神剣使いの受難~何時か夢見た少年少女~

神代かかお

第一章 ~覚醒~

第01話 -夢からの始まり-

 僕は夢を見ていた――――


 暗い……


 ソコは何も見えない場所だった。

 自分がいる位置さえも分からない。

 そもそも自身の感覚がなかった。僕は本当に実在しているのか、そんな気さえしてくる。


「ねぇ、■■■……」


 真っ暗な闇の中、綺麗な声がどこからか聴こえてきた。

 名前を呼ばれた気がしたが雑音が混ざり、聞き取ることができない。

 返事を返そうにも声が出ない。身体の感覚がないから当然と言えば当然のことなのかもしれない。


「…ぁ……ぁぁ………」


 次に少年のような掠れた声色が聴こえてきた。

 どうやら名前を呼ばれたのはこの少年のようだった。けれど……


「■■■は幸せだったかな…?私は…■■■と一緒にいられて幸せだったよ……?」


 何かがおかしい……僕はそう感じた。

 ここは夢の中だと理解できている。だが――聞き覚えのない声。そして唐突な始まり。夢だと理解できる自分。夢とはそういうものと言われればそうなのかもしれない。

 だけど、この場が普通の夢ではないと何かが警告を発しているのを漠然と感じていた。


「俺も幸せだったさ……!なのに……なのに、なんで■■■■がこんな目に合わなきゃいけないんだ……!」


「仕方ないよ……■■■■■が■したがってるのは私なんだから……因果応報とでも言うべきなのかなぁ……」


 自分がどこにいるかも分からない中、聞こえてくる声に耳を傾けてみる。すると徐々に暗闇が晴れていっていることに気付いた。

 光が闇を塗りつぶしていく感覚。その事に気付いた時、そこからの出来事は一瞬であった。

 一瞬の閃光の後、最初に見えてきたのは男――少年の姿だった。

 僕と同じぐらいの年齢なのだろう。声色の通り、歳は17,8程度に見える。

 鉛丹色の短めの赤髪、そして普段であれば誰もが振り向くであろう端正な顔立ちをしているにも関わらず、その姿は傷だらけであり泥と赤黒い染みに塗れており、絶望に染まった表情で延々と涙を流し続けていたのだ。


 何が起こっている……?この人はなんで泣いているんだろうか……


 状況が理解できない――しかし、その想いはすぐ打ち砕かれることになった。


 なっ……!?


 突如視界が広がるようにクリアとなり、周辺の様子が露わとなる。

 そして僕は少年が泣き叫んでいる理由を知ることになった。そこには凄惨であまりにも非現実的な光景が繰り広げられていたのだ。


 目の前には二人の人物。一人は悔やみ泣き叫ぶ少年少年の姿。そして――その少年の腕に抱かれた白縹色に近い銀髪の少女が全身を血に塗れた姿で横たわっていたのだ。

 美しい長い髪も血に塗れており、胸からは未だに止まることのない赤い流体が流れ続けていた。

 剣術を習っていた関係上、怪我に関する知識は多少ながらあった僕には理解が出来た。これが助かることのない致命傷であることを――


「仕方ないだと……誰がそんなことを決めたんだ……!?そんなことは神であろうと許すものか……!■■■■は絶対に助ける!だから頼む……死なないでくれ!俺は、お前がいないと駄目なんだよ!!!」


 少女をより強く抱きしめ少年は嘆願していた。

 しかし、少女の顔色は刻一刻と悪くなり、精気が無くなるかのように白い肌がより一層白さを際立たせている様に見える。

 だが――それでも少女は笑顔を絶やさずに微笑み続ける。

 状況が分からない僕が見ても、少女は強かった。きっと僕だったら泣き叫ぶかもしれない。痛みによるショックで気を失ってしまうかもしれない。だというのに目の前の少女はただ少年に心配を掛けない一心で微笑み続けていた。そんな少女を見て誰が弱いと思うだろうか。


「ゲホッ……ごめんね……■の■■だから分かる。もう私には時間がほとんど残っていない……だから、私のことはもう忘れて?本当なら■■■を手放したくなんてない。私だけが■■■を独り占めにしたい――!!けれど……そんな私の気持ちに■■■を巻きこめないよ……■■■ならすぐに新しい出会いがあるはずだよ?だから……今まで二人で追い続けた私から言うのもおかしいけれど…お願いだからもう■■■■■を追うことだけは…やめてほしい…かな…」


