12-3 ラヴェリテ船長の帰還
幽霊船から逃げ延び、傷ついたミラン号は、海をさまよっていた。
もちろん、そのまま港に入るつもりはない。
だが、船長を失い、それまで、ほぼリーダー的な役割を負っていたコーレッジも抜け殻のようだ。
罪悪感、後悔、虚無感……そんな感情が彼の頭の中を覆い尽くしていた。
かろうじて船は、ルッティが仕切ってなんとか船が回っている。
ルッティが船や海の知識について足りない部分はジョルドゥが上手くやりくりしていた。
「ちょっと、起きなさいよ」
「あん? 誰だ?」
船倉で寝ているコーレッジに誰かが呼びかけた。
「アンタ、こんなところで寝ている場合じゃないわよ」
薄っすら目を開けると白い髪の少女がコーレッジを起こそうとしていた。
「白い髪……? ああ、ラヴェリテが言ってたあれか。確かミラン号の精霊だったか?」
「分かってるじゃないの。私もアンタたちみたいな普通の人間に姿を見せるのは体力がいるんだからね! 用件だけ言って消えるからね」
「なんだ……夢か」
「夢じゃないってーの! いや、まあ夢みたいなもんだけど」
「うるさいなぁ。俺は寝たい時に寝て、起きたい時に起きるんだよ」
「じゃあ、今は、きっと起きたい時よ」
「知るか……」
「アンタたちの船長が帰還するわよ」
「船長……船長? 船長って?」
「ラヴェリテって決まってるじゃない! このアホウ」
「痛っ!」
コーレッジは、飛び起きた。
「何しやがるんだ! このヤロウ……」
コーレッジは周りを見渡したが、
しばらく考えた後、コーレッジは、すっくと起き上がり、甲板に向かった。
「あ、副長。どうした?」
「いや、ちょっとな……」
甲板から海を見つめるコーレッジの眼の前に信じられない光景が飛び込んできた。
ミラン号に並行して突然、一隻の見知らぬ船が現れた。
「な、なんだ?」
その船は、何もないところからいきなり姿を現したのだ。まるで透明の布を一気に取り去ったかのようだった。
「右舷に正体不明の船です!」
同じく、突然現れた船に気づいた他の船員が叫んだ。
「何なんだ……あれは?」
異状に気がついてルッティとジョルドゥがやって来た。
「俺が寝ぼけているのかもしれないが、何もない海から急に姿を現した」
「変な形状の船だな。船っていうのはあれが普通なのか?」
船に疎いルッティが聞いた。
「いや、普通じゃねえよ。表面も木製じゃない。感じからすると装甲艦のようだが……」
「また装甲艦?」
ルッティは眉をしかめる。
「どしよう……コーレッジ」
ジョルドゥが心細そうな声で聞いた。
「攻撃体制に入っているのかと思ったら……どうも違うな」
並行して航行するその船は、徐々に近づいてくると同時に発光信号を送ってきた。
「不明船からの発光信号?」
「”停船せよ。われ、貴国の皇族の者を救助せり”……だって」
「はあ? 何を寝ぼけたこと言ってやがんだ」
「どうします?」
「返信だ」
「わ、わかった」
ジョルドゥが発光信号器を持ち出すと火を灯した。火の光は、中に取り付けてある反射用の鏡に当たり輝きが増幅される。
「用意できたぜ。で、なんて返せばいい?」
「”しるか、バカタレ”」
「それ俺に言ったの? それとも……」
「あの不明艦にだ」
「わ、わかった……では、”しるか、バカタレ”と……」
返信はすぐ返ってきた。
「”バカタレとはなんだバカ”……だ、そうです」
「頭の悪い信号をしてきやがって」
「こっちもそうだけどね」
「どうした?」
「そ、それが……」
「なんだ!」
苛ついたコーレッジが不明艦の信号の方を見た。
「なになに……”自分たちの船長に向かってバカとはなんだ。このバカ船員ども”」
コーレッジは眉をしかめる。
「バカ船員ども?」
コーレッジは望遠鏡を慌てて取り出すと不明船の甲板を見た。
そこにいたのは見覚えのある姿だった。
「ラ、ラヴェリテ?」
相手の甲板上では、かなり機嫌の悪そうな顔のラヴェリテが必死にミラン号へ信号を送り続けている。そのペースはかなり早い。
