陰謀
13-1 ヴォークランでの航海
ケイシー・ルー大尉がMC-97型巡洋艦ヴォークランに配属されたのは西暦2120年。
大戦が勃発する数ヶ月前だった。
ミサイル駆逐艦の戦術士官としてキャリアを積んだ後の抜擢だ。
直後、開戦。
唐突ではない。徴候は何年も前からあった。
まるで空気を目一杯入れた風船が破裂するかのようにあるきっかけで戦いが始まった。
人間としての最後の記憶は、おぼろげだった。
確か化学兵器か何かの攻撃を受けたのだと思う。
意識を失ったケイシー・ルーが次に目を覚ました時、艦の誰もが自分に気が付かなかった。
しばらくは混乱したがその後、事実を受け入れた。
自分は既に死んでいて、誰も存在に気づかないらしい。ごく稀に気配を察知する乗組員もいたが、意志の疎通はできなかった。
いくつかの作戦行動を歯がゆい思いで見続けた後、何かの理由で乗組員たちは全員、艦から降りていった。理由はケイシーを死に至らしめたことと同じだったかもしれなかったが、誰にもそれを確かめることはできなかった。
彼女も艦から降りようとしたが、どいうわけかそれはできない。艦から降りようとすると身体が引き戻されてしまうのだ。
理由はわからないが、ケイシー・ルーの魂は、この艦に留まることになった。
その後、艦内で動いているのはヴォークランのエンジンとメンテナス用マシンのみ。
たったひとりの孤独な航海……それが八百年も続いた。
海で遭難者を救うまでは。
そして、艦に乗せた遭難者は、とても賑やかだった。
「ミラン号を置いていくなんてイヤだ!」
ラヴェリテが声を上げて抗議した。
ヴォークランにはミラン号の一部の乗組員が乗り込んでの航海を始めていた。
目的地は北方王国。
ミラン号には、残りの船員たちを乗せてヴォークランの後に続いたものの、速力が違いすぎて追いつけない。仕方なく、ヴォークランの速度を遅らせてミラン号に合わせていた。
「いや、置いていくわけじゃないよ。少し遅れてついて来るだけだよ。ラヴェリテ」
ジョルドゥが諭すようにラヴェリテに言った。
昨晩の皆の話し合いで遅れているミラン号に速度を合わせず、ヴォークランだけ先に進もうという事が決まった。だがラヴェリテだけがそれに反対し、多数決で案を押し切られるかたちになっていたのだった。
「でも……ミランは大事な船だし」
「分かってる。俺たちにとってもそうさ」
ラヴェリテもこれでミラン号と別れるわけではないと頭では分かっていた。だが感情がラヴェリテをミラン号と離れがたいものにしていた。
「別にミラン号を見捨てるわけじゃないからね。大丈夫だよ」
「うん……あの……離れる前にミラン号にもう一度乗りたいんだけど……」
「それくらいコーレッジも許してくれるんじゃないかな? それにラヴェリテが船長なんだしね。僕からも話してあげるよ」
「ありがとう、ジョルドゥ」
とはいえ、ラヴェリテの表情は沈んだままだ。
ジョルドゥは、少しラヴェリテが可愛そうに思えてきた。
「そうだ、ラヴェリテ船長。ここの厨房を借りて何か作ってあげるよ」
「ホント?」
「こんな船ならいい食材もありそうだ」
「あ……」
ラヴェリテの顔が若干ひきつる。
「それなんだけど、ジョルドゥ……」
「ん? どうしたの?」
エディスは、部屋に閉じこもりきりで北方王国への親書を書いていた。
最初の親書は幽霊船に襲われた際、沈んだラングドッグ号と共に海の底だ。
エディスは、内容を少しずつ思い出しながら新たな親書を書き起こしていた。
書いている最中に文面と同時、父親である皇帝との会話や妹との会話も一緒に思い出される。
きっと心配しているだろう……
少し、胸が傷んだが、今は生存を伝える術はない。
この新たな親書を書き終えたら、自分の無事を知らせる手紙を書こう。
エディスはそう思っていた。
ミラン号乗組員の中ででこのヴォークラン号での旅に一番喜んでいたのは、自称発明家のサジェスであろう。
艦内の全ての物がサジェスにとっては、信じられない技術の塊だった。
他の乗組員が特に関心を示さず歩く、床や扉にも、素材や、成形の方法を想像するだけで彼の頭の中はパニックを起こしそうになるくらい忙しなく思考した。
そんな彼が甲板に迷い出た時に見つけたのはルッティの姿だった。
彼は、鳩を手に持っていた。
「ルッティさん。どうしたんです? その鳩」
サジェスに気がついた途端、ルッティは鳩から手を離した。鳩は、離されると同時にどこかへ飛んでいってしまう。
「鳩が迷い込んでいたんでな。食おうと思って捕まえたんだが」
「鳩をですか? 鳩って美味いんですか?」
「いや、わからん。だから逃した」
ルッティは、肩をすくめてそう言った。
「でも、鳩が迷い込むほど陸に近かったですかねぇ……」
「ところで、どうだ? この船の様子は。熱心に調べまくっていたようだが」
「ええ! スゴイんですよ。この船」
サジェスは興奮気味に語りだした。
