第8話

 その後、俺たちは山から持てるだけの魔法の道具を持ち帰り、ミキヒコを町外れの霊園に埋葬した。

 場所については、いくつかの意見が衝突した。

 ミキヒコは柿が好きだったので、柿の木の近くに埋めた方がいいという俺。埋めるなら桜の下に決まっていると主張するキャプテン。でかい古墳を作ろうと言い出した岩渕兄のことは、まあ無視してもいいだろう。

「待てよ、なんでだよ」

 俺たちの総反対を受けてもなお、岩渕兄は強硬に主張した。

「ミキヒコのやつはでかいのが好きだった! 絶対に気に入るね! なんならピラミッドでもいいくらいだ!」

「そういえばあいつ、その手の謎の巨大建築物に異常なほど興味があったよな」

 この点には、俺もうなずくしかない。ミキヒコは、昔からその手の現実離れしたものが好きだった。

「でかいピラミッドか。まあ、作ってやってもいいが」

 キャプテン・遠藤は、火を吹きそうな目で空を睨んだ。

「そのてっぺんには、ドラゴンの首を飾るぞ。絶対にだ」

 そんなことで言い争っている間に、及川さんはルシールと岩渕弟に協力させ、よく陽の当たりそうな場所にミキヒコを埋めていた。

 簡易的な墓石を置き、それを眺めながら、俺たちは特になにも言わなかった。

 ミキヒコは俺たちの中では紛れもないエースであり、ヒーローのような存在でもあり、いるだけで騒がしさと鬱陶しさを振りまいているようなやつでもあった。何も野球の試合に限った話ではない。

 いつだって、あいつなら何とかしてくれるんじゃないか、という、そんな雰囲気があった。いまここにミキヒコがいてくれたら、とも思う。でも、それだけはありえない話だ。

 墓石を設置して、それなりに見た目を整えたら、俺たちは湿っぽい雰囲気のまま黙祷した。

「なんか、静かだな」

 と、黙祷の意味をいまいち把握していない岩渕兄は、不満そうに呟いた。

 風の音ぐらいしか聞こえない。

「ミ、ミ、ミキヒコは――」

 岩渕弟は震えながら、唐突に口を開いた。

「静かなのが嫌いだ。お、おれも、嫌だな。ミキヒコが、戻ってきたときに困る」

 もしかしたら岩渕弟には、ミキヒコが死んだということが本当の意味では理解できていないのかもしれない。

「そうだな」

 それでも、俺はうなずいた。

「行こうぜ」

 誰よりも早く立ち上がって、みんなを促す。お祈りをするよりも先にやるべきことはある。ここにミキヒコがいたら、そう言うだろう。

 だからこれは、いまは俺の役目だ。

「作戦を立てないと。それに腹が減ったよ、俺」


 こういうとき、みんなが集まる場所は決まっている。

 キャプテン・遠藤の喫茶店《ふじよし》で、俺たちは残り少ない備蓄食料を食べた。《新桜庭ゴブリンズ》の、残った全メンバーと、ルシール。それから聖騎士の杉浦。ホセとヤスオは馬場先生を縛ったまま連れてくるというファインプレーで大いに賞賛された。ほうっておくと先生は逃げるからだ。

 こういうとき、店内に響く音楽はいつも決まっている。キャプテン・遠藤の趣味で、『ダーティ・ハリー』のサントラを延々と。キャプテンは隙を見せるとダーティ・ハリーのDVDを再生したがる。

 そして壁には、大きな写真が飾られていた。東京のチームに勝利したときに、俺たち九人のバカ面を写したものだ。

「つまりだな」

 ビール瓶を一本、早々に空けてしまうと、岩渕兄は最終的に大声でわめいた。彼の指定席はカウンターの一番奥であり、酔っ払って動けなくなっても極力ほかの客に迷惑にならないようなポジションになっている。

「ドラゴンは炎を吐く。空を飛ぶ。で、このナマクラな武器しか通用しねえっつうんだろう? あ? 馬場先生よ」

「まあね」

 馬場先生は椅子に縛り付けられたまま、気弱な笑みを浮かべた。

「一鉄さんが理解できたってことは、みんなが理解できたってことでいいかな」

「う、う、う、うう――」

 一成は膝を抱えた独特の姿勢で椅子に座り、さきほどから呻き声をあげつつ何度もうなずいていた。人が多いせいか、落ち着きなく体を揺すったり、ときおり目と耳を塞いだりしている。それでも兄貴以上に理解は速かった。

