7-2 ミラン号の武装
ルッティが訪れたのは、ガラの悪い連中が集まった酒場だ。
酒場の奥にはボスらしき男が、ふんぞり返っている。
ルッティは、その男の前に向かった。
「誰だ? お前」
ボスは、目の前にやってきたルッティを見上げて言った。
用心棒の男たちが警戒してルッティを取り囲む。
「あんたがヴァラカスかい?」
「そうだが、おめえは?」
「この島で、あんたに頼めば何だって手に入るって話を聞いてな」
「その話は、間違っちゃいない。だが、値は張るぞ」
ルッティは、ヴァラカスのテーブルに金貨を一枚、放り投げた。
「おい、おまえ舐めてるのか?」
「まあ、よく見てみろ」
ヴァラカスは、眉をしかめながら金貨を手に取る。
「見慣れない金貨だな。
「たしかにそうだ。でも、あんたには見覚えがあるんじゃないか?」
そう言われたヴァラカスは、金貨の刻印を見直した。
「こいつは……」
「思い出したかな?」
「うーん……ああ、そうだな。この金貨を持って来た者に便宜を図るようにある筋から言われている」
「ああ、そのとおり」
ルッティはそう言うとヴァラカスの前の席に座ろうとした。ルッティの動きに用心棒たちがルッティの肩をつかむ。
「よせ」
ヴァラカスが用心棒たちを止めた。ルッティはニヤリと笑うと用心棒の手を払い、席に座った。
「ちょっと、あんたの力を貸して欲しい」
「さる筋とは、そういう契約だからな。いいぜ。で? 一体何が欲しい?」
ルッティが紙切れをヴァラカスに放り投げた。
ヴァラカスは紙切れを拾い上げてじっくりと見た。
「これは、これは……こいつは俺でも時間がかかるぜ」
「急いでる」
「割増だな」
「構わんさ。できるのか?」
「俺を誰だと思ってる」
ヴァラカスはそう言ってルッティに戯けてみせた。
「それから割増ついでにもうひとつ頼みたい」
「なんだ?」
「この手紙を大至急送ってほしい」
ヴァラカスは、手紙を受け取った。
「で、どこへ送ればいい?」
「北だ」
翌日――
その日、ミラン号に大砲と大量の弾薬が運び込まれていた。
大勢の人足たちが、荷を次々と運んでいく。
「おい、ルッティ。どうやって盗ん……いや、手に入れたんだ?」
船員たちの質問に、ルッティは不敵な笑みを浮かべる。
「聞かないほうがいいぜ」
どうせ、良からぬことだ。聞いて罪悪感を持つより、知らないほうが楽かもしれないと皆思っていた。
「すごいな! さすがお尋ね者だ」
ラヴェリテが積み込まれていく大砲を見て大喜びした。
「ああ、それから船長にはこれだ」
そう言ってルッティは、ラヴェリテに剣を渡した。剣と言ってもそれほど長くなくラヴェリテが持つにはちょうどいいくらいだった。
「うわっ! さすが、お尋ね者だな!」
「いや、船長。その褒め方、やめてくれないかな……」
ラヴェリテは、短めの剣を引き抜くとその場で振り回した。
「おっと、あぶねえ。船長、それを振り回すのは幽霊船に乗り込んだ時まで、とっておきな」
「うん? そうだな」
ラヴェリテは、上機嫌で剣を鞘に収めたが、すぐに我慢できなくなり、中甲板の広い場所に場所を変えると、再び、剣術の真似事をやり始めた。
積み込まれた大砲は、全部で18門と、その火薬。砲弾は、ダメージの大きな炸裂弾。全てコーレッジの要望どおりだった。さらには十数丁のライフルや短銃とその弾薬が一揃いと、乗組員分の剣が用意されていた。
「まったく、本当にそろえてくるとはな。海軍の制服を着て、どんな手を使ったんだ?」
ルッティの横に立ったコーレッジが尋ねる。
「あれ? 知ってたのか?」
「海軍の人間が武器を調達しまくっているって島中で噂になってる。そいつは顎髭のある大男だったそうだ」
「はははは! 別人だろ?」
「嘘つきやがれ!」
「実は、海軍の仕事だと偽って、大砲を頂こうと思ったが上手くいかなくてな」
「そりゃそうだろ。お前みたいな海軍士官はいないぜ」
「みんなお前と同じことを言うんだ。この島はワケありの者が買い物するには便利なところだと聞いていたんだがな」
「金を貰えるならな。皆、鼻が利くんだよ。金を取れそうもない奴はわかる」