 少女は自分の身は気にも留めず少年のことを一番に考えていた。

 少女の両手が少年の顔を包む。


「ねぇ、■■■……最後にお願いがあるんだ。……もう少し顔を近づけてくれるかな……」


「………………」


「んっ……」


 それは優しい口づけであった。その光景はきっと世界で一番悲しく、そして美しかった。

 ――どれだけの時間が経ったのだろうか。数秒とも数分ともとれる時間を僕は感じた。


「■■■は優しいね……ずっとずーっと一緒だった私だけの王子様。だから私は後悔なんて……していないよ。最後に大好きな■■■と一緒にいられたんだから――だから……私との約束は……守って………ね…………」


 少女の最後の言葉は小さく――そして何よりも大きな想いとなり世界へと木霊するように広がっていく様だった。


 何時からか僕は涙を流していた。

 こんな悲壮的な話を僕は知らない。こんなに相手を愛おしく感じ合う二人を僕は知らない。けれど僕の胸は痛みを伴う程に切なさを感じていた。

 今目の前で起きていることは単なる夢でしかないのか?僕の脳が記憶を整理する為だけに映し出す単なる映像だというのか?それは違う――

 あまりにも――そう、あまりにもソレが現実で起こったことだと僕の中のナニカが訴えていた。

 焼け焦げた臭い、濃い血の充満した臭い――ソレは僕の知る現実とはかけ離れていた。


 そこは戦場のようであった――否、戦場であることは確かではある。

 しかし、見渡す限りに存在している人間は少年と少女だけであった。他は無数の斬撃の痕跡、抉れた大地、焦げて崩壊した建物、所々氷のオブジェも見えるが、生死を問わず存在する者は他にいない様子だったのだ。


「■■■■……なんでだろうな……俺は……ただ■■■■と一緒にいられればそれでよかったんだ……」


 少年はその場を動くことなく安らかな寝顔のまま何も言わない存在となってしまった少女を抱き続ける。


 僕は時が経つのも忘れて二人を見続ける。何時しか雨が降ってきていることに気付いた。

 全てを洗い流す癒しの雫――けれど少年の想いだけは洗い流せずにいるようだった……


 僕は……この人の気持ちが解る気がする……


 少年と少女に何が起きたのか分からない。しかし、僕はこの少年の気持ちが漠然と理解ができていた。そして、少年の中で燻っている残滓も――

 だが、なぜ理解できているのか――ここが本当に夢の中だとして、僕はこの人たちのこともこの世界のことも何も知らない。初めて見る光景なのだ。


 僕はこれでもごく普通の学生だった。中流家庭で育ち、学校で友人たちと青春を育んでいたどこにでもいるであろう人物だと思っている。

 他の人と違うことは祖父の教えで剣術を習っていることぐらいか――だが、今僕の瞳に映るこの光景は何だ?

 お伽噺や映画・ゲームで見るファンタジーのような世界。冒険者の恰好の少年と少女――

 普通であれば自分の妄想が具現化した、もしくはファンタジー物が好きな輩ならこの世界観もあり得るのかもしれない。

 だけど、僕はこれまでそういった類には手を出したことがなかった。

 なのに僕は少年の気持ちが理解できていたんだ。そう――少年と僕の意志が一つになるように――


「俺の今までは何だったんだろうな……何が守ってやるだ。何がもう二度と離しはしないだ!!全てを投げ捨てて■へとなった俺に何が出来た!その結果がこれだ……ぁぁ……そうだ……俺は弱い……この世でたった一つの守り続けたいと想った人さえ守ることが出来ない。だから、ア■■ャを助けることができなかったんだ――!!!」


 少年の嘆きが響き渡る。その感情は誰にも伝わることがなく消えていく。けれど、確かに僕の心に伝わっていた。

 少年は最後にもう一度少女を強く抱きしめるとゆっくりと地面へと寝かしつける。そして少年は立ち上がった。その瞳には確固たる意志を以って。

 その時僕は気づいたんだ。少年はとある一点を見つめていたのだ――そう、僕がいる方向へとその視線を逸らすことなく真っ直ぐに。


 初めての邂逅――そこに余計な言葉はいらない。余計な感情は不要だった。

 交差した気持ちは混ざり合う。僕と少年の気持ちが一つになった瞬間だった。


『俺は強くなる。もう二度と悲しませないためにも……もう二度と大切な人を手放さない為にも――全てを守れるような強さを手に入れる!!だから俺がそっちに行くまで見守っててくれ、アーリャ――』


 少年の言葉に合わせて僕の口からも少女の名前が自然と出てきた。そう、少女の名前は≪アーリャ≫だ。笑顔の似合う、どことなく抜けていた少女。そして少年≪ラグザ≫の幼馴染でもあり恋人でもあった大切な女の子――

 少年の気持ちが理解できる――そこに不快感は全くなかった。まるで僕自身が二人いるような感覚。だからこそ、僕は悲しかった。悔しかった、憎かった。そして――何よりも強くなりたかった!!