「まあ、ちっとばかし面倒な相手のようだが」

 岩渕兄は腰の二刀を叩いた。そこにはいつもの日本刀ではなく、山で拾った魔法の剣がある。

「宮本武蔵がついてるんだからドラゴンくらい倒せるだろう。生涯無敗だったんだぜ、この俺様はよ。わかるか? なあ、おいホセ! なんか威勢のいいこと言え!」

「トモダチ! ホセもがんばります!」

 入口脇の専用の大型椅子、というか大きな樽型のインテリアに腰掛け、ホセは不安になるほど明るい声をあげた。

 威勢のいいことを言わせたら、ホセの右に出る者は、あんまりいない。

「テメエらがいなくなったら、ホセ、はたらく場所ないよ! ホセはしょっぴかれて、ホセノオクサン、ホセノムスコ、みんな首吊りです! 男を見せるよ!」

「おす! オレもやります!」

 ヤスオはさっきから延々と、大量のスパゲッティ・ナポリタンを口に運んでいた。

「オレ、スゲー気合入れてドラゴンの野郎をぶっ殺します! したら、テレビに出たりできるんスかね?」

 ヤスオは皿を傾けて、最後のひとかたまりの麺をすすり込んだ。喫茶《ふじよし》の主力メニューとして悪名高い、うどんのような麺と驚異のボリュームを誇る「ふじよしナポリ」である。

 たとえ常連客でもヤスオ以外のメンバーがこれを食べることはまずない。半分くらい食べたところでうんざりしてくるからだ。ミキヒコと俺なんかは、これが夕食に出てくると憂鬱な気持ちになったものだ。

 だが、街の備蓄が尽きかけているいま、キャプテン・遠藤が常に大量に仕入れているこのスパゲティは一つの救いだった。今夜ばかりは、俺たちもこのスパゲッティの残りを、腹がいっぱいになるまで食べた。

 さらにヤスオは見てのとおり二皿目に突入している。

「時代はやっぱりドラゴン殺しっスよ」

 ヤスオは明らかに何も考えていないであろう発言を繰り返した。

「絶対有名になりますってオレら。ドラゴンキラーになるんスよ!」

「よし」

 キャプテン・遠藤は、いつもどおりカウンターの内側で腕を組み、無意味に力強くうなずいた。

「いいぞクソ野郎ども。だが、肝心なのはどうやってぶっ殺すかってことだ。馬場先生、作戦立てろ! じゃねえと、てめえからぶっ殺すぞ!」

「無茶ですよ」

 明らかに脅迫されて、馬場先生は苦笑いをした。

 キャプテン・遠藤が馬場先生に強引に作戦を立てさせるのは、いつものことだ。草野球の試合となれば、馬場先生以外に敵チームの分析なんてできるやつはいない。

「私はドラゴンとの戦い方なんて、よくわからないし。昨日、聖騎士団の戦いを間近で見てたケンジくんの方がまだ詳しいんじゃないかな」 

「そうだな――聖騎士の連中は」

 俺は視界の端で、当の聖騎士である杉浦を見ながら口を開く。

 彼はここに連れてきたはいいものの、一言も喋らず、特に料理を口にしようともしなかった。ただ黙って俺たちを見ていた。ほとんど置物のような状態で、それは店内の装飾をあちこち触ったり匂いを嗅いだりしているルシールより静かなものだった。

「聖騎士たちは、まず盾を持ってるやつと武器を持ってるやつに分かれてた」

 俺はどうにかその状況を思い出すため、空中に指でおおまかな図を描く。

「で、盾を持ってるやつがドラゴンの攻撃を受け止める。受け止めた隙に武器を持ってるやつが剣やら槍やらで反撃する。そういう感じだったと思う」

「なるほど。それは聖騎士団の使う、一般的なやり方なのかもしれないね」

 馬場先生は天井に目をやり、何か考えているようだった。

「だけどそれはどうかな。実際のところは、聖騎士たちはほとんど壊滅したんだよね? 炎のブレスが特にまずい。それに、そのやり方は――」

「――格下に対する、狩りのやり方だろう」

 唐突に口を挟んだのは及川さんだった。

 彼もさきほどから入口脇のテーブルで、黙って話を聞いていた。そこが彼の指定席だ。気がついたらいなくなっていることがよくあるのは、彼がそういう位置取りを好むからだと思う。

