第2話
こんなもの、見間違えるはずがない。ルシールと言っただろうか? あの『オーガー』の少女だ。俺のすぐ後ろ、およそ一歩分くらいしか離れていない地点だったが、まるで気配らしきものを感じなかった。
いったい、なぜここに?
そういえば、昨夜はこの少女はどうなったのだろう。思い出そうとしたが、俺の記憶はミキヒコが殺され、ドラゴンが飛び去ったところでほぼ終わっている。気にしている余裕はなかった。
「お前」
俺はオーガーの少女を観察した。作業着はあちこち破れ、背中側は盛大に焼け焦げている。髪の毛は相変わらず赤いが、いまは昨夜のように発光してはいない。
「いつからここに?」
「主任が到着したときから」
ルシールは俺を指差し、短く答えた。キャプテン・遠藤は大きくうなずいた。
「ずっとお前の後ろからついてきたから、てっきり俺はよ、こいつはケンジがつれてきたもンだと思ってたぜ」
「マジぜんぜん気付かなかった」
物音すらしなかった。そりゃ俺はずっと上の空だったし、寝不足でコンディションも十分だったとは言いがたいが、ずっと後をつけられていたというのは信じられなかった。
「いつからだよ」
「昨日の夜から」
ルシールは、また短く答えた。
「主任が移動するから、わたしも随行した。他に何かしていた方がよかった? 作戦目標があったの?」
「なんだこいつ、ミキヒコより頭悪そうだぞ」
俺は思わず正直な感想を述べた。
ミキヒコ同様、会話を成立させるつもりがないか、あるいは会話を成立させる能力がないのかもしれない。いまのひとことで疑問がいくつも湧き上がってきた。
「だいたい、主任ってなんだ? 俺は違うだろ。あのさ、あの聖騎士のセンセイなら、もう、あれだ」
俺には、その先をすぐに続けることはできなかった。そう簡単なものじゃない。その隙に、ルシールは口を挟んできた。
「消去法で」
「あ?」
「他にあの現場で生存していた人間がいなかったから。騎士団大隊が撤退した現状、単独自立稼働禁止の服務規定によってあなたが主任になった。拒否するの?」
「待ってくれ」
俺は時間を稼ごうとした。
「それっていますぐ答えなきゃいけない話? ちょっと昨日の夜からいろいろあって、混乱してるんだ。それと俺、時間がないから急いでるし」
「それはそちらの都合で、わたしが考慮する必要性はない。主任の意見は関係ない。規則なので」
「つまり」
俺はキャプテン・遠藤に意見を求めようとした。
が、すでに彼はそこにいない。そういえばそうだ。自分のやるべきことが決まった以上は、キャプテン・遠藤がじっとして他人の話し合いなんて聞いているはずがなかった。
ゆえに間抜けを承知で、俺は尋ねるしかなかった。
「えっと、つまりどういうこと? 簡単に説明してくれ」
「わたしをプライオリティ制約している単独自立稼働禁止規定七類に基づいて、主任にわたしの管理・維持・指揮権限と責任が委譲された。以降、わたしは汎オーガーコントロール標準化規則のもと、主任の指揮下に入る」
「ああ、なるほど」
俺は理解した。
この少女には、簡単に物事を説明してくれるつもりがないことを。
「あのさ、ちょっと言ってる意味がよくわかんねえんだけど。まず聖騎士団には帰らねえの? 消防庁だろ? えっと、東京の方?」
「千代田区の本庁に? なぜ? そういう規則は定められていない。交通費も支給されていない」
「なんだこいつ」
俺は空恐ろしくなった。
なぜ東京都消防庁聖騎士団は、こんなわけのわからない、融通のきかない兵器を運用しているのだろうか?
もしかして俺たち人類は、なんだかよくわからないものと、なんだかよくわからない手段で戦っているのだろうか? だいたい対ドラゴン兵器が人間の、それも少女の形をしているというのが、いかにも不気味だ。いったい何を素材にして、どうやって『作っている』というのだろう?
しかし――いまはそれどころではなかった。俺にはやらなければいけないことがあり、残された時間も少なく、倫理的なことや感情的なことは後回しにするべきだとわかっていた。つまり、いまはただ――
「主任、わたしの管理を拒否するの?」
ルシールはやや不機嫌そうに俺を見た。
「拒否するなら、そう宣言して。他の主任を探すから」
「待った、それ中止」
俺は慌てた。
詳しいことはよくわからないが、これはチャンスだ。ドラゴン殺しの強力な札を、こんなときに捨てるはずがない。
「あのさ、お前、オーガーなんだよな」
「ルシール」
彼女の受け答えは、相変わらず短い。
「一般名称《オーガー》は美しくないので、呼ぶなら識別個体名で」
「どっちでもいい。ルシール、お前、ドラゴン殺せる?」
「いえ」
ルシールは首を振り、代わりに握りこぶしを固めてみせた。
「わたしはドラゴン討伐支援兵器。第六世代の最新鋭、純粋培養のオール・ストレート・プラチナ。主任の対ドラゴン戦闘を支援することならできる」
それで十分だった。
「よろしくルシール」
俺はルシールの手を素早く握った。
「俺が主任だ。名前はケンジ。気合入れてドラゴンをぶっ殺そう」
使えそうなものはなんでも使う。相手はドラゴンだ。なにをどれだけ準備してもしすぎるということは無いだろう。たとえそれが俺には使い道もよくわからない、対ドラゴン兵器の変な少女であっても。
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