17 対話

 ポマードで固めたオールバック。ピシッとのりがきいたスーツ。はきはきとした喋り方。

 どれをとっても二蝋にろうとは似つかわしくない――のに、そのカオは、あの二蝋としか思えなかった。


 どういうことだ? いやあの男なら演技くらいできるだろうが……。

 それとなく見谷の方を見ると、彼女も訝しげな視線をこちらに送っている。どうやら一度しか会ったことのない見谷ですら同じように感じているようだった。


「さて。昨日の夜、ある事件が起きました。幸いなことに、犯人と思われる人物の後ろ姿を見たという目撃者がいまして」


 大樂おおら一葉いちようと名乗った警視はソファに座ると、手帳を取り出し左手でペンを握った。……そういえば二蝋も左利きだったぞ。


「我々は情報を元に、都内の全ての監視カメラの映像――二十四時間以内に映っていたもの全てを認証プログラムにかけました。そこから適合率九十八%以上の人間、およそ千名をピックアップすることができました」

「それは犯人が……分ったということですか?」

「いいえ。目撃情報はあくまで後ろ姿だけですから。性別、大よその身長といったデータを割り出しています。適合シーケンスの詳しい数字などは明かせませんが、ピックアップし、ふるいにかけたところ、適合者のほとんどが学生であるというところまで絞ることができました」


 警視の口調は、はっきりとしていて聞き間違えようがない。二蝋とはまったく違う。そのはずなのに、喋れば喋るほど、あの男だという確信が深まっていく。


「学生といっても色々ありますから、まず聞き込みをするため、近隣の中学と高校にこうして通っているわけです。泥臭い手法ですが機械だけに頼っていては分からないこともありますしね」

「はぁ」

「ええっと、君は伊月いづき八尋やひろくんですね? 準備がよければこれからいくつか質問をしたいのですがよろしいですか」


 俺が何も言わず黙っていると、それを肯定と受け取ったか、脇にいたスーツの男が机の上にICレコーダーを置いた。俺は思わず警視に声をかける。


「あの」

「はい?」

「……あ、いえ。なんでもない、です」

「そうですか。ではお時間をとらせても申し訳ないので始めさせていただきます」


 二蝋、いや大樂一葉警視は俺の疑問など感じていないかのように応対し始めた。

 質問は「名前と学年を」「昨夜変わったことはなかったか」といった他愛もないモノから、「岡野おさむという男の名前を聞いたことはあるか」といった誤魔化す必要があるものまで多岐に渡った。


 尾根おねの話――本人に言わせれば武勇談――では雑談くらいしかしてないって話だったが、ずいぶん突っこんだところまで聞かれているような気がする。

 ただ大樂おおら警視の質問は終始温和な対応だったので、見谷が委縮することもなくスムーズに進み、四分ほどの短い時間で終わりへ向かっていた。

 ただきわになると、側に立っていた眼鏡の男がやけに具体的な質問を混じえてきた。


「依月くん、だったね。君の身長はいくつ?」

「一六五ですけど」

「昨夜の二二時以降、どこにいたか教えて貰えるかな」

「……どこって言われても。普通に家に戻って風呂に入ってた」

「入浴は何時頃終わった?」

「さあ。一〇分くらいじゃないだと思うけど」

 なんだこいつ。「それ必要なんすか? つか何が聞きたいのかわかんねーんですけど」


 問いかけの口調が思わずきつくなる。


柱谷はしらたにくん。情報はいつも精確に伝えるべきだと言っているだろう」

「しかし大樂おおら警視。非公開情報を含みますので、彼らにあまり詳しくは――」


 柱谷と呼ばれた若い男は食い下がったが、警視が腕を僅かにあげると軽く一礼して引き下がった。どうやら部下からの信頼は厚いらしい。

 一歩引いた部下の代わりは大樂おおらが引き継いだ。


「これは非公開だから他言はしないでほしいのですが、目撃情報も加味すると、背丈はちょうど君くらいでしてね。似た背格好の学生には少しだけ詳しく話を聞いているのです」

「その身長ってどれくらいだったんすか」

「あまり詳しくはいえませんが、近くの路上変圧器よりもほんの少し高かったそうですから、比較すれば一六〇cm以上とだけ」

「ああ。じゃあ俺猫背なんで、もし歩いていたとしてもそれより小さくなりますよ」


 学校で意識的に作っていた特徴を話す。誤魔化すには少々微妙だが事実は事実だ。

 大樂警視はほんの少し目を細めたが、


「そうですか。確かにここへ入ってくるときも猫背でしたね」


 と言って緊張を和らげた。

 彼らも精確でない数値で決めつけることはしないだろう。俺(それと恐らく他の生徒)に聞いた半分以上はカマかけに違いない。

 ただ相手は今回の犯行についてそれなりに具体的なデータを持っていて、俺は疑いはかけられている、と考えるべきだった。


 その後は特に踏み込んだ質問もなく、多少の雑談をして話は終わった。一礼し部屋を出るとき、見谷の少し不安そうな視線を隣から感じた。


「依月くん……あの」


 何か言いかけたようだったが、それ以上言葉は続いてこない。結局、教室へ戻るまで、並んで歩く俺たちは一言も喋らなかった。


 もしかしたら終わりが近づいているのかもしれない。例の計画を早く実行してしまう必要がありそうだった。

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