第3話

 俺とルシールが外に出てくると、市議会の包囲陣に緊張が走るのがわかった。

 やつらが店内に強行突入してこなかったのも、ルシールの脅威を警戒していたからに他ならないだろう。俺はカバンを担ぎ直し、細川まる子と十分な距離をとって相対することになった。

「悪いがそこをどいてくれ。これから出かけるんだ」

『ケンジくん!』

 まる子は悲痛な顔をした。

『あなたまでそんなことを。いいですか、そちらの少女は危険性の高い兵器です。消防庁に登録されたオーガーです。いますぐ返却してください!』

「そうらしいんだけど、こいつが」

「ふが」

 俺はルシールを指さした。もちろん噛まれた。牙を外すのに少し手間取る。

「返却されたくねえって。こっちも、これから用事があるから必要だし」

『用事! 用事ってなんですか!』

「そりゃもちろんドラゴンを――」

『ああ、なんか聞きたくないです。頭が悪くなりそうです』

 まる子は頭を抱えてしまった。周囲の市議会の作業員たちも、何かとてつもなく恐ろしいものを見るように俺たちを見た。少しはその気持ちもわかる。どう考えてもイカれているとか、そういうことを言いたいのだろう。

 ルシールは不思議そうに俺を見た。

「主任、あの人たちどうしたの?」

「さあ。悩むのが趣味なんじゃねえの」

 しばらくその状態で唸り声をあげた挙句、まる子は不意に何かに気づいたように顔をあげた。

『ケンジくん、いま閃きました。まさか、そういう幼女を連れ歩くのが趣味とか、そんなことありませんよね』

「考えた挙句の結論がそれか」

 いかに彼女らが俺を犯罪者予備軍として見ているか、ということだ。ちなみに岩渕兄やホセやミキヒコは、犯罪者一軍のメジャーリーガーとして見られていた。

『いいえ! よく考えれば怪しいです。私は許しませんからね! ケンジくんは知的な大学卒の大人の女性が好みであるべきだと思います。そんな子供に興味を示すのは許可できません』

「主任」

 ルシールの眉間に皺が寄っている。ものすごく不愉快そうだった。

「あの女がムカつくので殴っていい?」

「ダメに決まってんだろ」

 放っておいたら本当に殴りそうな気配だった。仕方なく、俺はまる子を説得することにした。

「あのさあ、俺たち、今日は忙しいんだよ。もうあと一日切ってるし、やることが山ほどあるんだ。わかってんのか? あと十何時間以内にドラゴン殺さなきゃいけねえんだぞ!」

『その考えが、どうかしています』

 まる子はなおも強硬に反対した。

『正気に戻ってください、ケンジくん! 相手はドラゴンですよ!』

「こりゃ話聞いてもらえそうにねえな。正気でドラゴン退治ができるか。こっちは《新桜庭ゴブリンズ》だぜ」

 よって俺は店の傍らに停めてある、二台のスクーターに手をかけた。こいつは俺とミキヒコの高校入学祝いに、不法投棄されてたやつを修理してもらったやつだ。青いのが俺ので、赤いのがミキヒコの愛車だった。

「ルシール、スクーター乗れるか?」

「やったことない。それは品質性能テスト項目になかったので。わたしが優秀でないという理由ではないので、承知してもらいたい」

「知ってるよ。じゃあ、後ろ乗れ」

 俺はスクーターのエンジンに火を入れた。異様に大きな音が響く。

「了解」

 ルシールがしがみついてくるのがわかった。俺は無造作にアクセルをひねった。

『あ!』

 まる子がスピーカーで大声をあげた。ひどいハウリング。頭にずきずきと響くくらいだった。

『二人乗り! 危険です、止まってください! そういう行為は――』

「主任、あの女がうるさい」

「知るか、黙ってつかまってろ」

 俺は包囲の一角のうち、もっとも弱い場所、つまり細川まる子にむかってスクーターを走らせた。全力疾走。後で思い出すとかなり面白い悲鳴をあげて、まる子はその場を転がった。

 市議会の包囲陣が、俺たちの行く手を阻もうとしてくる。だが、横合いから吹き出した謎の白い煙を浴びて、大きく体勢を崩した。俺は思わず笑ってしまった。

「死ねオラ! 《新桜庭ゴブリンズ》なめンじゃねえ」

 喫茶《ふじよし》の窓が空いており、そこからキャプテン・遠藤の顔が覗いている。

「おい、さっさと行ってこい! クソ野郎!」

 キャプテン・遠藤は消火器を手にしていた。憤怒の表情で怒鳴り散らし、台詞の終わりに消火器ごと放り投げた。それはさらに駆けつけようとしていた市議会の作業員の顔面を直撃する。ナイスピッチ、そしてファインプレーだ。

 俺はアクセルを思い切り噴かしてそれに答えた。

「夕飯までにはもどるよ。人数分のビール冷やしといて」

 俺の大声が聞こえたかどうかは、よくわからない。俺たちは包囲を抜けて走り出した。真昼の商店街、今日も空はよく晴れ、絶好の野球日和だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る