「五十人か百人か、それなりの人数がいれば、前衛で攻撃を止められるかもしれない。だが、こっちはそうもいかない」

 憂鬱そうな声だが、及川さんの話にはいつだって耳を傾ける価値がある。岩渕弟ですら唸り声を止めていた。

「たとえば盾で防御したとして、凌げそうなのはホセぐらいだ」

「トモダチ! ホセ、体はスッゲー丈夫です」

 名前をよばれると、ホセは天井にぶつかるほど大きく手をあげた。

「去年ダンプカーにはねられても、ホセ、病院行かなかった。テメエらと違って、ホセは保険証ないから!」

 巨人族の身体能力は、俺たちとは根本的に異なる。拳銃で打たれても筋肉で止まった事例もあるくらいだ。だが――俺の目には、あの光景がはっきりと焼き付いている。炎を浴びて、人間が生きたまま炭になった。

「及川さん。でも、いくらホセだって、炎のブレスがきたらどうしようもないぜ」

 俺が口を挟むと、及川さんは小さくうなずいた。

「だからヒット・アンド・アウェイ。できるだけこちらから一方的に攻撃を当てる。それしかないと思う。こちらは一撃でも受けるわけにはいかない。なにしろ」

 及川さんは喋りながら、俺たち全員の顔を眺めた。

「ここから、もう一人でも欠けるわけにはいかないだろう?」

「私も同じ意見かな。これは仮定の話だけど、もしも、もしも本当にドラゴンと戦うつもりなら」

 馬場先生は気が進まない様子でうなずいた。その目は本当にやるつもりなのかと全員に問いかけていたが、すでに手遅れな状態だった。《新桜庭ゴブリンズ》のメンバーには、とっくに狂気が伝染していた。

「上等だ!」

 特に岩渕兄は、アルコールまで入っている。彼は酔った目で立ち上がった。

「みんな本気で戦うに決まっとるだろう、馬場先生。ビビってるわけじゃあねえよな。え? 見ろよ。うちの弟はやる気だぜ」

 岩渕兄は、弟の背中を叩いた。もしかすると、兄にしかわからない何かがあるのかもしれない。岩渕弟は窓の外を見つめながら、ゆっくりと前後に首を揺すっていた。かすかに唸り声が漏れており、それは獣の唸り声に似ていた。

 満足げにその反応を眺め、岩渕兄はまた怒鳴った。

「おう、キャプテン! いつ殺るんだ? 明日の朝か? 昼か? 夜か?」

「ふん」

 キャプテン・遠藤はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「馬場先生と及川の言ってることが同じなら、その作戦で正解なンだろ。それで行くぞクソ野郎。だいたい、《新桜庭ゴブリンズ》の長所はなんだ? おい、ケンジ!」

「足だ」

 俺は即座に答えた。

「足を使ったプレイング」

「そうだ! つまり足を絡めた全員攻撃、全員守備! 打たせて捕って、最強打線の集中放火だ! のろまな野郎はうちのチームにいらねえ! 置いてくぞ!」

 キャプテン・遠藤はカウンター・テーブルを強く拳で叩いた。

「絶対にクソドラゴン野郎をぶち殺す。明日の朝イチから特訓だ、セットプレーの練習するぞ。いいな! 今日はウチの二階使って、さっさと寝ろ!」

 それで決まりだった。

 つまり《新桜庭ゴブリンズ》のミーティングは、こうしてキャプテン・遠藤の宣言によって、常に強引に終わる。

 あとは各自がベストを尽くすだけだ。

 このあと馬場先生と及川さんは「練習」の方法について会話をはじめ、岩渕兄は弟を連れて二階に上がった。巨人族のホセと成長期のヤスオがさらなる食事を求めてカウンターに回ると、仕方がないのでキャプテン・遠藤は残り少ない食材から何かを作ってやる。

