29 ラストエモート1
飛び出た瞬間に見えたのは、銃を構えた二蝋。しかしその銃口は、けたたましい音を立て倒れた脚立に向けられている。ヤツは反対側から突っこむ俺を見て、舌打ちでもしそうな表情を閃かせた。
ぼすん! スプレッサーで抑えられた鈍い一度目の発射音を聴覚が捉える。限界まで研ぎ澄ませておいた反射神経が身体を右に跳躍させる。二発目の射撃音がするより前に、飛び出す前に抜き取っておいた引き出しを斜めに構える。
日本警察で正式採用されている弾丸は、ラウンドノーズ(丸い弾頭の鉛弾丸)だ。先端がボール状に形成されているため衝突面積が大きく、殺傷力が高い反面、空気抵抗が大きく貫通力は劣るという欠点がある。薄いステンレスであっても角度をつけて受ければたとえ貫通したとしても威力は十分に逸らせる。直撃さえしなければいいというのは弐蝋から教えられた戦闘術のひとつだ。
がんっという重い感触が構えた手に伝わると同時に、ひゅんという耳障りな音が耳の横を通り過ぎて行った。
一定量の幸運に感謝するより先に、姿勢を低くし身体ごと二蝋へぶつかり、引き出しにあったドライバーを右腕に突き立てた。肉にめり込む嫌な感触が手のひらに伝わってくる。
顔をしかめている暇はない。すぐに身を屈める。「ちっ!」と舌打ちした二蝋の肘打ちが頭上をかすめていった。しかし直後に放たれた前蹴りまでは躱せず、腹部に激痛が走る。転がってすぐ起き上がり、別の柱の陰に隠れた。
喉元に不快な液体がこみあげてくるが吐くのは我慢する。大丈夫ダメージはあっちの方が上だ。吐き気と相手の右腕。まんざらな交換じゃない……。
が、そんな打算を脳内で計算していると、床に映った影が銃を構えるのが見えた。
狙うつもりか? ここは完全に死角になってるはず――――なのだが、直感がそこは危険だと手足に伝達した。
柱から飛び出すのと銃声が響いたのはほぼ同時。隣の柱に隠れる直前、さっきまでもたれかかっていた頭の位置に跳弾した弾が着弾したのが見えた。
「直撃さえしなければいい。確かにそう教えた。だがそれは死なないための心構えだ。動きを止めるだけならば当てるだけで良かろうなのだよ」
バケモンめ。跳弾の弾道まで頭に入れて撃ってんのかよ。どんな計算力だよくそ!
当然ながら威力は大きく
くっそ。どうやってあのバケモンを倒せばいいんだよ。ちょっとやそっとの隙じゃ絶対に足らんぞ。一手……いや二手は必要だ。
ここで自分が笑っていることに気が付く。さらに口の端を歪めたのはこの状況を楽しんでいる――――からではなく「あんなバケモンをもし死神界に送ったらどうなるか」を想像したからだった。
「間違いなく言えるぜ。クソ迷惑に違いないってな」
何も言わず勝手に消えたあいつに対する罰だと思えば中々に笑えるではないか。あのイマジナリーフレンドに押し付けてやるためにも何とか打開しないとだが、こちらに飛び道具はない。
……一瞬見えた銃のシルエットは
だとしたら装弾数は八、それに
だがどうやって近づく? 相手もこちらが接近できるタイミングを
「隠れているだけではいつまでたっても終わらんぞ」
弐蝋の戦術は正しい。だけど忘れてるんじゃないのか。
俺は柱に設置してあったそれを掴みレバーを勢いよく押した。
「……消火器! 煙幕か!」
ノズルを辺りへ向け広範囲へ散らす。瞬く間に周囲は白煙に包まれた。月が雲に隠れ微かな明りすらなくなっていたのは
「ちっ! だがこれでは私の姿を見ることもできまい」
しかし――――
「なに⁉」背後を振り返った二蝋の表情は、なぜ場所が正確に特定できたのか、と言わんばかりの驚愕を浮かべていた。
「そのスーツに染みついたあの匂いを俺が見失うわけが、ない!」
特別鼻が効くわけじゃない。でもあの匂い……あの煙草の匂いだけは、このハロン1301系消火剤独特の臭気の中でもハッキリと嗅ぎ取ることができた。
左腕だ。いくら二蝋と言えど両腕が使えなくなれば戦闘力は失われる。手にしたドライバーを握る手に力がこもった。
二蝋は一歩離れると銃口を向け立て続けに発砲する。しかし体勢を崩している今、狙いは精確ではない。身体をおもっきり低くし横へ跳ねる。一発は頬を掠めたが二発目は完全に回避した。
これで残弾はゼロ! ここだ!
だが。弐蝋へ体を向けたその瞬間、三回目の発砲音が右肩を熱く
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