(15)似た者同士

 その日、無事に最寄り駅で部下と合流した隆也は、何事も無かったかのように身なりを整えて出勤したが、朝からそこはかとなく不機嫌なオーラを醸し出し、部下から何事かと遠巻きにされていた。何となくその気配には気付いてはいたものの、隆也はそれを綺麗に無視して、自分の机で仕事に没頭する。


(全く……、あらゆる意味で、何て規格外で情緒の無い女だ)

 キーボードで文章を打つ手を止めて、傍らに並べてある貴子から譲って貰ってきた品々を眺めながら、隆也は感嘆と呆れが半々の感想を頭に思い浮かべた。


(俺も、常々傍若無人だとは言われているが、あいつ程じゃ無いと思うぞ。性別を間違って、産まれて来たんじゃ無いのか?)

 第三者から見たら、どっちもどっちだろうとしか言われないであろう事を考えながら仕事を続けた隆也は、昼近くになってある事に目処を付けて、椅子から立ち上がった。


(変に頭が回り過ぎるのも考え物だという、良い実例だ。下手に深入りしないのがベストだとは思うが……)

 そうして少し離れた場所にあるプリンターから、先程まで打ち込んでいた内容を記した紙が出てくるのを確認し、中身と枚数を確認しながら不敵な笑みを漏らす。


「……まあ、最近少し、退屈していたしな」

「何か仰いましたか? 課長」

 近くの机に座っていた者が、その呟きを耳にして不思議そうに顔を上げたが、隆也は用紙をホチキスで止め、クリアファイルに入れて平然と歩き出した。


「いや、何でもない。ちょっと部長室に行って来るから、何かあったら頼む」

「分かりました」

 そしてそのまま部屋を出た隆也は、廊下を進んで直属の上司が居る刑事部長室のドアを叩いた。


「榊です。失礼します」

「ああ、入ってくれ」

(取り敢えず、使える物は何でも使わないとな)

 そうして一礼して入室してから、隆也はいつも通り素早く状況判断しつつ、冷静に提出した上申書の説明を始めた。


 隆也が泊まっていった翌々日。

 自宅マンションに帰り着いて早々、一階エントランスからの呼び出し音が室内に響き渡った為、貴子は怪訝な顔をしながらインターフォンに歩み寄った。


「こんな時間に誰?」

 特に思い当たる節が無かった為、幾分警戒しながら応答した貴子だったが、モニターの中に見慣れた制服姿の男性が映し出される。


「恐れ入ります。丸原急便ですが、宇田川貴子さんに、榊隆也さんからお届け物です」

「分かりました。お入り下さい」

「失礼します」

 取り敢えず見ず知らずの人間からの物ではない為、エントランスの自動ドアのロックを解除した貴子だったが、配達される様な物の心当たりがなかった為、首を捻った。


「あいつ……、寝た後に相手に花でも贈るのが常なのかしら? そうは見えなかったけど、意外に俗物だったのね。でも、翌日じゃなくて二日後って言うのが減点だわ」

 そんな好き勝手な事を呟いているうちに玄関のチャイムが鳴り、貴子は慌てて玄関に向かい、ロックを外してドアを開けた。しかし配達員が手にしていた品物を目にして固まる。


「失礼します。これは玄関に置かせて貰って宜しいでしょうか?」

「あ、はい……、お願いします」

 確かに腕を広げないと抱えられない横幅のあるダンボール箱を抱えては、伝票等のやり取りは無理だろうなと漠然と考えながら頷くと、相手は玄関内に体を滑り込ませて、上がり口に箱を置いた。そしてポケットから慣れた動作で紙切れとボールペンを取り出し、貴子に差し出してくる。