 いつもなら、ここで俺はミキヒコと、これから対戦する敵チームに対する罵倒や侮辱をはじめとした、取りとめもない話を交わすところだ。

 だが、いまはミキヒコはいないし、俺には代わりにやるべきことがあった。

「――杉浦って言っただろ、お前」

 店の隅のテーブルで黙り込んでいる、若い聖騎士の正面に座る。その大柄な体が強張るのがはっきりとわかった。

「頼む、手伝ってくれよ。戦えとは言わねえから。お前、聖騎士なんだろ? ドラゴンとの戦い方を勉強したんだろ?」

「本気で」

 と、杉浦はここでようやく口を開いた。

「本気で戦って、勝つつもりなんですか」

「そうだよ。俺たちでドラゴンを殺す」

「自殺行為ですよ!」

 杉浦は大声をあげた。

「それは無理だ。全員殺される。あなたも見たでしょう? あそこにいたんじゃないですか? みんなを止めないと」

「どっちでも同じことだぜ、ここの連中にとっては」

 言いながら、俺はその点を認めざるをえなかった。そりゃそうだ。《新桜庭ゴブリンズ》のメンバーが、この街の外の社会でうまくやっていけるとは思えない。あらゆる意味で。

「ドラゴンを殺す。それ以外に俺たちが生き延びる方法なんてねえんだよ。マジで。それに、ミキヒコは」

 俺は持ち帰ってきた、魔法の剣の柄を握った。

「俺にフォローを頼むって言ったんだ。あいつバカだから。さすがに、俺がやらなきゃ嘘だろう」

「でも、そんなこと、うまくいくはずありません。ドラゴンなんですよ! それに、ここにいる皆は訓練を受けたわけでもない。聖騎士団でもうまくいかなかったのに、いくらオーガーがいるからって、たった八人の民間人で勝てるはずがない!」

「手を貸すのが嫌なら別にいい」

 強制する権利も能力もない。

「ルシールをつれて、東京にでも帰ってくれ。俺たちはこれからドラゴンと――」

「ふが」

 正直なところ、油断していた。俺はルシールの方向を何気なく指さそうとして、人差し指の付け根に激痛を覚えた。

 それでも悲鳴をあげるのには耐えたし、平静な態度を保つことにも成功した。俺は褒められていいだろう。

「……お前もさ」

 予想外に近くにいたルシールの顎を掴んで口を開かせる。また指から血が出た。

「ここに聖騎士の生き残りがいるだろ。なんなら東京に連れてってもらえよ」

「なぜ?」

 ルシールはきわめて不機嫌そうに聞き返してきた。

「わたしの優れた対ドラゴン戦闘援護が必要ないの? わたしより優秀な兵器を見つけたつもり? その剣が一万本あっても、わたしの方が役に立つはずなのに」

「知らねえよ。聖騎士の生き残りが見つかったら、俺はもう主任じゃないんじゃないか?」

「管理責任を放棄したいなら、はっきりそう言って」

 これは明確に、かつてないほど、ルシールが怒っているのがわかった。眉間の間に皺が寄っている。それは俺がはじめて見る、ルシールの表情らしい表情だった。

「主任がそれを宣言しない限り、わたしは主任のドラゴン戦闘を支援する。規則なので。何度も言わせないで」

「あ、そう」

 俺は人差し指に新たな絆創膏を巻きつけた。今日一日で、ルシールの牙の痕がいくつもついた。剣を握るのに支障はなさそうなのが救いだ。

「じゃあ、頼むぜルシール。明日はドラゴンを殺す練習だ。俺たちで殺す。当てにしてるからな」

「それなら、いい」

 ルシールの眉間の皺が消えた。どうやら機嫌は直したらしい。彼女の存在はいまだに謎だが、俺は大きく深呼吸して立ち上がった。明日ははやい。できるだけの準備を整えて、すぐに眠るべきだった。

「じゃあな、杉浦。俺たちはドラゴンを殺す」

 やや呆然とした顔でこちらを見ていた杉浦の前に、俺は五千円札を置いた。俺がいま所有している全財産だった。

「礼は言っとく。昨日の夜のこと、今朝みんなに伝えてくれたんだろ。交通費の足しにでもしてくれ」

 五秒ほど待ったが、杉浦は何も答えなかったので、俺はそのまま二階にあがった。

 馬場先生と及川さんがこちらを見ていたが、気にしていられないほど俺は疲れていた。階段を一段踏むたびに、軽い頭痛すら感じた――ミキヒコと俺が使っていた部屋は何もかもそのままであり、もうここにミキヒコは帰ってこないのだと、俺は当たり前のことを思った。

「ところで」

 俺は後ろからついてきていたルシールを振り返る。

「お前、もしかしてここで寝るつもりか?」

「主任の近く以外で寝る必要がどこにあるの? そもそも、主任にはわたしを保守管理する責任があるはず」

「狭いんだよ。廊下で寝るってのはどうだ」

「やだ寒い。主任にはわたしを保守管理する責任があるはず」

「……噛むなよ」

 その注意をするのが精一杯のところで、ほかに何か解決策を考えることもできないほど疲れていた。そんなことに力を使うのは明らかに無駄だったし、徒労でしかないと思った。

 なにしろ俺たちは、あと二日でドラゴンを殺さなければならないからだ。


 結論から言うと、ルシールは寝てる間に三回くらいあちこちを噛んだ。

 痛みに起こされてルシールの牙を外すたびに、どこか遠くからドラゴンの咆哮が聞こえた。

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