「ねえ、信号が送り続けられてるよ。同じ文面で……」
「なんて言ってる?」
「”バカタレ、バカタレ、バカタレ……”、以下同文だね。よっぽど頭に来たんだね……」
「帆のロープ緩めーっ! 船を止めろ!」
久しぶりのコーレッジの怒鳴り声に、だらけていた船員たちが一気に目を覚ます。
「船長が、船長の帰還だ! ラヴェリテが生きてた!」
ミラン号とヴォークラン号が寄り添うように並んでいた。
船員たちはミラン号の倍以上もあるヴォークランを物珍しげに見上げていた。
「ラヴェリテ船長!」
ラヴェリテと船員たちは再会を喜びあった。
中には涙ぐんで鼻をすすっている者もいる始末だ。
「しかし、ミラン号もやられたなぁ」
「船長がいなくなっちまって皆、やる気が失せちまって。修理も大して進まなかったんだよ。特にコーレッジ副長がひどくってさぁ」
「副長のくせにダメだろ!」
ラヴェリテは、腕を組みながらコーレッジを睨みつけた。
「わ、悪かったよ、船長……でも、なんだい? この船は。それに皇子って本物なのか?」
「無礼なことを言うな! 副長!」
そこへ気品を漂わせた若者がミラン号へ乗り込んできた。
「あ、殿下」
コーレッジは、見覚えのある姿に驚いた。ラングドッグ号に乗っていた本物の皇子だった。
慌てて敬礼するコーレッジ。ラングドッグ号の生き残り組の船員はもちろん、釣られて皇子を見たことのない他の船員も敬礼の真似事をした。
「ラングドッグ号のコーレッジ航海士だね。覚えているよ。君も生きていたのだな。お互いよかったな」
「はい、しかし、なんですか? この船は。見たこともない形だし、マストさえない」
「中央連邦統合軍の巡洋艦だ。どうやって海を進む仕組みは私もよく分からないですが……帝国が極秘建造した燃焼機関による装甲戦艦より遥かに高い性能です」
「中央連邦統合軍? 聞いたことのない名ですね」
「異国の軍だが、さきほど、同盟を結んのですよ」
「同盟……帝国と同盟でありますか?」
コーレッジは、ヴォークランを見上げた。
「これは、中央連邦統合軍巡洋艦ヴォークランだ」
「ヴォークラン? ヴォークランとは艦名なのでありますか?」
「世間では幽霊船の船長という事になっていますがね」
そう言ってエディス皇子は笑った。
「それと、あなた方の船長のお陰でヴォークランの協力を得られる事ができました」
「ウチの船長が……?」
「優秀な船長ですよ」
「そ、そうですか……意外です」
「ところで、コーレッジ副長、でしたよね?」
「はっ! 閣下」
「優秀な航海士であるとラヴェリテ船長から聞いています」
「恐れ入ります」
「実は、私はヴォークランで北方王国へ向かうつもりなのです」
「この得体の知れない船で、ありますか?」
「ラングドッグ号での任務を続けたいのです。そこで提案なのですが、ミラン号の乗組員を数人、お借りできないでしょうか」
「ヴォークラン号には乗組員がいるのでは?」
「それが、人がいな……いや、思いの外、人手が足りないらしくてね」
エイクスという意思を持った機械がヴォークランという艦を動かしている。
この艦の仕組みを説明してもコーレッジには理解できないだろう。なにしろエディスもおぼろげにしか分かっていないのだ。
エディス皇子は、笑って誤魔化すことにした。
「ラヴェリテ!」
「わ! 元気そうでなによりだ、ミラン」
「ええ、ちょっとキズモノになっちゃったけどね」
そう言ってミランは、ニッコリした。
「例の船に会えたようね」
「ミランが言ったのは、ヴォークランのことだったのか?」
「頼りになるでしょ?」
ミランは、そう言うとヴォークランの甲板を見た。甲板には、風に髪をなびかせた
「ヴォークランは、すごいぞ。八百年も海で航海を続けているそうだ」
ラヴェリテは、興奮気味に言う。
「帆もなくて海を進むし、鉄で出来てるんだ。それに……」
ラヴェリテは、嬉しそうに言う。
「私の新しい友達なんだぞ!」
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