4-3 消えたローヤルティ家の娘
港では消えたミラン号のことで大騒ぎになっていた。
同時に何人かの人間も一緒に港と町から消えていた。仕事を探していた船乗り数人と海軍の水兵が数人。そして街の名門の家、ローヤルティ家の1人娘とその執事。
「……というわけで、昨日、酒場にてお嬢さんが船員の募集をしているのが目撃されています。バーテンも含め、複数名からの証言があります」
ローヤルティ家に訪れた海軍の将校がラヴェリテの祖父フェルナン・ローヤリティ子爵にそう言った。
「そんな馬鹿げた話はないだろうに」
フェルナンは、ティーカップを持ちながら笑った。
「だいたいラヴェリテは、部屋に閉じこもったまま。父親を失ったばかりなのだ。君らも知っているだろう。ラングドッグ号の……」
「存じております。"マジェスティ"ローヤルティ」
将校は、敬意をこめてそう言った。
「ご子息、セルメント・ローヤルティ中佐は立派な艦長です。我々も尊敬しておりました」
「あの子もそうだよ。少佐。悲しみは、まだ癒えずにずっと……ずっと?」
その時、フェルナンは、ふいに孫娘の気性を思い出した。
あの子は、決して泣いているだけの子供ではない。必ず何かしらの打開策を自分で見つけ出す子だったことを。
フェルナンは、そばにいた妻の顔を見る。
妻の考えも同じ事を思っていたようだ。
「まさか……」
海軍将校は、目の前のローヤルティ夫妻が慌てているのに気がついた。
「卿、いかがされましたか?」
フェルナンは、海軍の将校の問いかけを無視してラヴェリテの部屋へ向かった。
ドアを開けると掛け布団にくるまった孫の姿が見えた。
「よかった……」
フェルナンは、何事もない孫の様子に一度は安堵したものの、ベッドの上の不自然さに気づく。気になったフェルナンは、ラヴェリテに声をかけてみた。
「ラヴェリテ、ラヴェリテ、起きなさい」
返事はない。
ベッドの上の掛け布団をめくると中にいたのはラヴェリテではなく、丸めた毛布だった。それを見てローヤルティ卿は唖然とする。
「ああ、なんてことだ……」
二階に上がってきた海軍将校が頭を抱えるローヤルティ卿と部屋の様子に事を察する。
「ローヤルティ卿。お孫さんは、悲しみに暮れていただけではありませんでしたな。彼女は、賢く行動力のある方とお見受けしますな」
「少佐、君の言うとおり、賢い子だが、少し思慮が足らんよ。一体、誰に似たのやら……」
フェルナンは、ため息混じりにそう言った。
「お孫さんに航海や船に関する知識は?」
「父親からしっかり学んでいた。自分でも勉強していたし、知識だけは豊富な方だろうな。船には乗ったことはあるが、それは乗客としてだ」
「なるほど。証言では港でよく姿を見かけるとの証言もありました」
「船が大好きだからな。本当に息子にそっくりだよ」
将校は、部屋の中を見渡して言う。
「航海の知識だけは豊富な子供が、酒場で船乗りを募った後、港から船が古い船が一隻消えた。果たしてこれは偶然でしょうか?」
「君は、何が言いたいのだ? このベッドの様子だって単なる子供のイタズラだろ」
ローヤルティ卿は声を荒げる。
「そうかもしれません。けれどもし、本当にミラン号を強奪して、海に乗り出しているとしたら、お孫さんは海賊として手配されるかもしれませんよ。非常に残念な事ですが」
「海賊だと? 君は何を言っているんだ? 子供に船を盗めるわけがないだろう」
「酒場で一緒にいた者たちですが、ラングドッグ号の元乗組員たちです。彼らもお孫さんと同じく息子さんである中佐を尊敬し慕っていた。復讐の為に船長の娘をそそのかして祭り上げたのかもしれません。彼らは、熟練の航海士たちです。少人数でも船を出航させることぐらい可能でしょう」
「彼らだけでやればいいことだろう。娘は必要ないではないか」
「ラヴェリテ嬢は、大金を見せて船員を募っていたそうです。では、その金はどこからでたのでしょうな」
「ラヴェリテが金を?」
フェルナンはラヴェリテの部屋の中を見渡した。机の上に置いてあった小箱に気がついた。それは母親の形見を大事に仕舞ってあったものだ。それが机の上に放り出してある。
形見には高価な指輪やネックレスがあった。どれもそこそこの金額にはなる値打ち物ばかりだ。
フェルナンが嫌な予感に駆られ小箱を開けてみると箱の中は空になっていた。
「なということか……」
思わず口に出してしまう。
今の今まで海軍中佐の馬鹿げた想像だろうと思っていた事がいきなり現実味を帯びてきた。
そういえば、執事のアディの姿を今日はまだ見ていない。もしかしたら……
「なにか、心当たりがおありのようですな。ローヤルティ卿」
フェルナンの表情を読み取った海軍将校が横からそう言った。
「そうだな……もしかしたら君の言うとおりかもしれない」
フェルナン・ローヤルティ卿は、がっくりと肩を落とした。
目的を済ませた海軍将校は、ローヤルティ家の屋敷から出た。
外には、部下二名が馬にまたがり待機していた。そのうち1人は、将校が乗ってきた馬の手綱を差し出した。
「いかがでしたか? スウィヴィ少佐」
手綱を受け取ると少佐は、馬に跨った。
「うん、非常に疑わしい」
「しかし、子供が船乗りを集めて船を盗むなどありえる事なのでしょうか?」
「どうかな……ただ、消えたコーレッジという水兵は、素行は悪いが優秀な船乗りだという話だ。おまけにラングドッグ号の乗組員でもあった。さらには酒場で同じ日にお尋ね者のルッティ・ベルナールドの姿があったらしい。ルッティは数日前にミラン号が繋留されていた場所に近い酒場でも目撃されてる。全員の関係はまだ分からないが、何かつながりがあるとは思わないか? 少尉」
「確かに臭い話ですね」
「ところで我が船の出航準備はどうかな?」
「そろそろ頃合いかと」
少尉は懐中時計を取り出し、時間を見るとそう言った。
「では、港に戻り次第、海図を確認して出航だ」
「でも、ミラン号の行き先は?」
「幽霊船に沈められた船の船長の娘と乗組員たちが関わっているならおのずと予想はつくだろうさ。さあ、行くぞ!」
スウィヴィ少佐たちは港へ向かって馬を走らせた。
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