12 決断、のあとの、決断

「それで。返事は」


 ジュッという煙草が消える音で我に返った。すぐに返事をしない俺を訝しんだのか、キッチンにいた二蝋にろうは少し目を細めてこちらを見ていた。


「わるい。少し、昔を思い出してた」

「ああ。この煙草の匂い、か。あの男は私から見ても相当なヘビースモーカーだったからな。だからというわけではないがアレの後片付けは少々骨が折れた」


 例の売春児童施設が公にならず、人権団体も何の文句を言っていないところをみると、関係者は皆黙っているか、または永久に口が開けなくなったかのどちらかで、二蝋の口振りからして恐らく後者なのだろうとは予想できた。


「まあ代わりに貴様という素材が手に入ったから収支はトントンだったと言える」

「タダ当然の素材でトントンだなんて、クソみたいな仕事よく引き受けたな」

「クク。クソみたいな仕事にも何かしらあるもんだぞ。貴様もこの仕事を長くやっていけば何かしら誇れるものが手に入るかもしれん」

「人殺しで? 冗談だろ?」

「冗談だと思うか? 私を見てみろ。この仕事で誇れるものを手に入れたことがないぞ」


 ……自信満々に即答されたので一体何だったのだろうと少し考え、すぐバカにされたことに気が付いた。


「最後! おい最後! 手に入れてないじゃないか!」

「殺しで誇れるもんなんかあるものかよ」


 忍び笑いを漏らす二蝋を睨みつけたが、意に介した様子は全くなかった。

 ぼさぼさの髪に隠れているが顔立ちはそれなりに整っており、足を組むと細身で長躯ということもあり外国の悪役といっても通用しそうな雰囲気がある。書類上は俺の保護者となっているが、当然記載されてる住所など全てデタラメで、多々羅二蝋という名前すら本当かどうか怪しい。この男の下で働いて四年になるが、この男のことは未だによく分かっていない。

 唯一分っているのは、

「人の口から出る言葉を信じるな。文脈の流れを信じるな。まず言葉を疑え。次に人を疑え。それから吟味して、もう一度人を疑え」


 こんな感じで時折説教じみたことをいう癖がある、ということくらいである。


「で、どうする。今回は急なのもある。断るのも許可するが」


 複雑な心の屈折を持つ男だが、殺しに対してはこいつなりの方針があるのは分かっている。これまで二四件の殺人依頼を受けた が、全て社会的な秩序を乱す『殺されるだけの理由がある』人間だった。

 だから今回の対象も、彼なりに依頼を受けるだけの理由があったということは明らかだった。


「やるよ」

「ならこの件は任せた」


 返事をしても二蝋が動きだす気配が無かったので、俺はキッチンへ視線を動かした。殺し屋が細い指がキッチンペーパーにあげられた唐揚げを摘まもうとしていたので、立ち上がり、その指から取り戻した。


「おい。そりゃ俺のだ。食うなよ」

「ふむ。保護者として毒が混じってないか検食する必要ありと踏んだのだが?」


 入ってるわきゃねぇだろ?

 取り戻した唐揚げを口に放り込む。噛んだ瞬間、火傷しそうなほど熱い肉汁が口内に飛び散った。


「……美味いじゃん」


 そんな感嘆の声が思わず漏れる。

 作った本人の前がいなくてよかったと思った。もしいたら、素直に口に出すことはできなかっただろうから。


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