28 二人の殺し屋
「……ふむ。私が二重人格であるという証拠は?」
床に映る影がゆっくり腕を組んだ。
「別に証拠なんて必要ないさ」
「なに」
「これはあんたが伸るか反るかの話だ。根拠も証拠もない嘘だと思うなら未希を殺してここから立ち去ればいい。ただしそんときゃ覚悟しろよ。近いうちに
返答は無い。なのでこの結論に至るまでの経緯をもう少しすることにした。
「最初に俺があの警視に会ったとき、とうぜんあんたに似ているのにはすぐ気付いたが、双子、兄弟、親戚といった線は考えにくかった。警察試験には身辺調査があるから、もし多々羅二蝋という人物が身辺にいたのなら試験には受かっていないはずだ」
「でも他人の空似にしては似すぎている。そこであんたの言葉を思い出した。
『もしかして自分ではない自分がやったのではないか――そう疑っているのではないか?』
普通ならそんなこと考えもつかない。だから思ったんだ。こんな言葉が出てくるってことは、自分がそういう状況になったことがあるからじゃないかってな」
「もし二重人格――二人が同一人物だったとしたら、警察内部の情報を得られるあんたが異様なまでに情報通なのも頷ける話になる」
床に落ちた影に向かって、そう締めくくった。
「なるほど。貴様に圧をかけるために放った何気ない言葉から、そこまで推測できるとは。さすが私の弟子といったところか」しばらく間を置いて二蝋がいった。
「だがそれで、一体どういう脅しをするつもりだ?」
「彼に二重人格であることを告げ、さらにあんたが殺し屋を斡旋していることをばらす」
「それで? なにが変わる」
二蝋の口調にはまだ余裕がある。俺は大きく息を吸い、続けた。
「まず大樂一葉を見たとき、誰にでも公平で正義感が極めて強い人物――そういう印象を抱いた。これはたぶんあってるだろう。施設でいやってほど人間観察をしてきた俺には分かる。重要なのは、多々羅二蝋は大樂一葉を認識しているが、その逆は違うという点だ。もし大樂一葉が多々羅二蝋を認識しているのなら、あの正義感の塊みたいな警視サマは辞表を出してるはずさ。で、そんな人物が真実を知ったらどうなると思う?」
一気に言い放ち口を閉じる。
二蝋から言葉が紡がれる様子はなかったので、代わりに答えを出す。
「彼は間違いなく自ら命を絶つ」
所々コンクリートが剥き出しになったフロアはしんと静まり返っており、月明かりに晒された新品のテーブル類があまりに無造作に置かれているので、ここは、本当は廃墟なのではないかと一瞬錯覚するほどだった。
やがて、かちんっというジッポの蓋が跳ねる音がし、シュッというフリントホイールが回る音が続いた。
「私がヤツから生まれたのはもう二〇年以上も前になる」
不快な
「一葉は生まれつき正義感の強い男だった。誰にでも公平で世界の善を心の底から信じる昭和漫画の主人公にいそうな――――例えば学校の帰りにチンピラに絡まれてる浮浪者を助け、飯を食わせて無条件で家に泊めてやるような善人さ。
「助けたそいつを納屋に泊めてやった日、両親が殺され金品が奪われた。犯人はなんてことはない。金に困っていたその浮浪者だ。笑えるだろう。さらに笑えるのは一葉が選んだ職業が警察官だったということだ。善を信じて疑わない男が、他人を疑わなければならない
「やがて一葉は、人という存在が如何に
「裁ける者は正しく法で、そうでない悪は権力と暴力で。一葉が裁くことができない正義を果たすため、私は存在する」
冷笑と共に流れる吐息。一際大きな煙が柱の向こうから
「さらに付け加えるなら、今まで貴様らに振ってきた仕事の依頼人は、全て大樂一葉、その無意識だ」
「…………じゃあ俺がやってきた仕事の依頼主ってのは、あいつだったってことか」
「その通りだ。だが御しがたい悪はそう多くないといっても一人で事を成すには少々骨が折れる。ゆえに私には手足となる道具が複数必要だった。能力に優れ、人とのかかわりを避け、心を無にできる人間だ。そしてあの夜。施設に
「だから俺を助けた、とでもいうのか」
「助けた? おいおい私を笑殺でもさせる気か? 利用するために決まっている。だからこそ目的が相反した我々はここに相対しているのだ」
床をこすった音は、捨てた煙草を靴で踏みつぶしたものだろうか。俺は背中を柱に預け、臨戦態勢を取ったまま柱の隅に身体を移動させた。
「しかし誤算だったのは、貴様の心に何かが入り込んでしまったことだな。イマジナリーフレンドの指摘をしてやったのは、再び心を無にし働いてもらうつもりだったからのだが……これがケアにならず裏目に出るとは。すまんな。私もまだまだ人間を理解できていないようだ」
「気にすんな。こうしてあんたの秘密に気付けて脅迫できたんだ。けど悪いがあんたの生い立ちに流す涙は俺にはなくてな、そろそろ返答を聞かせてくれよ?」
できるだけ余裕を保った口調で問いかける。交渉が決裂した場合のことはあまり想像したくないが、声色でそれを悟らせたくはなかった。
「ま、いいだろう」
なので二蝋の返答には正直
もう一人の人格にバラしたところで何もならないと言われたらどうしようもなかったから、これは賭けだった。
ほっとして腰を浮かせようとしたとき、
「話したくば話すがいい。私はそれを全力で阻止しようじゃあないか!」
「は?」
一際大きな声に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
「……なに言って……いいのかよ⁉ あの警視サマがどんな行動に出るか、あんたは把握してるのか?」
「貴様の推測通り自らの死を選ぶ可能性は高いだろう」
「そりゃあんたも死ぬってことだぞ?」
「そうだ私も死ぬ。ただし私の横で寝ているお姫様も死ぬことになる。なら私と貴様がすることは一つしかないだろう?」
はっきりとした殺意が柱越しに伝わってきた。
最悪のパターンだ。
だがここにくるときに覚悟はしていた。
なら俺の答えは、一つしかない。例えあまり想像はしたくなかった結果だとしても。
「しかし相手が
床に落ちていた影の腕が上がっていく。同時に殺意の気配も上昇していく。
「おいおい俺を誰だと思ってる」
「むろん私の弟子だ」
「ああ。そして俺は
宣戦布告の言葉と同時に、立てかけてあった脚立を蹴飛ばし、反対側から飛び出した。
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