「使われている素材は、木ではありません。多くが鉄や樹脂を固めたような物や知らない金属です。しかも船を動かしているのは人間ではなく、船自身が動かしているんですよ。それと人間に似せた自動人形数体が細かい作業をしているんです。この自動人形の仕組みがまた不思議でして……」
「誰が造ったと思う?」
「そりゃ、大昔の人間たちでしょう。千年前に起きたという伝説の大戦は、実際にあった出来事だったのですよ。その時代は、今では残っていない高度な技術が使われていという研究者もいます。この船がまさにその証です!」
サジェスは、喜々として語り続けた。
「おい、サジェス。お前、こんな船がまだ他にあると思うか?」
「どうでしょうか……」
サジェスは、手を腕に当てて考えた。
「仮にもし、あったら帝国も北方王国もとっくに征服されていると思いますね」
コーレッジは、サジェスが自動人形と呼ぶメンテナンス用のアンドロイドに案内され、艦内を歩いていた。
「一体、なんなんだ? この船は? 城なのか?」
案内されるヴォークランの艦内の様子を目にしたコーレッジは思わずそう言ってしまった。
「なんで鉄で出来ているのに、この船は、沈まないんだ?」
「鉄を使っているのはごく一部です。フレームには主に合金を使用し、その他にもファイバー樹脂と多種のセラミックを使用しています」
作業用アンドロイドのスピーカーを通して
自立機能はない作業用アンドロイドは、エイクスの手足だった。部品交換や修理などをエイクスがコントロールして作業を行うのだ。かつては四十体からの作業用アンドロイドがいたが、今では、稼働するのはわずかに五体しか残っていない。それも作動不能になっていたアンドロイドのパーツを少しずつ使いまわしして維持してきた五台だ。
「言ってることがよくわからん」
「私の観測によりますと、本艦が建造された年と現在ではテクノロジー減退差がかなり大きいと為と推測されます。これらの技術は、現在の世界では使われていないものが殆どです。故に現在を生きるビジターの方々には理解しにくい技術であると推測します」
「あ、そう(やっぱりよくわかわん)……で、なんで、帆も上げずに海を進めるんだ?」
「海水を2種類の触媒を通して水素化し、スターリング式エンジンを動かしています。エンジンはスクリューと呼ぶ回転羽根式の金属板を水中で回転させて推進力を得ています。電力も同じシステムで供給しています。軍事機密により、これ以上、詳しい事は、お教えできません」
「大丈夫だ。その軍事機密とやらを説明されても多分わからん。それよりも、何故、この船には人がいねえんだ? それともどっかに隠れているのか?」
「船の運行、システム、船体維持はすべて私がコントロールしています」
「ひとりってことか? そんなわけねえだろ! この嘘つきめ」
コーレッジは、ヴォークランとのやり取りを続けたが、一向に話が噛み合わないままだった。
ヴォークランの厨房では、ラヴェリテとジョルドゥが積まれている食料を味見していた。
「うへっ! なんて味だ」
ジョルドゥが出された食事を一口入れてた後、そう言った。
「だろ? ジョルドゥ。エイスク《人工知能》は、料理がヘタなのだ」
「ヘタというレベルを超えてるね」
ジョルドゥは、料理をそばにいる料理を担当したアンドロイドを横目で見た。
「生存を維持する為に必要な栄養素は、ほぼ揃っています」
エイクス《人工知能》は、アンドロイドを通してそう言った。
「これ、一体何の食材?」
「海藻や海中のプランクトンを採取して艦内で製造しました」
「やれやれ……酷い味だ。この船には料理人がいないのかい?」
「作業用アンドロイドにはその様なプログラムはされていません。かつてはその役割を負う乗員がいましたが現在は艦を降りています」
「仕方がない。僕がもっとマシな食事を作るよ」
ジョルドゥが腕まくりした。
「ねえ、君。調味料はどこ?」
ジョルドゥは、アンドロイドに尋ねた。
「はい」
アンドロイドは、返事をすると棚から塩の入ったケースを持ってきた。
「もしかして塩だけかい?」
「はい」
「やれやれ……そこからか」
ジョルドゥは、ため息をついた。
「ラヴェリテ、ミラン号から食料を運び込もう。こんな料理、我慢できても2、3日だ。それ以上、出されたらみんな、海に飛び込んで逃げ出すよ」
「それがいい! ミラン号に食べ物を取りに行こう!」
ラヴェリテは、ニッコリしてそう言った。
「さあ、この塩は片付けてくれ」
ジョルドゥがアンドロイドにそう言うと、アンドロイドは塩のケースを持って元あった棚に戻そうとしたが、その途中に動きを止めた。
「どうした?」
ラヴェリテも様子に気が付き、アンドロイドの方を見る。
「進路方向の前方に多数の艦船を感知しました」
アンドロイドはそう告げた。
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