10-3 新しい進路

 夜が明けるとラヴェリテは、船長室に皆を集めて海図を広げた。

 コーレッジをはじめ、ジョルドゥや、他の船員たちが海図を覗き込む。

「ミラン号の進んでいるのはこの進路。このまま真っすぐ行けば、スイングワット島の沖、約22マイル。このあたりでラングドッグ号は、幽霊船と遭遇したのだろ?」

 ラヴェリテは、定規を当てると、わずかに左ずらす。ミラン号の船精霊スピリットに教えられた方向だ。

「この辺りの海域を目指したいのだ」

 そう言って、ラヴェリテは、鉛筆で定規の先を大きく丸で囲んだ。

「目標にしていた水域より、わずかに離れているだけだけど、ここに何かあるのかい?」

 ジョルドゥが聞いた。

「幽霊船がいると聞いた」

 皆、顔を見合わせた。

「誰に?」

 再びジョルジュが尋ねる

「ミラン号の船精霊スピリットだ」

「え? 船精霊スピリット?」

「ああ、昨夜、幽霊を待ち構えていたら、幽霊ではなく、彼女が現れて……ああ、船精霊スピリットのことだが、私に教えてくれたのだ」

 船長室にいた全員が気まずそうな顔をする。そして誰もがこう思っていた。ラヴェリテが夢でも見たのだろう、と。

「どう思う?」ジョルドゥがコーレッジに訪ねた。

「どうって、そりゃお前、夢でも……」

 そう言いかけたとき、ジョルドゥが咳払いをする。

「ん? ああ……そうだな」

 ジョルドゥのわざとらしい咳払いに気がついたコーレッジは、これまたわざとらしく腕組みをする。

「まあ、その……特に大きく外れているわけじゃないし、目指した場所が確実に幽霊船がいるってわけでもないから多少の進路変更は構わないと思う。でも、精霊スピリットというのはなぁ……なんというか」

 見かねたジョルドゥは、小声で助け舟をだした。

「ねえ、コーレッジ。きっと、ラヴェリテも何か船長らしいことをしてみたいんだよ。問題がないなら、このくらいの進路変更はいいんじゃない?」

「うーん、そうだな……まっ、いいか。わかったよ、船長。進路の微調整をしてみようか」

「ありがとう! 副長」

 ラヴェリテは、コーレッジに抱きついた。

「おいおい、大げさだな」



 皆が、船長室から出ていった後、ラヴェリテは、ひとり海図を見直していた。

 すると、ドアをノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

 入ってきたのは、ミラン号の船精霊スピリットミランだった。

「ああ、君か。ノックはするんだな」

「マナーだもの。で、話は通った?」

「うん、副長も進路の変更に同意してくれた。これで幽霊船に出会える」

「でも、聞いてね。その海に行けば幽霊船と呼ばれている船には会えるけど、戦わずに逃げて」

「それでは意味がないではないか」

「私、沈みたくなんだけど」

「大丈夫だ! 私達が幽霊船をやっつけてやる」

「また何を根拠に……」

 なぜか自信満々のラヴェリテにミランは、ため息をついた。

「私がその航路を教えたのは、あなたの探している幽霊船とは別のに引き合わせたかったからなのよ」

「嘘だったのか?」

「嘘じゃないわよ。その海域には、ラヴェリテが探している船もいるはずだからね。進路を少し変えてもらったのには他に理由があるの」

「理由?」

 ラヴェリテは小首を傾げる。

「相手は、海軍の巡洋艦を沈めた船でしょ? 正直、私、そんな船に勝てる気がしないし」

「いろいろ戦いの準備はしているぞ。呪文を書き込んだ砲弾とか……」

「相手がこっちより大砲を多く持っていたら?」

「そ、そうしたら、突っ込んで向こうの船に乗り込んで……」

「乗組員の数が多かったら?」

「ライフルや剣も揃えたし……」

「そんなもの、相手だって持っているだろうし」

「か、かもしれないな」

「必ず勝ってもらわないと! でないと、私もあなたも海に沈んじゃうんだからね」

「が、がんばるから」

「とにかく相手の方が強いんだから、こちらもそれなりに戦力をそろえないと」

「確かにそうだな。でも、どうやったら……また、港に戻って大砲の数を増やした方がいいのかなぁ?」

「それより、もっといい手がある。味方をつけるのよ」

「帝国の海軍は協力してくれそうもないぞ。むしろ私たちを捕らえようとしているんだから」

 ミランは首を横に振った。

「さっき言ったに協力してもらうの。それが私が教えた方向にいるはずよ」

「その船、協力してくれるのか?」

「交渉次第だと思うけど、正直わからない。なにしろとは違う変わった奴だから……」

「良い人だといいな」

「良い人? あははは」

 ミランは、大笑いをした。

「むっ! 失礼だな。何を笑うんだ。私は何かおかしい事を言ったか?」

「ああ、ごめん、ごめん。実はまだ言いそびれている事があるの」

 ミランは笑うのを止め、真顔になった。

「助けてくれそうなその船……実は、そいつも"幽霊船"と呼ばれているんだから」





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