第8話
そうして、俺は三度ドラゴンと遭遇する。
ドラゴンは山頂ではなく、その手前のなだらかな、やや広さのある岩場の中央にうずくまっていた。夕陽が赤黒い巨体を照らしている。
まさに異形、というべきだ。
しかし明らかに傷は治っていない。左の後脚にひどい深手。一成が破いた右翼はそのまま。ミキヒコのつけた首元の傷痕からも、いまだに血がにじんでいる。あちこちの岩場に血液が滴っているのがその証拠だろう。槍や剣もささったままだ。
俺たちはそれを、夕陽がつくる岩陰の深い影から見上げていた。
「警戒距離」
ルシールがわかりきったことを言った。瞳と髪の毛が赤く微光を発している。
「あっちも警戒しているみたいだね」
馬場先生は顔をしかめて呟く。俺にもそんな風に見える。
ドラゴンはうずくまりながらも目を見開いており、琥珀色の瞳がぎょろぎょろと頻りに動いていた。寝ていてくれると助かったのだが。この状態だと、考えていた計画は一度捨てなければならないだろう。
俺は大きく深呼吸をする。まずは落ち着くことだ。心臓の鼓動が大きく聞こえる。緊張しているのは当たり前だ。だから問題ない。
「どうっすか、ケンジ先輩。いきますか?」
ヤスオはいまにも飛び出していきそうだった。こいつの呼吸はかなり荒い。その手にはロケット花火。腰には魔法の剣。背中には槍まで括りつけている。
「オレ、いつでもいけます! 男になります!」
「それは、やめた方がいいですよ」
聞かれてもいないのに、杉浦が答えた。こいつの額にも汗がにじんでいる。
「この花火、奇襲だから意味があるんです。音と光で驚かせるのはいいと思いますが、正面からだと注意を引くだけで――」
「あんまりビビるなよ、杉浦」
俺が挑発すると、杉浦は顔を強ばらせて俺を睨んだ。
「ビビってるわけじゃありません。事実ですよ。こんなの、簡単に通用する相手じゃありません。わかってるでしょう」
「わかってるよ。でも、ここで逃げ帰るわけにはいかねえだろう。それはそうと」
俺は馬場先生と、彼が背負う荷物を振り返った。馬場先生も困ったようにドラゴンを観察している。少しでも警戒が緩めばいいのだが。そうでなければ先手をとるための、なにか別の方法を早急に考える必要がある。
「馬場先生、こういうのはどうだ。まず、俺とルシールが」
「あ」
俺が新たなプランを披露しようとしたとき、ルシールが短い声をあげた。山頂の方を見つめている。俺は愕然とした。いや、もちろん杉浦もヤスオも馬場先生もホセも、みんな愕然としただろう。
夕陽が落ちかけている山頂の方向から、長く伸びる人影を見たからだ。
「アー」
ホセはへらへら笑って『降参』のように両手をあげた。
「トモダチ。やっぱりあいつクソバカ野郎ね! 死んだほうがマシです」
その人影は跳躍し、ドラゴンのうずくまる岩場に降り立つと、耳障りな銅鑼声を張り上げた。
「――小次郎、敗れたり」
そいつは紛れもなく岩渕一鉄だった。
ただし目に普段以上の狂気が溢れている。両手に剣を握っているのは二刀流のつもりか。たぶん彼も『ドラゴンを殺した剣』として売り出すつもりで、隠し持っていたに違いない。
「勝って帰るつもりなら、なぜ鞘を捨てた! このクソ野郎め」
喚き散らしながら、一鉄はドラゴンを前に仁王立ちし、剣の一方を突きつける。俺たちの目には、彼の狂態によってドラゴンですら唖然としていたように見えた。その琥珀色の瞳は、その警戒は、完全に一鉄に向いていた。
「ここがてめえの巌流島だ。宮本武蔵様参上だ馬鹿野郎!」
もちろん、俺たちは岩渕一鉄の馬鹿げた口上の間にチンタラやってるはずがない。動き出している。俺とヤスオとホセは笑うのを堪えきれなかった。さすが一鉄。あの一成の兄なだけはある。
「どうかしてますよ、本当」
杉浦がつまらない愚痴を呟き、ドラゴンが咆哮をあげるのを、俺はどこか意識の遠い場所で聞く。
戦闘開始だ。俺たちはみんな散開するべく駆け出しながら、手元の花火に火をつけた。どんな結末を迎えるにしても、とにかく盛大にやってやろう。
そんな気分だった。
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