出航準備中

7-1 デュプレクス号と不審船

 〈帝国海軍〉アンゲルン・マリーンの高速駆逐艦デュプレクス号は、追跡隊の中でもいち早く出航していた艦だ。

 ミラン号が立ち寄る可能性の高いランディック島を目指して航行中だったが、風は少なく、思うように距離を稼げずにいた。

 そして航海を開始して三日目。

 デュプレックス号は怪しい船を発見していた。


「方位3-2-0に船を発見!」

 見張りの報告にスウィヴィ少佐は、望遠鏡を伸ばす。

「大きいな……」

 見えたのは船体を黒く塗装した大型船だった。

「国旗は掲げていません。船籍は不明。いかがいたしましょう」

 副長がスウィヴィ少佐に聞いた。

「目下の任務は、ミラン号の追跡ではあるが、帝国の海軍である以上、領海での治安も維持しなければならない。正体不明の接近して所属を確かめる」

「方位3-2-0に進路変更。所属不明船を目指せ!」

 副長が部下に指示を出しす。

「アイアイサー!進路を包囲3-2-0に取ります!」

 副長の命令に航海士が復唱した。


 その間にもスウィヴィ少佐は、望遠鏡で大型船の様子を窺っていた。

「帆は掲げていないようです。座礁でしょうか?」

「うむ……」

 確かに帆は掲げていない。この風の少なさにあきらめているのか?

 それともオールを使って航行しているのか……

 スウィヴィ少佐は疑問に思う。


 デュプレクス号は、正体不明の大型船に近づくと進路に並行するように舵をとった。

 相手からも十分視界に入る距離まで近づいたが、大型船からは何の反応もない。

「どこの船でしょう? 見慣れない船体だ」

「国旗をかかげず奇襲をかけるのは海賊によくあるやり方だ。北方王国の偽装船ということもありえる。注意しろ」

「わかりました」

「それに……なによりも私が気になるのは何故あの船の形状だ。船の中心部にある筒のようなものはなんだ? 見たことあるか?」

 船の中央に二本の円柱状の何かが立っている。それを境にマストが立っているが、船体の大きさにしては少し小さめのように思える。

「積荷では?」

「いや、あれは据え付けられている」

「奇妙な形ですね。何の役目のものでしょう?」

「わからんが気になる」

「怪しい船です」

「よし、臨検しよう。準備しろ」

「アイサー」

 少佐は、望遠鏡で再び、大型船の様子を伺った。船上には誰の姿も見えない。

「船上に人の姿は見えません」

「何処かに潜んでこちらの出方を窺っているのだ。まずは、信号を送る」

「了解」


【こちらは、帝国海軍デュプレックス号 そちらの所属と船名を名乗れ】


 灯油ランプを光源を利用した回光信号によるメッセージが大型船に向け送られた。

「反応あり!」

「やはりこちらを様子を窺っていたか。なんと言ってきた?」


【帝国海軍特務艦ヴァシレフスより返信する】


「帝国の特務艦だと? あれがか?」

 デュプレックス号の士官たちが顔を見合わせた。

「あんな形状の艦船は見たことがありませんが……」

 士官のひとりが言った。


【我、秘密任務中に付き、本艦の存在と位置の報告は不要とされたし】


 望遠鏡で見ると帝国海軍制服を着た船員が回光信号を送っている様子が見えた。その横には見慣れた海軍上級士官の服装をした男が立っている。

「帝国の海軍制服を着てます。本物でしょうか?」

「ヴァシレフスか……船体は見たことはないが名前は聞いたことがある。極秘に建造されているという噂の新型艦の名だ。噂では、新しい発明を取り入れた装甲戦艦で帆を使わずに海を進むという」

 その発明がどんなものなのかスウィヴィ少佐にはわからなかったが、海軍内の噂では画期的な艦船であるとされていた。

「ヴァシレフスの名を知っている者は海軍でも限られている。海賊や偽装船がむやみに出せる名ではない」

「では、本物の特務艦?」

「気にはなるが、それが秘密の任務を遂行中というならば合点もいく」

「どうしますか?」

 スウィヴィ少佐は少し考えた後、口を開いた。

「返信準備」

「どうぞ!」

「"貴艦の任務成功を祈る" 送れ」

 スウィヴィ少佐は、不審に思いながらもヴァシレフス号と名乗る大型船にメッセージを返した。

 その後、駆逐艦デュプレックス号は、ヴァシレフスから離れ進路を元に戻した。

 遠くに見えるヴァシレフスから二つの煙が上がり始めた。

「火災でしょうか?」

 副長が言う。

「いや、違うな。艦が進み始めた。あれはあの艦ののひとつなんだ」

 スウィヴィ少佐は噂を思い出した。

 ヴァシレフス号は、内燃機関という画期的な仕組みを動力として動く船。煙は恐らく、それを動かす為の何かなのだろう。

 スウィヴィ少佐は遠ざかっていくヴァシレフス号を見送った。

 

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