4-2 夜明けの出航

 その日の夜明けの直前、ミラン号は出航した。

 海軍航海士であるコーレッジが操舵した。

 腕に怪我を負っていたものの、繊細な操舵で上手く湾内を進んでいく。

 船首には、他の船員が船の先に障害物がないかを見張りに立たせた。

「船の操舵が上手だぞ。海軍航海士」

 ラヴェリテがコーレッジの傍に来て言った。

「ありがとよ、船長」

 出航からずっと、コーレッジの横でラヴェリテが興味深く操舵の様子を見ている。

「けどよ、もう俺は元海軍航海士だぜ。今はミラン号の航海士だろ? コーレッジでいいよ」

「うん、コーレッジ」

 ラヴェリテはそう言って大きく頷いた。

「けどよ、湾から出たらどこへ向かうんだ?」

「それはもちろん、幽霊船の出没する海域に決まってるだろ」

「海域ったって……」

「あなたたちは、ラングドッグ号の乗組員でその生き残りだろ? ならば幽霊船と戦った正確な海域を覚えているんじゃないのか?」

 そう言ってラヴェリテはニッコリと笑った。

「オマエは、まさかそれをあてにして?」

「もちろん!」

「やれやれ……」

 コーレッジはそう言って頭を掻いた。

 この娘はコーレッジたちが思っているよりずっと賢いようだ。

「とにかく、湾から出たらヴォークラン船長の幽霊船と交戦した海域に舵をとってくれないだろうか」

「その前に何か忘れていませんか? 船長」

「ん?」

「いろいろ足りないものがあるんじゃないかってことだよ」

「あ、そうか。急ぎの出航だったから食料を忘れてたな」

「十分じゃないが、少しはルッティが用意してくれてある。食料もそうだが、他にもあんだろ?」

「うーん……水かな?」

「水ももちろん大事だが、それ以外にも大事なもんがある。特に幽霊船と戦うにはな」

「ん?」

「この船には大砲も積んでないんだぜ? 船長さんは、どうやって幽霊船と戦うつもりだったんだい?」

「お前たちがいるじゃないか」

「え?」

「お前たちがいると言ったんだ。ミラン号で突っ込んで幽霊船に切り込む。後は、敵の船で戦うだけだ。もちろん、先陣は私が切る」

 コーレッジがため息をつく。

 賢いと一瞬思った自分が愚かに感じた。


 やっぱり子供か……


「それにお前たちは、強そうじゃないか。あの、お尋ね者のルッティも、なかなか強そうだし、私だって剣の腕には自身があるんだぞ」

 ラヴェリテは、剣を突く真似をしてみせてニッコリと笑う。

 そんな顔を見せつけられると、もう笑うしかない。

「なあ船長、それでも船に武装は必要だ。俺達自身も大した武器を持っちゃいない。そこで提案だが、どこかに寄ってミラン号の武装と俺たちの武器を揃えたらどうだ?」

「うん、そうだな。確かにあなたの言うとおりだ。海軍航海士」

「コーレッジでいいって……」

「だとすると、どこへ寄ろうか……幽霊船の出没海域までの航路にちょうどよい場所はあるのか?」

「心当たりはある」

「では、そこに寄ろう」

「どこに行くのか確認しなくていいのか?」

「ああ、そうだった。で、どこへ向かうのだ?」

「呑気な船長だな」

「私は、呑気ではないよ。あなたを信じているだけだ」

 ラヴェリテは、真顔でそう言った。

「俺を信じて……ん、まあ……ありがとよ」

 コーレッジは照れくさくなり、わざとらしい咳払いをする。

「なら、ランディック島の港に寄ろうと思う。あそこにはちょっとしたツテもあるから何とかなるかもしれない」

「さすが、副船長だ」

「え?」

「聞こえなかったか? 副船長」

「いや、聞こえてるけど……聞こえているからこそ、驚いた」

「あなたは優勝な船乗りだ。私の見る限り、この船の中で一番だ。それに父上のラングドッグ号の乗組員だった。なら父上のお墨付きがあるのと同じだ」

「ちょっと強引だ……」

「いいじゃないか。船長の私が決めたんだ。言われたとおりに副船長の任を素直に受けろ」

 ラヴェリテはそう言ってコーレッジの背中を思い切り叩いた。

「ごほっ……う、まあ、船長の命令なら」

(こいつ、ガキのくせに力が強い!)

「決まりだ! では、船長から副船長へ最初の命令だ」

「どうぞ」

「湾から抜け次第、ランディック島に進路をとれ!」

「アイアイサー! 船長」

 陽が昇る中、老朽船ミラン号は、海原に乗り出していった。


 

 

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