エピローグ
新しい航海へ
15-1 北方王国へ
「これは……一体何があったのだ」
海面に漂う無数の船の破片が見えた。
ミラン号を追跡してきた駆逐艦デュプレックス号のスウィヴィ少佐は、海の様子に驚た。
先程までヴォークランと艦隊の戦闘があった海には炎に包まれた船や、破片が漂っている。遠くから火柱や煙も見えていた。何か戦闘のあった事は予想していたものの破片の多さや、今だ炎上する船の様子は想像を上回る戦闘があったのだと確信させた。
デュプレックス号の後方には、ミラン号が後をついていた。
ここに来る途中、ミラン号を拿捕したのだが、乗組員から聞いた話と、渡された自国の皇子であるエディスからの手紙で事情は理解していた。
にわかに信じがたい事が起きている。
デュプレックス号の乗組員をミラン号に搭乗させ、こうして駆けつけてはみたものの事はとうに終わっているらしい。
あれが、ヴォークラン号なのか?
前方に見える見たこともない奇妙な形の船。
並んでいるのは、外交使節船のミノルカ号だ。
さらにはその正面には、北方王国と思われる多数の艦船が見えた。
望遠鏡でその様子を伺うスウィヴィ少佐は、北方王国艦隊からの発光信号を読み取って状況を把握した。
「どうやら、彼ら北方王国艦隊に戦闘の意思はなさそうだ」
「あの幽霊船……いえ、ヴォークランと名乗る所属不明艦はいかがいたします」
「エディス殿下が乗船している船だぞ。我々に何かすることはできまい」
少佐は、望遠鏡を下げた。
「生き残りの者の救助にあたる。ミラン号にも協力させろ」
「アイサー!」
スウィヴィ少佐は、部下にそう命じると再び望遠鏡を覗き、様子を見守った。
ミノルカ号に挨拶をしたいという北方王国の将校たちが数人の兵士を率いて乗船した。ヴォークランからは、エディス皇子やラヴェリテやコーレッジたちがミノルカ号に乗り移ってきた。
エディス皇子は、再会したアミカル皇女とお互いの無事を喜びあった。
北方王国の船員たちは見たこともない形状をしていたヴォークランに興味津々らしく多くが甲板からヴォークランを眺めて口々に何か言っている。
乗船してきた北方王国の数人の兵士たちもライフルを持っているものの戦闘の意思はなさそうだ。双方、穏やかな雰囲気で交流が始まった。
兵士たちの後ろから上級将校が前に出ると皇子や皇女たちに一礼し、敬意を表す。
「皇子殿下、皇女殿下、ご無事で何よりでした。私は、フォマー・ハロウスフィ大佐です。調停親書のことは存じております。我が国の密偵からの情報で一部派閥が調停の妨害を画策していると知りましたので、こうして救援に参上した次第です」
ハロウスフィ大佐は、丁重にそう告げた。
「ここよりは、北方王国までの航路を我々が護衛いたします。船の補修などに必要なものがあれば出来る限り用意しますので遠慮なくおっしゃって下さい。航行に問題が生じるようなら我々の艦に乗船していただいても結構です」
アミカル皇女は、エディス皇子に目配せした。それには国の特使としての役割を皇子へ戻したという意味も含んでいた。
「大佐、ご行為ありがそうございます。謹んでお受けいたします」
エディス皇子は、ハロウスフィ大佐にそう言うと頭を下げた。
「それにしても、殿下。いや、帝国はすごい艦をお持ちだ」
大佐は、そう言ってヴォークランを見た。
「まさか、この船一隻だけで艦隊と戦闘を?」
エディスは大佐の質問に曖昧に頷くだけだった。わざと自国である帝国の船ではないが、肯定も否定ともとれないようにしておいた。
こうして皇子と北方王国の大佐は、握手を交わし話を今後の航海の事へ移ろうとした時だった。エディスの服の裾を誰かが引っ張る。
見るとそれはラヴェリテだった。
「どうしました? ラヴェリテ」
「あの……先程、そちらの大佐が足りないものがあれば分けてくれるような事をおっしゃられたので……」
