きするとマストから飛び去っていった。
ランディック島の港に入ったミラン号は、
ランディック島は、北方面へ航海する船が立ち寄る港の中でも特に違法な取引をする商人や海賊たちにとっては都合の良い港だった。普通の港や町では手に入らない物資が集まっている。正規品から紛い物まで様々だ。おかしな詮索もされずに武器や弾薬を手に入れるにはピッタリの場所だ。
ミラン号が強奪されたことがランディック島には伝わっている事は、なさそうだったが、一応、船名は偽ることにしておいた。
ラヴェリテたちは、停泊料を支払うと、留守番として数名をミラン号に残し、食事と買い出しの為、船を降りた。
港に停泊している船は様々で、ラヴェリテが見にしたことのないタイプの船も随分ある。商船から漁船。ヨットや客船など様々だった。
興味深げに船を見て回るラヴェリテだが、よそ見しずぎて、たびたび皆とはぐれそうになる。その度に執事のアディが彼女をひっぱり戻していた。
「しかし、ここの港は活気があるな。変わった船も多いし面白い」
ラヴェリテは港の様子に感心した。
ランディック島の港。
その始まりは、密輸業者が、こっそり作ったものだった。
やがて密輸業者以外の船も訪れるようになり、規模は次第に大きくなっていった。
物資の出入りが頻繁になると、それなりに人も増えた。
さらには港の周辺に街までもできたが、住んでいるのは主に密輸業を生業とする者たちで、市長や帝国から派遣された役人など、ひとりもいなかった。
公には帝国に認められていない港。それがランディック島の港だった。
それでもこの港の存在が黙認されているのは北方方面にいく航行する際に通過点として補給に立ち寄るにはちょうどよい位置にあるからだった。切羽詰まったときには、海軍の船もここを利用することがあった。奨励はされない事だが、どうしても食料補給をしたかった時、あるいはランディック島の港でないと手に入らない物があった時、海軍の船はここを利用していた。
さらには、まともな商売をする商人や、まっとうな住人も港には混在している。
それでも、うまくやっている奇妙な港がランディック島の港だった。
食料の買い出しの前に打ち合わせをしようと食事も兼ね、酒場に入ることになった。執事のアディだけが、昼間から酒場などにラヴェリテを連れていけないと、反対したが、安いからとか、食料問屋が近くにあるとかで言いくるめられた。
ラヴェリテも、反対はしなかったものの昼間から酒など船の規律に関わると、難色を示したが「ここでしか食べれない地元料理がある」と聞き、わずか数秒で(昼間から酒を飲む賛成派)になった。
「船長、金はいくらあるんだ?」
ランディック島の港の酒場で食事をしてる最中、コーレッジがラヴェリテに聞いた。
「これが全部だ」
そう言ってラヴェリテは貨幣の入った麻袋を手渡した。コーレッジは、袋の中を覗き込むと大体の金額を計算した。
「まあまあな額だが、武器を揃えるには、まだ足りないな」
ルッティも袋の中身を覗き込む。
「十分じゃないのか?」
「ミラン号には少なくとも18門は大砲を取り付けたい。それと砲弾は炸裂弾を使うんだ」
「炸裂弾?」
「当たると爆発する砲弾だ。従来の砲弾よりずっと効果的だ。他にも剣やライフルとか俺たちが白兵戦で使う武器。それと、積み込む食料と水。船の航海には、金はかかるんだよ」
コーレッジは袋をラヴェリテに返すとそう言った。
「でもよ、幽霊船に大砲なんて通じるものなのか?」
「おいおい、ルッティ。アンタ、どうやって戦うつもりだったんだ?」
「俺様としては幽霊船なら、聖なる十字架とか、なんかそういったカンジのものでも使うかと思っていたんだが」
「俺たちは、ラングドッグ号で実際にあの幽霊船とやりあったから分かるんだ。ラングドッグ号の弾丸は確かに命中した。海賊ヴォークランの幽霊船に砲弾は効くんだよ。ただ奴は、頑丈でラングドッグ号の砲撃でも大した事はできなかった。だから、最新の炸裂弾を使って対抗するんだ」
コーレッジは、ルッティにそう説明した。
「足りなければこれも足しにしてくれ」
ラヴェリテは、そう言うと首にかけていたお守り代わりのペンダントを取った。
「ほう、なかなか良さそうな品じゃないか……ちょっと、俺様に見せてくれないか?」
「いいぞ」
ルッティは、それを受け取ると宝石部分を丹念に見入る。
「これは上物だ。良い石が入ってる」
執事のアディが慌て止めた。
「だ、だめですよ! ラヴェリテお嬢様。それは大事なお母様の形見ではないですか!」
「これ、おふくろさんのか……?」
それを聞いたルッティの顔つきが神妙になる。
「うん、母上の形見だ。高価なものらしいから高く売れると思うんだ」
ルッティだけではない。コーレッジや他の船員も同じように神妙な顔つきで顔を見合わせていた。
ルッティはしばらく考えた後、コーレッジに尋ねた。
「なあ、副長。あとどのくらい金額が必要なんだ?」
「せめて、この倍は、欲しいな」
「よし、それくらいだったら俺様にあてがある。任せろ」
ルッティはペンダントをラヴェリテの首にかけなおしてやった。
「任せろって、オマエもしかしたらまた盗……うぐっ」
コーレッジの口がルッティの大きな手で塞がれる。
「おお、さすがお尋ね者だな!」
ラヴェリテは、おかしな賛辞をしてルッティの腕を叩いた。
「ああ、俺様にまかせなって。船長、アンタ達は船で待っていてくれよ」
そう言って、ルッティは、親指を立ててみせると、食事もそこそこに酒場から出ていってしまった。
酒場から出るルッティの後ろ姿をその場にいた乗組員の全員が見送くる。
あいつ絶対、盗んでくるよな……
ラヴェリテ以外の全員がそう思っていた。
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