16 警視の男
「俺、刑事とか初めて見たぜ!」
教室に戻ってきた
「おら! 喋ってないでちゃんと自習してろ。次は、あー……瀬戸と早川」
入れ替わりに担任がクラスメイト二名を連れていく。扉が閉じられると同時に、はしゃぐヒーロー気取りの周りに何人かの男子が集まった。
「ちょちょちょー、ケージとか! どうだった⁉」「刑事って本物?」「なに聞かれたんだよ?」
「いやなんか普通に雑談してただけだった。んでもってマジケージつうか、ケーシ? だった」
尾根は騒ぐクラスメイトにドヤ顔を向ける。
「てことは手帳見た? 警察手帳」
「ああ、見た見た。見せて貰った。俺、あんな黒い手帳見たの人生で初めてだぜ……!」
まるで黒い手帳が珍獣みたいな言い方だなおい?
「くぅぅ警察手帳! 刑事すげぇ!」「さすが尾根っち!」
刑事じゃなくても警官ならみんな持ってんだろ。あと何がさすがなのかまったく分からない。
中学生男子のテンションなんてこんなものだと思うが、それでも少し呆れるくらいの上がり方だ。
呼び出しが何度か続き、その度に即席ヒーローが生まれた。五回目の呼び出しが終わるころには、内心でツッコミを入れるくらいの余裕は戻っていた。
「まったく。聞き込みに学校に来て生徒を呼び出すなんて、教師人生で初めてだぞ……。あー、次は……じゃあ町田と森――」
担任が呼ぶ順番は出席番号順ではなく、単に扉から近い順に指名しているだけのようだ。次あたりが俺になるはずだ。
戻ってきた生徒の話では、近隣の中学・高校にも警察が行っているとのことらしい。つまり彼らは闇雲に学校を訪れたのではなく、公的に何かしらの
ニュースでもやっていた目撃者――――俺を「見ていたそいつ」が情報源なのは疑いようがない。そして半日経って冷静に思い直すと、誰が見ていたのか、俺にも目星がつけられた。
昨日の夜、あの場所。すぐに小道に曲がった俺の後ろ姿を見ることができたのは、位置関係からいって
しかしそれだけで、この近隣の、しかも学生と絞り込むには情報が足らなさすぎるはずだが……。
「次は依月、それと見谷だ」
名前を呼ばれたので立ち上がり教室を出る。生徒相談室に向かいつつ思考に
まさか能力が弱くなっている、とかいうんじゃないだろうな。
ここまで考えて、そういえば、今日はまだトワリと話していないことに気が付いた。
「依月くん?」
「なんだよ今考えるところだから……って見谷? お前いつの間に」
「だって一緒に呼ばれたし。もうっ! 聞いてなかった?」
む。担任が発した見谷という単語が耳に残っていなくもない。
あれ、でも廊下側の俺と窓際の見谷じゃ組み合わせにならないと思ってたんだが。まあ適当な担任だし、案外いい加減に決めてただけなのか。
「おい伊月聞こえてるぞ。誰が適当だ誰が。先方が名簿を見てて一緒に呼んでくれって言ったからこの組み合わせになっただけだ」
前を歩く担任が特に気にした様子もなくぽつりと漏らした。その言葉は、ぴりっと、警戒信号が俺の神経を刺激した。
俺と見谷をいっしょに? どういうことだ? 最近よくいっしょにいるのは確かだけど、そんなもの警察には関係ないはずだし、そもそも一学生のそんなどうでもいい情報を調べるわけがない。
本当に意味はなく単なる気まぐれ……とかなのだろうか?
いくつか思い浮かべた思考をまとめる前に生徒相談室についてしまっていた。
扉を開け中に入る。さほど広くない室内には三人掛けの革製ソファが二つ、使い古された木製テーブルを囲うように置かれていて、スーツを着た男が三人いた。一人は正面のソファに座っており、残りの二人は脇に立っている。
「どうぞ」
座っていた男が立ち上がり、俺たちに座るよう勧めてきた。カーテンは閉められていたが、漏れた光がちょうど逆光になり、その顔は良く見えない。
ただ微妙にトーンこそ違うものの聞き覚えのある声だった。
「こちら、警視庁からこられた
担任が紹介すると、立ち上がった男は見事なまでにキッチリとした動きで軽くお辞儀をした。
「こんにちは。初めまして」
柔らかで丁寧な口調。釣られるように微かな風がふわりとカーテンを揺らし、眩しかった太陽光を遮った。
同時に、ドンと鼓動が跳ねる。
だって、なぜなら、
「警視庁刑事部捜査一課から来ました。
そう名乗った男は――――多々羅
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