「それでは、こちらの受け取り票のここにサインをお願いします」

「はぁ……」

 言われるままサインをし、「ありがとうございました」と笑顔で頭を下げて立ち去った男の後ろ姿を見送ってから、貴子は自宅玄関に置かれた箱を見下ろして、憮然となった。


「何なの? この箱。結構重さもあるし」

 ちょっと待ち上げようとしてその重さに顔を顰め、取り敢えず中身を確認しようとガムテープを剥がして蓋を開けてみた貴子は、益々不機嫌になった。


「あの野郎……、人の家に何を勝手に送りつけてるのよ」

 どう考えても隆也の物としか思えないスーツやワイシャツ、ネクタイから始まって、普段着のシャツやスラックス、靴下にハンカチに下着に至るまで数セットずつ、新品の物が入れられているのを確認し終えた貴子は、本気で腹を立てた。するとそれを見計らった様に、携帯の着信音が鳴り響く。


「電話? 何よこんな時に」

 苛立たしげにリビングに戻って携帯を開いた貴子は、ディスプレイに表示された見覚えの無い番号に眉を顰めた。


「見た事がない番号だけど、イタ電か間違い電話?」

 そう訝しんだが、一応警戒しながら電話に応答してみる。

「もしもし?」

「今、マンションに居るか? お前の所に荷物を送ったんだが」

 名乗りもせずいきなり用件に入られたが、聞き覚えのある声とその口調に、貴子は相手を瞬時に理解して盛大に噛みついた。


「ちょっと!! どうしてこの番号を知ってるのよ? 携帯もスマホにもロックはかけてあるのよ? 勿論パソコンにだって!」

 その問いかけに、隆也が含み笑いで返してくる。

「変な所で真面目で、とんでもない迂闊者だなお前。確かに電子機器のセキュリティーはそれなりだったが、机の棚に並べてあった住所録は普通に見られたぞ。しかもご丁寧に、自分の住所や電話番号まで記載されていたのには笑わせて貰った。若年性痴呆症になった時の為の用心か?」

(やられた……、いつの間に。って言うか、自分の分までどうして書いてるのよ、私……)

 どうやら無意識に、本来必要でない自分の住所まで書き込んでいたらしい事実を指摘され、貴子は地味にダメージを受けた。電話越しにもその空気が伝わったと見えて、隆也のくつくつ笑う声が耳に届く。しかし貴子は何とか気を取り直し、再び文句を口にした。


「それはともかく、何なの、この服!! 人の家に勝手に送り付けないで頂戴!」

「ちゃんと届いたか。お前が確実に在宅している時間が分からないから、行きつけの店に注文した時、配送時間を一番遅い時間帯に指定しておいたんだが正解だったな」

「『正解だったな』じゃないわよ! 一体どういうつもり?」

 一人満足げに述べる隆也に、貴子が益々苛付きながら問い質したが、隆也は平然と答えた。


「見て分からないか? 俺用の衣類だ」

「そんな事、見れば分かるわよ!」

「だから他の男の使い古しなんか要らないから、全部纏めて処分しろ」

「……はぁ?」

 一瞬、何を言われたか分からずに貴子が黙り込んだ隙に、隆也は言いたい事を滔々と述べた。


「そうだな、何事も無ければ明後日は早く上がれそうだから、そっちに行く。だからそれまでに一応洗濯しておけ。言うまでもないが、スーツは皺にならない様にしておけよ? それじゃあな」

「あ、ちょっと!」

 言うだけ言って相手の反応を待たずに通話を終わらせた隆也に、貴子は怒りの声を上げた。


「なんって傍若無人なのよ!!」

 そして携帯を操作して自身も通話を終わらせながら、悪態を吐く。

「しかも自分のテリトリーに他のオスの臭いがするのが嫌って? とことん心が狭くて、面倒くさい男ね」

 そしてブツブツ言いながら、放置していた箱の所に戻ってきた。しかし取り出した衣類を見下ろしながら、貴子はその顔に微苦笑を浮かべる。


「まあ、でも。扱い易い男ってつまらないって、相場が決まっているし」

 そう自分自身に言い聞かせる様に床に膝を付いた貴子は、新品の衣類をパッケージから取り出しつつひとりごちた。


「仕方が無い。特別大サービスで、いつでも使える様に洗濯しておいてあげようじゃないの。あの男と比べて、私って何て寛大なのかしら」

 そんな自画自賛の言葉を呟きながら、貴子は早速衣類を抱えて洗濯機へと向かった。

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