エディスは言いにくそうにしているラヴェリテに耳を近づけて話を聞いた。
「わかりました。ラヴェリテ船長」
皇子はそう言うとにっこりと笑った。
「ハロウスフィ大佐、さっそく供給して頂きたいものがあるのですが、よろしいですか?」
「何なりと」
「では、モップと雑巾をいくつか譲っていただけないでしょうか」
「モップと雑巾? 構いませんが……」
「ありがとうございます。こちらの船長が自分の船をキレイにしたと申しておりますので」
船長と呼ばれたラヴェリテを見て大佐と北方王国の将校たちは顔を見合わせる。
「殿下……この少女……いえ、こちらの方があの船の船長なのですか?」
大佐は、信じられないといった表情で尋ねた。
「はい、我が国の優秀な艦長です」
エディス皇子はそう言ってラヴェリテを前に出した。
「ちょ……いや、その……」
前に出されたラヴェリテは、緊張しながら敬礼してみたがどこかぎこちなかった。
こうして、エディス皇子は、ミノルカ号へ乗船し、アミカル皇女と共に正式な特使として北方王国へ向う事となった。
ミラン号は、デュプレックス号と共に帝国の港へ戻っていった。
ラヴェリテは、エディス皇子に頼み込み、ミラン号を解体しないことを伝える手紙をしたためてもらった。これでミラン号は取り壊しをま逃れる事ができた。
ヴォークランは、北方王国へミノルカ号の護衛として航海を続けることになり、ラヴェリテやコーレッジ、ジョルドゥなど数名の乗組員がそのまま残った。
航海の間、ラヴェリテたちは、数百年間、手の入れられていない船内の掃除をしていた。錆びついた部分には油を差し、剥がれていた塗装は塗り直しをした。
数日の間にヴォークランの船内は見違えるほどキレイになっていた。
「ラヴェリテ船長。提案があるのですが」
北方王国の港に近づいた時、エイクスは、ラヴェリテにある話を持ち出した。
「船長は、ワタシとの航海をどう思いますか?」
「どうって、いろいろ楽しかったぞ。船内もキレイにできたしな」
「ワタシもしばらく行っていなかったメンテナンスができて助かりました。特にあのメガネの船員の方は、驚くほど、理解が早いです」
「サジェスの事か? ああ、確かにアイツは細かいことが得意だな。この船の事をとても気に入ってるみたいだ」
「お陰で、船内で稼働できる部分が増えました」
「良かったじゃないか」
「そこでワタシからの提案なのですが……」
エイクスは、遠慮がちな口調でラヴェリテに言った。
「どうでしょう? このまま、ヴォークラン号の乗組員になってしまいませんか?」
「ん?」
「この艦には乗組員が必要であると今回の作戦行動で痛感しました。このまま乗組員になっていただいて、本艦のメンテナンスなどをして頂けるとありがたいのですが」
「メンテナンス……手入れをしろということか?」
「いや、当然、命令をしていただければ、私は最大限の力を発揮してお力になります。それに、ラヴェリテ……」
そこでエイクスの言葉が中断された。何やら人間でいいうところの言いにくい事を言う時のような感じだった。
「何? 何か言いたいのか?」
気になって尋ねるラヴェリテ。
「私は、まだ”笑う”という事を教えていただいておりません」
ラヴェリテは、少し考えた後言った。
「いいよ。ヴォークランの乗組員になる」
「ありがとうございます」
「エイクス、私がこの船の乗組員になって嬉しいか?」
「はい。人間の感情レベル的な表現でいいますと”嬉しい”が最も近い表現となります」
「じゃ、笑って」
「ラヴェリテ?」
「みんな、こういう時にこそ笑うものなんだよ」
そう言ってラヴェリテはニッコリと笑った。
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