8-2 待ち構えていた駆逐艦
その日、出航したミラン号は、いつもと違っていた。
いるのが当然であった船長の姿がいないからだ。
乗組員の誰もが、あの騒がしい船長の不在を寂しく思っていた。
「いいのかよ。船長を置き去りになんかして」
ルッティ・ベルナードは、コーレッジに言った。
「これでいいさ。これからは危険な旅になる。あの子を巻き込めれるかよ」
「でも、船長だぜ」
「それがどうした」
「船長を置き去りって……これって反乱よな」
そう言い残すとルッティは、船倉に降りていった。
「コーレッジ副長!」
マストの見張り台に登っていた船員がコーレッジを呼んだ。
「正面に船です! まっすぐこっちに向かってきます!」
朝日を背にして一隻の船がミラン号に向かって進んでいた。
コーレッジが望遠鏡で船を確認する。
「帝国の駆逐艦だな……」
ジョルドゥが心配げな顔つきでコーレッジの横にやってきた。
「あれって俺たちを追ってる船かな?」
「かもしれないが、俺たちに追いつくのが予想より少し早い」
「なら、たまたま立ち寄っただけかも」
「ここは、大した用事がなくて海軍船が立ち寄る港じゃないけどな」
「どうする?」
「とりあえず進路を変えて様子をみよう」
ミラン号は取舵をとって進路を変えた。すると正面の駆逐艦も同じように進路を変え、ミラン号に追随してくる。
「決まりだ。あの駆逐艦の目的は俺達だ」
「コーレッジ、どうする?」
「進路を変えて逃げ切ろうとしても駆逐艦は足が速い。ミラン号も遅くはない船だが、旧型艦だし、あれにはすぐ追いつかれるだろうな」
「交戦するか?」
「この後、幽霊船とやり合わなくてはならないんだぞ。こんなところで弾薬の消耗なんてしてられるか」
「かといって、捕まるつもりはないよな」
「あるわけねえだろ。いい考えがある」
「いい考え?」
ミラン号は反転し、ランディック島の湾に戻る進路を取った。
「ミラン号、反転しています!」
デュプレクス号の船首でミラン号の動きを見張っていた水兵が言った。
「我々に気づいたかな」
スウィヴィ少佐が望遠鏡を見ながら言った。
「湾に戻っているようです。船を捨てて島の中に逃げるつもりでしょうか?」
「うむ……船を降りて散らばって逃げられたら面倒だな。ミラン号が船岸にたどり着く前に抑えたい」
少佐は、望遠鏡を下げると命令を出した。
「兵に武装準備をさせておけ。本艦が追いついたらすぐさま隣接してミラン号へ踏み込む」
湾から出たところから反転して湾内に戻ろうとするミラン号の甲板は、慌ただしくなっていた。
「騒がしいな。一体なんだ?」
船倉から上がってきたルッティがコーレッジに聞いた。
「海軍の駆逐艦だ。俺たちを追ってきたらしい」
「俺の勘違いじゃなければ、この船、港に戻っている気がするんだが」
「勘違いじゃない」
「おいおい、逃げ場はないぞ」
「確かに港の方向に向かっているが、本当に戻るってわけじゃない」
「おまえ一体、何する気だ?」
「駆逐艦は、この湾の事をよく知らないはずだ。それがこっちの強みだ」
コーレッジは、にやりと笑うとジョルドゥに指示を出した。
「ジョルドゥ! 船首の方から海面の様子を知らせろ!」
「まさか、あれをやる気?」
「イチかバチかだ」
「しかたがないなぁ」
ジョルドゥは急いで船首にまわると海面を覗き込んだ。透き通った海は海中までよく見えている。
「面舵10! 湾の右側から侵入する!」
「アイサー! 面舵10」
操舵をしている船員が復唱した。
「追ってくる駆逐艦の様子は?」
「距離をつめてきます!」
「悪くない」
「追いつかれているのに何で悪くないんだよ?」
さすがにルッティも心配になってきた。
この怪我をした元海軍兵は、本当は頭を強く打っていて冷静な判断が出来ずにいるのではないだろうか?
ルッティの脳裏にそのような不安がよぎる。
「駆逐艦をミラン号に追いつかせるんだよ」
コーレッジの言葉にルッティは、天を仰いだ。
「嘘だろ?」
駆逐艦から逃げるミラン号は、湾の入り口に近づいた。
「ここからの操舵は俺がする」
コーレッジはそう言って操舵手と交代した。
船は、さらに右に舵をきっていく。
「ジョルドゥ! 水深! どうだ!」
「まだ大丈夫だ!」
ミラン号は、そのまま湾内に侵入していった。
湾の中を繊細な操舵で進むミラン号。
その時はまだ、誰もミラン号に近づいてこようとする小さなボートに気がついていなかった。
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