3-2 水兵たち

「ダメだよ、コーレッジ」

 同じく海軍水兵仲間のジョルドゥがコーレッジを必死で引き止めた。

「勝手に他の船の船員になんてなったら、海軍を脱走ってことになるよ」

「まあ、書き置きでも残しておけば、なんとかなんだろう」

「いや、ない! それはないって!」

 仲間のジョルドゥが焦るのに構わず、コーレッジは既に名簿に記帳を始めていた。

「あーあ、知らないぞ」

 ジョルドゥが呆れて呟いた。


「制服の着方が少し無作法だが、帝国海軍の水兵が来てくれるのはありがたいな」

 ラヴェリテは、記帳をするコーレッジの横に来てそう言った。

「ああ、これか? 怪我をしてるんでね。傷の身体に楽な着方をしてるだけだよ」

「その怪我が、どこかでケンカでもしたのか?」

「こいつは、海での戦闘で負ったんだ」

「どこかで海戦を?」

 ラヴェリテは、水兵を見上げた。

「ちょっと幽霊船と一戦交えてね」

 そう言ってコーレッジはニヤリと笑う。

 それを聞いたラヴェリテの表情が固まった。

「……もしかして、あなたはラングドッグ号の生き残りではないか?」

「ご明察。帝国海軍随一の船の乗組員さ」

 コーレッジは自慢げにそう言った。

「たしかにラングドッグ号の船員なら、一級の船乗りだろう……」

 先程まで活発そうだったラヴェリテの表情が沈んだのにコーレッジが気がついた。

「どうした? もしかしてアンタの身内もラングドッグ号に乗ってたりしてたのか?」

「ああ、父上が乗っていた」

「親父さんがか……そいつは気の毒だったな」

 父親の事を思い出して沈み込むラヴェリテの頭をポンと叩く。

「実は、俺も幽霊船に仕返しをしたかったんだよ。あの船は俺の家も同然で乗組員は俺の家族だ。あの幽霊船を沈めなくっちゃ俺の気も収まらねえんだ……」

 こんなところにラングドッグ号の生き残りがいたとは……思い切って父上の最後を尋ねてみようかとラヴェリテは思った。迷っていたラヴェリテより先に切り出したのはコーレッジだった。

「ところで、ラングドッグ号に乗ってたっていう親父さんの名前は?」

「セルメント・ローヤルティ海軍中佐」

 それを聞いたコーレッジやジョルドゥ、テーブルにいた仲間たちが驚く。

「お前、ローヤルティ船長の娘だったのか?」

「ああそうだ。ところでちょっと聞きたいのだが……」

 ラヴェリテが父親の最後の様子を聞こうとしたその時だ。大きな影がラヴェリテとコーレッジの間に割って入った。

「親の仇討ちとは勇ましい! 気に入ったぜ! お嬢ちゃん」

 それはこの酒場でラヴェリテに最初に話しかけた大男のルッティだった。

「ガハハ! この俺様が仇討ちに力を貸してやるぜ」

「おお、君も船に乗ってくれるのか?」

 ラヴェリテは、ルッティを見上げてそう言った。

「もちろんだぜ!」

 ルッティは胸を叩いた。

「ただし、俺は泳げげねえし船にもほとんど乗ったことがない」

「え?」

「ただ、腕っ節だけは強えよ。一人で銃士隊を叩きのめしたことがあるんだ」

 それを聞いたラヴェリテが目を輝かす。

「何? そいつは本当か? すごい」

「お、お嬢様。私は反対でございます」

 執事のアディが小声で囁く。

「だが、頼もしいではないか」

「しかし、泳げない男が船乗りとしてはどうかと……」

「おい! 執事さんよぉ。言ってくれるよなぁ!」

 ルッティは鼻息も荒く、執事のアディの顔にめいっぱい自分の顔を近づけた。

「まあ、キミ。うちの執事に乱暴はよせ」

 ラヴェリテが二人の間に割って入るとルッティの大きな腹を押し退けた。

「執事のアディがキミの名誉を傷つけたのは謝る。だが、泳げない船乗りというのは私も少し疑問があるのだが……」

「ちょっと、お嬢ちゃん、分かってないなあ。いいかい? 砲弾の撃ち合いで勝負がつく場合もあるが船同士の戦いには、相手の船へ切り込んで切り合いをする事もあるんだぞ」

「うん、聞いたことがある。確かにそのとおりだ」

「そんな時、俺様のような猛者がいたほうがいいじゃないか。違うかい? 泳げなくたって大丈夫だ。要するに負けなければいい。沈められなければいいだけの話じゃないか。簡単なことだろ?」

「ふむ、確かに一理あるな……」

 腕を組みながら納得するラヴェリテ。

「お、お嬢様ぁ」

 言いくるめられている節のあるラヴェリテにアディが慌てる。

「まだ俺の力が信用できねえってんなら、もうひとつ聞かせてやる」

「ほう、なにをだ?」

 ルッティは周りを注意深く見渡した後、ラヴェリテを手招きした。

「先月、隣町の銀行が襲われたのを知らねえか?」

 ラヴェリテの耳元でルッティが小声でそう言った。

「聞いたことがあるな……確か、十人いや、二十人はいた警備の者をやっつけたのは、たったひとりの男だったと聞くが……まさか?」

「あれは俺様だ」

「では、おまえは、あの、凶悪なお尋ね者なのか?」

「そうだよ」

「面白い! 気に入ったぞ。君をよし船に乗せてやろう」

 そう言ってルッティの肩を叩こうとしたが、ルッティが大きすぎたので、彼の尻を叩いてしまった。

「そうこなくっちゃ。改めて自己紹介するよ。俺様の名は、ルッティ・ベルナードだ。よろしく頼むぜ!」

「こちらこそ。お尋ね者のルッティ・ベルナード!」

 ラヴェリテは、ルッティとがっちり握手を交わす。

 その横で執事のアディ・オベールが頭を抱えていた。


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