「なんだと?」
「俺の知り合いにも、もし海軍の制服着た大男が来たら何も売るなと言っておいた」
「それは正解だ。金なんか払うつもりはなかったからな」
ルッティはそう言ってニヤリとした。
「そのお陰で奥の手を使うしかなくなっちまった」
「奥の手?」
「まあ、いいじゃねえか」
そう言ってルッティは馴れ馴れしくコーレッジの肩を抱いた。
「それより食料と水は揃ったんだ? だったら武器を積み込んだら早いとこ出航しようぜ」
「しかし、よくこれだけの武器を準備できたよな」
「ヴァラカスって奴が融通してくれた」
「ヴァラカス? ヴァラカスは、この島での顔役なんだぞ? そんな奴と取引?」
「心配ない。俺様とは昔からの知り合いなんだ」
「……お前、本当に泥棒なんだな」
コーレッジは、呆れた顔でそう言った。
「まあな」
ルッティは肩をすくめて見せる。
「だが、変なんだ」
「何が?」
「俺は、他にもルッティという名の泥棒を知っているんだよ」
中甲板では、もらった剣を嬉しそうに振り回しているラヴェリテの姿が見えた。他の船員たちが、その横を避けながら通り過ぎている。
「顎髭のある大男というところは同じなんだが、確かそいつには、首の後にタトゥーがあってな」
コーレッジの言葉にルッティのニヤけた顔が真顔に変わった。
「この船にいる同じ名前のヤツの首の後ろには確か、タトゥーなんてなかったよな」
コーレッジはそう言って胡散臭い者を見るような目でルッティを見た。
「きっと、そいつは違うルッティなんだろうさ」
「ああ、だろうよ」
ラヴェリテが自分の方を眺めているルッティとコーレッジに気づき、手を振ってきた。ルッティはラヴェリテに手を振り返す。
「なあ、もし、もう一人のルッティに会ったら伝えてくれないか。何か企むのはいいが、俺達の身に危険が及ぶ事だったら……特にウチの船長が危険が及び事だったら、容赦はしない、ってな」
コーレッジは真顔でそう言うとルッティから離れた。
「わかった。もし、そいつに会ったら、ちゃんと伝えておくよ」
ルッティは、上甲板から降りようとするコーレッジに言った。
「あ、そうだった」
階段を降りる途中でコーレッジがそう言って足を止める。
「さっきのルッティのタトゥーの話な」
ルッティは、コーレッジの方を見る。
「ありゃ、嘘だ」
そう言うとコーレッジは階段で下に降りていった。
その後姿を見送りながらルッティは、ニヤリと笑った。
コーレッジは、中甲板に降りると、熱心に剣術の真似事をするラヴェリテに声をかけた。
「ラヴェリ……いや、船長!」
「は? な、なんだ? 剣の練習はもうやめるところだぞ?」
「注意しにきたんじゃないよ。昼間会った、ミカエラ覚えてるよな?」
「うん、キレイな女の人だったな」
「実は、ディナーに招待された」
「か、勝手に行けばいいだろ! 幼馴染で仲がいいのは聞いてる!」
そう言ってラヴェリテは頬をふくらませる。
「なに、怒ってんだ?」
「別にーっ」
やれやれと頭を掻くコーレッジ。
「招待されたのは、ミラン号の船長であるお前だよ」
「え? わたし?」
「ミカエラの家族は、ローヤルティ船長のことも知っているし、その娘でミラン号の船長でもあるお前に挨拶したいとさ。どうする?」
「お呼ばれかぁ……でも、ほぼ初対面の人の家で食事というのもなぁ……なんか」
ラヴェリテは、少し照れながらそう言った。
「いまさら、そんな事言か。いきなり酒場に乗り込んで船員集めしたくせに」
「あれは……だなぁ」
「俺も行くから、いっしょに行こうぜ」
「え? コーレッジも?」
「ジョルドゥもいっしょだ。なら大丈夫だろ」
「うん!」
うれしそうに頷くラヴェリテ。
「まったく、世話の焼ける船長だぜ」
「何! 副長のくせに!」
「船長の世話を焼くのが副長の仕事だ」
「そうか……わかった! なら、どんどん私の世話を焼いてくれ、副長!」
ラヴェリテはそう言ってニッコリとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます