ラヴェリテ船長の帰還
12-1 亡国の海を彷徨う巡洋艦
客船は表向き、大砲も装備した偽装艦だ。
ミノルカ号が入港したのは、沈没したラングドッグ号に代わり新たな調停書を使者と共に運ぶ為だった。
新たな使者である皇女であるアミカルが客を装い、タラップを登ると甲板には、ミノルカ号の船長らが出迎えていた。
「ようこそ。アミカル様」
「船長、ご歓迎は有り難いのですが、こんなことをされては目立ってしまいませんか?」
「なあに、この船の乗客は全て水兵が扮したものです。それに乗船してしまえば、周りの目など気にすることは無用ですので」
そう言って船長は笑ってみせた。
「さらに沖で合流する手筈になっているのは、巡洋艦六隻と内燃機関とやらで動く新型戦艦が二隻です。これならどんな相手がちょっかいを出してきても大丈夫。無事、
「ありがとうございます、船長。私も兄上の果たせなかった交渉の役目を必ず果たしてみせます」
アミカル皇女は決意を固めた。
その頃、スイングワット島の沖では、ラヴェリテは、巡洋艦ヴォークランの
「わかりました」
「では早速、北方王国へ進路を……」
「それはできません」
エイクスは、きっぱりとそう言った。
「なんでだ!」
ラヴェリテは、
「ちょ、ちょっと、私を見ないでよ。船を動かしているのは彼なんだから。それに彼は、頑固なのよ」
「……でも君も、ヴォークランの
「それは……その……あなたに説明してもわからないかもしれないけど、MC-97R型巡洋艦を管理するA.I.C.Sは、与えられている任務に忠実なの。それ以外の目的で航路を変更する事はないと思う」
「あっ!」
「な、なに?」
「もしかしたら、君も北方王国に行きたくないんじゃないのか?」
「やっぱり!」
ラヴェリテの指摘にケルシー・ルー大尉は、気まずそうに頬を掻いた。
「だって……知らない海に行くのなんて、なんか面倒くさいし」
「私たち、友達だろ?」
「え? いつから?」
「う……ん、さ、さっきからだ!」
ケルシー・ルー大尉は、ため息をつく。
「こっちにもいろいろ事情があるのよ、ラヴェリテ」
「その事情は、なんとかならないものか?」
「ら、ラヴェリテ? 君は、さきほどから誰と話しているのです?」
エディス皇子は、ケルシー・ルー大尉と話し続けるラヴェリテに訪ねた。なにしろ皇子には、船の精霊の姿が見えない。ラヴェリテが誰もいない壁に話しているようにしか見えないのだ。
「あ、殿下、今、この
「誰がケチなのよ! 事情があるのよ、事情が」
ケルシー・ルー大尉は、ラヴェリテに抗議した。
「つまり、このへんに……その、船の精霊というものがいるというのですか?」
エディス皇子は、ケルシー・ルー大尉の横に手をやった。
「もうちょっと右です。殿下」
「このへんかな?」
「ちょっ……!」
ケルシー・ルー大尉がエディス皇子の手を避ける。
「右に避けました」
「こっちかな?」
エディス皇子は、さらに手を伸ばした。ケルシー・ルー大尉は、身体をひねって手から離れた。
「あ、逃げました」
「ちょっと、あんたたち! 私で遊ばないでくれる?」
ケルシー・ルー大尉がラヴェリテに文句を言った。
「だって……進路を変えてくれないんだもん……ブツブツ」
ラヴェリテは、口を尖らせながらそう言った。
「わかった、わかったわよ。でも、前にも言ったけど、この船を動かしているのは、私ではないわ。この船のA.I.C.Sという人工知能なのよ。彼を説得しなけければダメよ」
「君は、ヴォークラン号の心みたないなものだろう? 君に進路を決める事はできないのか?」
「私は、きっかけを与えるだけよ」
ケルシー・ルー大尉は、肩をすくめた。
「ヴォークランはね、受けた命令を忠実に守り続けているの。もう何百年もね。その命令が変更されない限り、進路を変えることはないでしょうね」
さっきは、知らない海に行くのは面倒くさいとか言ったけど……ラヴェリテ。私は、あなたの事を憎からず思ってる。つまり、ちょっとばかり、あなたを気に入っているの。それは、
「ラヴェリテ?
「エイクスは、命令を受けているそうです」
「命令? どんな?」
ラヴェリテは、ケルシー・ルー大尉の方をチラリと見た。
「殿下は、命令とは何かと聞いている」
「聞こえてるわよ。まったく、面倒くさいわねえ……」
ケルシー・ルー大尉は、ため息をついて答えた。
「ヴォークランが受けた命令は、
「仲間?」
「そう。わたしたちの仲間は、その昔、もっとたくさんいて……」
「エイクス!」
「ちょっと、私はまだ話している最中でしょ?」
ラヴェリテはケルシー・ルー大尉を無視して人工知能であるエイクスに話しかけた。
「なんでしょうか? ビジター」
「仲間を探しているのか?」
「命令により軍を再編成する為に友軍を探しております」
「仲間には会えたのか?」
「いえ。四百年以上も味方の識別反応を確認しておりません」
「仲間には会えなかったのだな」
「……はい」
「そうか……四百年もひとりぼっちか……さみしかっただろうな」
「私がさみしい?」
人工知能は、データベースから”さみしい”の意味を拾い上げたが、それがどのようなものであるかは、単語としては認識できても意味を理解することができないでいた。
かつて大勢いた乗組員たちの何人かがそんな言葉を使っていた記録はあるものの、ヴォークランにとっては、それは何の影響もない単なる言葉でしかなかったからだ。
だが人間は、こういった言葉によってお互いに”共感性”を持つことができる。
ひとつの言葉にいくつかの意味を含み、組み合わせによってさらに多種の意味を持たせる事のでき曖昧で便利な言語だろうか。
「あっ! いいことを思いついた!」
ラヴェリテがいきなり大声で言った。
「ラヴェリテ?」
エディス皇子が心配そう尋ねた。
「殿下、これで問題解決ですよ。簡単なことでした」
得意げにそう言うラヴェリテ。
「私も興味があります。一体、何が解決したというのですか?」
「わたしが仲間になるぞ、エイクス。これでお前はさみしくないだろ?」
そう言ってラヴェリテはニコリと笑った。
「これで問題解決だな」
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