11-2 幽霊船ヴォークラン

 ラヴェリテが気がついた時は、真っ白な部屋の中だった。

 その部屋でラヴェリテは、ベッドに寝かされていた。

「気がつきましたか?」

 誰かの声がした。ラヴェリテは部屋の中を見渡したが誰もいない。

「気のせいか?」

 ラヴェリテがベッドから降りようとしたときまた声がした。

「まだ、体力が戻ってきていません。注意してください」

「誰だ!」

 ラヴェリテは、誰もいない部屋の中を見渡した。すると、またどこからか声だけがする。

「私は、MC-97R型巡洋艦を管理するA.I.C.S(artificial intelligence control system人工知能式管理システム)です」

「AIC……S……えーと、エイクスか」

「いえ、A.I.C.Sです」

「だから、エイクスaicsだろ?」

「エイクスの呼称を私の事だと認識できるように新規登録いたします」

「私の名前はラヴェリテ・ローヤルティ。よろしくエイクス」

「ビジターNo.4976の名称を新規登録しました。新規登録名ラヴェリテ・ローヤルティ」

「ここはどこ?」

「艦内医務室です」

「すると船の中ということ? それにしては揺れを感じないけど」

「全幅を広く設計されていますので非常に船体は安定しております」

「なるほど。それにしても……なんというか整った場所だな。まるで城の中みたい」

「城ではありません。巡洋艦の艦内です」

「軍艦か……どおりでしっかりした造り」

 ミラン号とは大違いだ、とラヴェリテは思った。

「ところで君はどこにいる? エイクス」

 ラヴェリテは、部屋の中を見渡した。だが人の姿はない。小さな丸い小窓があるだけだ。

「私は、ここにはいません。|カメラを通してあなたを見ているのです」

camera小さな部屋から?」

「はい」

「エイクス。君が私を海から救ってくれたのか?」

「はい。付近の海面で発見いたしました。そのまま海に放置しておけば生命に関わることかと思い救助いたしました」

「そうか……私は、ミラン号から振り落とされてしまったのだな」

「ミラン号とはビジター・ラヴェリテが乗船していた船の事でしょうか?」

「私はミラン号の船長だ」

「登録を修正しました。キャプテン・ラヴェリテ。ミラン号船長」

「ところでエイクス。この船の船長にぜひお礼を言いたいのだが」

「艦長は不在です」

「どこかに、出向かれているのか?」

「いえ、すでに死亡しております。現在、この艦を管理しているのは私です」

「そうか……お気の毒に。では君が艦長の代理というわけなのだな」

「この艦の全管制システムは私がコントロールしています」

「エイクス、助けてくれた君に直接会ってお礼を言いたいのだけれどcamera小さな部屋から出てきてくれないか?」

「それは不可能です」

「君は相当、恥ずかしがり屋さんなのだな。海の男にしては珍しい」

「いえ、ワタシはA.I.C.S人工知能式管理システムです」

「それは知ってる」

 ラヴェリテは、ベッドから起き出すと小さな窓の方に近寄った。小窓は少し高い位置だった。ラヴェリテは少し背伸びをして小窓を覗き込む。その先は真っ暗でよく見えない。

「ここから覗いているのか? 暗い部屋にいるのだな」

ラヴェリテは、エイクスの姿を見るのをあきらめると、ベッドに戻った。

「では、壁越しで失礼するがお礼を言う。助けてくれてどうもありがとう」

「海難救助は、中央連邦統合軍の優先項目ですので」

 そういえば、自分は何故、このビジター部外者を救助したのだろう。

 A.I.C.S人工知能式管理システムは、そう考えていた。

 海難救助は、優先順位の高い行動として命令されていることだが、ビジター部外者を容易に招き入れるのが危険な行為である事はわかっているはずだった。現在の状況では特に。

 なのに何故……?

