4-1 ミラン号

 真夜中の十二時になった。

 ラヴェリテと執事のアディ。怪我をしている海軍航海士コーレッジ。

 それと数名の船乗りたちが船乗りたちが桟橋に集まってルッティが来るのを待っていた。

「しかし、あのお尋ね者姿を現しませんな」

 執事のアディは、そう言った。

「やはりお尋ね者の約束などあてにはなりません!」

 アディはそう言い切った。

「いや、あの者は確かにお尋ね者ではあるが、私には嘘を言っているようには思えなかったぞ。もう少し待ってみよう」

 ラヴェリテは周囲を見渡しながらそういった。

「でもお嬢様。悪人は嘘をつくものですよ」

「そうでもなさそうだぜ? 執事さん」

 コーレッジは、海の方を指差すと暗闇の中に小さな灯りがユラユラしている。

 見ると二隻のボートがゆっくりと近づいて来る。

 先頭の一隻に乗っているのはお尋ね者ルッティ・ベルナードだった。

「よう、みんな。待たせて悪かったな」

 ルッティは、そう言ってボートから桟橋に飛び移った。

「オマエ、海が苦手じゃなかったのか?」

 コーレッジは、ルッティに言った。

「おいおい、ボートくらい漕げるさ。俺様が苦手なのは大きな船に長時間乗ることなんだよ」

 ボートにいるルッティの仲間たちは、無表情でラヴェリテたちの方を見ていた。何だか目つきの悪そうな連中だ。

「彼らも乗組員になってくれるのか?」

 ラヴェリテはルッティに聞いた。

「いや、あいつらは荷物の積み込みと段取りを手伝うだけだ。口は固い連中さ。安心していいいぜ」

「荷物って?」

「船にはいろいろ必要だろ? 食料とか、水とか……さ」

「ああ、たしかに。それもお尋ね者が用意してくれるのか。ありがたい!」

「お尋ね者言うな」

 コーレッジが、ルッティの前にやってきた。

「お話中悪いが、これからどうするんだ?」

「海軍のにいちゃんか。まずは、ボートに乗れ。船に案内するよ」

 その時、桟橋を走ってくる数人の人影が見えた。

 気配を察知したルッティが腰の短剣を引き抜いて身構えた。ボートの仲間たちも隠し持っていた短銃やライフルを取り出した。

「おーい! 待ってくれよ!」

 暗闇の中、桟橋を渡ってきたのは、コーレッジの仲間の水兵たちだったのだ。

「ジョルドゥ?」

 コーレッジは驚いた。

「あのさ、俺たちも行く事にしたよ」

 ジョルドゥが息を切らせながら言った。

「いいのか? お前たちも脱走兵ってことになるぜ」

「考えた末だよ。俺たちたってローヤルティ船長やラングドッグ号の仲間の仇を討ちたいんだ。でも海軍は、幽霊船退治に船をださない。だからオマエたちと一緒に行くことにした」

 ジョルドゥも含め、新たに7人の海兵が仲間に加わった。これでなんとか船は動かせそうだ。

「連れて行っていいかい? 船長」

 コーレッジは、ラヴェリテの方を見てそう言った。

「あなたたちは、父上の船に乗船していた優秀な船乗りだ。断る理由はないぞ」

 そう言ってラヴェリテはニッコリと笑った。

「船を動かせる人数が集まったのはいいことだが、こんなところで大勢が集まっているのを誰かに見られたらヤバイ。早くボートに乗ってくれ」

 ルッティが急かされ、ラヴェリテたちは言われた通りボートに分乗していく。

「さあ、いくぜ」

 ボートは暗闇の中、夜の海を進みだした。

 やがて、ラヴェリテたちを乗せたボートは、湾の目立たないところに停泊している一隻の船までやってきた。

「さあ、これだ」

 ルッティは、船を指差した。

「これか……早そうな船だが、ちょっと古いようだな」

 コーレッジが言った。

「贅沢言うな。ほら、みんな乗り込んでくれ。急いでな」

 ルッティは、そう言うと垂らされたロープを登っていった。巨漢に似合わず素早い動きだった。

「ほら、早く上がってきな」

 ルッティに急かされて他の者達もロープを登っていった。甲板まで登りきるとルッティが待ち構えていた。

「ようこそ、船長。これはミラン号。アンタの船だ」

「おう、そうか。少し古いようだが、悪くない」

 ラヴェリテは、嬉しそうに甲板を見渡した。


「なあ、コーレッジ。ミラン号だって」

 ジョルドゥは、引きつった表情で言った。

「ミラン号って言ったら、あの……」

「しっ! 黙ってろ、ジョルドゥ。今は出航するのが先決だ」

 コーレッジは、動揺するジョルドゥや他の水兵たちを制した。

「他のみんなもいいな。誰にも余計なことは話すなよ。特にローヤルティ船長の娘にはな」

 コーレッジは周りにいた仲間たち全員に小声で促した。


「気に入ったかい?」

 ルッティは、はしゃぐラヴェリテの肩に手をまわし、そう言った。

「ああ、悪くないぞ。ところでこれは、なのだ?」

「金はいらん。俺様からのプレゼントだ」

「ほんとか? 親切なやつだな」

「ラヴェリテ様! そんなわけないでしょ! この船は他に持ち主がいる船です!」

 執事のアディが口を挟んだ。

「おい、お尋ね者。それは本当なのか?」

 それを聞いたラヴェリテが横にいたルッティを見上げる。

「誤解だぜ。この船は取り壊し予定だったんだ。もったいないだろ? まだ使えそうだったし」

「そうか……確かにそれはもったいないな」

「いや、ラヴェリテお嬢様、違いますから!」

 ルッティは、執事の声を遮るように口を出した。

「とにかく、このミラン号はアンタの船だ。キャプテン・ラヴェリテ」

「キャプテンかぁ……うん、悪くない響きだ」

 ラヴェリテの表情がニヤける。

「感謝するぞ! お尋ね者」

「いや、だからダメですって! お嬢様!」

 執事のアディの声が夜の海に虚しく響いた。


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