第5話
山頂への移動ルートは、よく考えて選ぶ必要があった。
ドラゴンの奇襲を受けにくい、遠回りをする方か。
あるいは最初の夜と同じ最短ルートか。
少し考えたが、どう考えてもいまの俺たちに慎重策は無理があった。ドラゴンの傷が少しでも癒える前に攻撃を仕掛けるべきだと思った。
左の後脚はかなりの深手だったし、翼も片方を破いた。機敏な攻撃ができないうちに、どうにかする必要があった。
結果として、俺たちは最短ルートを目指すことで決定した。
「安全ルートの方がいいと思います」
と、杉浦は不安そうな顔でヘタレた意見を口にしたものだった。
「あれほどの傷なら、そう簡単には回復しません。万が一を避けるべきです」
「じゃあ俺は最短ルートに一票だな。野球ってのは博打も必要なんだよ」
「野球じゃありませんよ、これは」
「似たようなもんだ。ルシール、どっちだ?」
「わたしは主任の指示に従う」
「二対一。行くぞ」
俺がうながすと、杉浦はとても不満そうな顔になった。結局、これはベストの選択だった――最初の夜、ドラゴンに襲撃を受けた地点で、とても信じられないが見知った顔に出くわしたからだ。
あれはちょうど、俺がキャプテンに押し付けられたカバンの中身を確認していたときだった。
「なあ、腹が減っただろ?」
俺はすでに推測ができていたから、覚悟もあった。カバンを開けると、大量のタッパーが姿を見せた。その中身はすべて喫茶《ふじよし》名物の『ふじよしナポリ』となっている。量なら、山ほどある。
「いくらでも食べていいぜ」
「あの――えっと、これだけですか」
「主任。わたし、それ、飽きた」
「昨日からほとんどこれしか食ってねえからな。キャプテン・遠藤の喫茶店調理師としての情熱は、なぜかほとんどこのナポリの製造に注がれてるんだ」
「ぼくは結構です。軽く食べてきたので」
「わたしも」
「腹が減っては戦ができないんだぜ。誰か食べてやれよ」
「じゃあ、私がひとつかな?」
「押忍! オレは四つくらいいけます!」
手が横から二つ伸びてきたので、俺はタッパーを取り出したままの姿勢で固まることになった。驚愕したといってもいい。
こんな状況で四つも食えそうなやつがいるとは。
俺は杉浦、ルシールと顔を見合わせる。杉浦は真昼に幽霊を見たような顔をしていたし、ルシールですら珍生物を見るような目でその二人を観察していた。だが、俺にはなんとなく予感があった。
本当のことだ。
そういうことをやる連中だと思っていた。
「ひとつだけにしとけよ」
俺は少し考えて振り返り、タッパーを二つ差し出した。登山道を塞ぐように突っ立っている、馬場先生とヤスオに向けて。
「ドラゴンと戦ってる間に吐くぜ」
「押忍! ――ケンジ先輩、ほんとスンマセン!」
ヤスオは俺の手からタッパーを受け取る前に、いきなり土下座をしてみせた。俺はものすごく困った。
「やめろって」
「オレ、一成さんやケンジ先輩がブッこんだとき、なんもできませんでした。男じゃなかったっす!」
「……ええと……あの、いちおう、ぼくも突っ込んだんですけど」
「根性なしのヘタレ野郎でした。超ダセェっす!」
杉浦は途中でつぶやいたが、その発言からは根性も感じられないし、ダサかったので無視された。ヤスオはありったけの大声で叫んだ。
「ケンジ先輩、オレ、今度こそ男になります! だから連れてってください! いやっ、ついてきます! 鉄砲玉になる覚悟してきました!」
「だからやめろって」
俺はヤスオの肩を軽く蹴飛ばした。それでもヤスオは顔をあげない。言ってることは迷惑だし、めちゃくちゃ愚かだが、ヤスオの気合の入れ方には見習うべきところがある。俺はみんなに、こんな風にちゃんと謝ることができなかった。
だから俺は、肩をすくめて馬場先生を見た。
「先生、よくついてきたよな」
「いや、逃げようと思ったんだけど捕まっちゃって」
馬場先生は引きつった顔で、両手を突き出した。ヤスオは額を地面につけたまま、得意げに馬場先生を指さした。
「押忍! 手土産にクソ親父を捕まえて来ました! 煮るなり焼くなり好きにしてください!」
「我が息子ながら恐ろしいよね」
馬場先生の手首が、ビニール紐でぐるぐる巻きにされている。馬鹿みたいだ。そういうことにしておいてやろう。馬場先生の背中には、大きなリュックサックが担がれていた。俺はそれを見逃したりしなかった。
「先生、それは?」
「準備してきたんだよ、いちおう」
馬場先生は自信なさげに笑った。
「前とは別の私の魔法が詰まってるんだけど、効果あるかどうかはやっぱり不明。当てにしない方がいいかも。今度は、危険な農薬じゃないよ」
「半分くらいは当てにしとこう。もう少し進んだら、見通しのいい場所がある。ヤスオもいい加減顔上げろよ。そこでメシ食いながら、作戦会議にしようぜ」
俺たち《新桜庭ゴブリンズ》の頭脳が戻ってきたいま、それがどうしても必要だと思えた。俺がキャプテン・遠藤のカバンから大量のタッパーを取り出しはじめると、杉浦とルシールはものすごく嫌そうな気配を漂わせた。
「フォークと割り箸、どっちがいい? ああ、タバスコも入ってたぞ! 喜べ!」
キャプテン・遠藤のサービス精神は万全だ。こうして俺は馬場先生の無意味な手の戒めを解いてやった。
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