 A.I.C.S人工知能式管理システムは、この行動をバグとして記録した。


「中央連邦統合軍? 聞いたことのない名だ。北の海には北方王国以外にも海軍を持つ国があるのだな……ところでこの船の名は?」

「MC-97R型巡洋艦ヴォークラン」

「ヴォークラン……そうか、ヴォー……ヴォークラン!?」

 ラヴェリテは驚きの声を上げた。

「どうかなされましたか? キャプテン・ラヴェリテ」

「この船は、ヴォークランなのか?」

「はい。MC-97R型巡洋艦の27番艦ヴォークランです」

「す、するとここは幽霊船なのか!?」

 ラヴェリテは、大声で言った。

「幽霊船ではありません。中央連邦連邦統合軍所属のMC-97型巡洋艦の27番艦です」

「MC……何?」

「MC-97型巡洋艦の27番艦です」

「そうか、MC-97型巡洋艦の27番……いいや、そんなことより、この船は、さっきミラン号を襲っただろう!」

「そのような交戦の記録はありません。キャプテン・ラヴェリテ」

「嘘を言うな! それに、君たちの、その、ちゅ、ちょうおう何とかなんてところも聞いたことがないぞ。大体、どこの海軍なのだ!」

「中央連邦統合軍は、八百年以上前に組織機能を失った組織です」

「八百年前……やっぱり、幽霊船!」

「データベースにある幽霊船の定義と本艦は一致しません。無人ではありますが、意思をもって航行しております」

「ヴォークラン船長の幽霊船は、大昔の開戦で沈んだ船と聞いたぞ!」

「ヴォークランは、沈んでいません。現にこうして存在しておりますので」

「なんだか、頭が痛くなってきた……」

「大丈夫ですか? 鎮痛剤を用意いたしますか?」

「幽霊船でないなら、アエイクス。やはり君に直接会って話がしたいのだが姿を見せてはくれないか? 声だけではなんとも……」

「私に姿はありませんので」

「やっぱり幽霊ではないか」

「幽霊ではありません。中央連邦連邦統合軍所属のMC-97型の27番艦で……」

「だからそれは聞いたって!」

「仮に本艦がキャプテン・ラヴェリテの定義する幽霊船であるとしても、アナタに危害を与えるつもりはありません。アナタの乗っていた船と交戦もしていません。なにより交戦をする理由がありません」

「私は、貴艦に沈められた帝国海軍アンゲルン・マリーン巡洋艦ランディック島の船長セルメント・ローヤルティの娘ラヴェリテ・ローヤルティだ」

「その名前も記録にありません」

「なんたることだ! よりによって父上の船を沈めた相手に助けられるとは……」

 ラヴェリテは頭を抱えた。

「私の記録ではあなたの父上が所属する帝国海軍アンゲルン・マリーンと交戦した記録はありません。何か別の艦船と間違いされていると思われます。アナタの言う交戦は、いつのことでしょうか?」

「いつって……えーと、たぶん三週間か四週間前だと思う。もしかしたら一ヶ月前かも……」

「それはこの海域なのでしょうか?」

「うん」

「記録を再検索いたしましたが、やはり、その期間に私が戦闘した記録はありません。私が最後に戦闘をしたのは452年と5ヶ月前です」

「452年って、おまえ、一体、何歳なんだ! というか、やっぱり幽霊だろ!」

幽霊ゴーストではありません」

「では、姿を見せろ」

「セキュリティーの関係上、部外者のあなたに私のメインフレーム本体にご案内することはできません」

「言ってる意味がよくわからんが……ケチだというのはわかるぞ」

 ラヴェリテは、頬を膨らませた。 

「それにだ!」

 ラヴェリテは、部屋の隅を見た。

「さっきからそこにいる君はなんだ? 君もこの船の乗組員なのか?」

 そこには見たこともない軍服を着た青い髪の若い女性が立っていた。

 女にを指差すラヴェリテ。

 青い髪の女は、驚いた顔をしてラヴェリテを見た。

「あ、あなた、私が見えるの?」

「あたりまえだろ。黙って立ったままだから人形かと思ってたぞ」

「まったく……驚きだわ。私が見える人に初めて会った」

「ん?」

 ラヴェリテは、青い髪の女をまじまじと見た。

 その雰囲気はどこかで感じたことがある。

「もしかして君は……この船の精霊スピリットではなのか?」

 ラヴェリテは、女にそう言った。

精霊スピリット?」

「古い船に憑く魂のようなものらしいと聞いている」

 軍服の女は長い髪を掻き上げるとラヴェリテに歩み寄った。。

「そうね。なら、私はヴォークランの精霊スピリットといえるわね」

 女は何か思いついたような表情をするとラヴェリテに笑いかけた。

「よろしくキャプテン・ラヴェリテ。私は、ケルシー・ルー大尉。精霊スピリットを約八百年ほどやってるわ」

 そう言ってケルシー・ルー大尉は、ラヴェリテに向かって敬礼した。



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