 僕をじっと見続けていた少年は考えていることが伝わったのかふと微笑みを浮かべる。


「今は何が起きているのか理解できないと思う。だけど、お前の中に燻るその想いもまたお前自身なんだ。本当は平和な世界で過ごしてほしかった。俺達の遺恨を引き継がせたくなかったんだ。けれど、世界はお前を選んでしまったんだ。恨んでくれて構わない。俺を憎んでくれて構わない。だが、頼む――俺にはアーリャという何よりも大切だった女の子がいた。それだけ覚えていてくれないか?お前は俺の……そしてアーリャの希望なんだ。だからもう一度言わせてくれ。恨んでくれて構わない。だけど、後悔だけはしないでくれ。……だから任せたぞ刹那――」


 僕の中に様々な感情が流れ込んでくる――小さな村で生まれ育った少年少女。そこから始まった悲劇と確固たる想い。

 いや、待ってくれ……目の前の少年≪ラグザ≫は何と言った!?


「な……お、おい!恨めってどういうことなんだよ!!恨みも後悔も何も言っている意味が……っ……!?」


 突然の状況に僕の理解は範疇を超えていた。少年≪ラグザ≫に問い詰めたいことがたくさんあったんだ。

 けれど、僕達にそんな時間はどこにもなく……


「頼んだぞ刹那……これからのお前の人生に願わくば幸運を……」


 ラグザの言葉を最後に急激に景色がぼやけていく。そう、ここは夢の中だったはずなんだ。ラグザの言葉と共に僕の意識も薄れていくのを感じる。


 何が頼んだだ……ラグザのこれまでの気持ち……そんなものが流れ込んで来たら断れる訳がないじゃないか……


 そして僕の意識は完全に途絶えたのだった――


――


―――…


  ◆◆◆◆


「ん……」


 意識が浮上してきたのを感じる。夢から覚めたらしい。

 だが、何かおかしいことに気付く。


 あれ……背中が硬い……ベッドから落ちたのかな…というよりも……

 僕の身体を何かが這っている感覚があったのだ。


「っ……!?」


 僕は目を覚ました。するとそこには――


「きゅぃ?………!!?」


 リスのような動物がいた……いやリスなのか?リスにしてはでかい。子犬ぐらいの大きさはあるぞ……。

 僕が目覚めたことにびっくりしたのかリス?は大慌てで逃げて行く。


「ぇ……と、あ、あれ…!?というか、ここどこだ……!?」


 周りを見渡すと目覚めた場所は草原だった。見渡す限り草木が連なるのどかな場所……いや近くに森があるみたいだった。空気がとてもおいしく感じる。


「いや、いやいやいや……落ち着け自分。爺さんも言ってた。理解が追い付かない事態が起きた時には…」


 僕は起き上がり座禅を組んで目を閉じ、意識を自身の中へと向ける。

 剣技の実戦時の落ち着く方法とはまた別だが、周りに危険が迫っていないときにはこれが一番僕には合っていた。

 そこで僕は頬に濡れた痕跡があるのを感じたのだ。これは涙の跡?何で泣いていたんだろう……僕は目を見開き、右手で頬へと触れる。

 その時、僕は全てを思い出した。


 僕は夢を見た。少年≪ラグザ≫と少女≪アーリャ≫の……


「……ぁ……ぁぁぁぁ………」


 再び僕の瞳から涙が溢れてくる。≪アーリャ≫の最後。そして≪ラグザ≫の嘆きと決意――夢で見た内容が頭の中で回り続ける。

 何で僕はあんな凄惨な光景を夢に見たんだ?……そもそもここはどこなんだ?

 僕は確かに昨夜は自宅の自分の部屋のベッドで就寝したはずだ。けれど、視界に映る光景は僕の知る場所じゃない。就寝後に何かが起きて今ここにいるということになる。何が起きた?固定概念は捨てるべきだ。

 ここはドコだ?日本?――違う。では、外国?――それも違う。ならこの場所は地球ではない?――その通りだ。なら、ここは――


 どうみても異常なことなのに僕には自然と今起きていることを受け入れることができていた。

 ここは僕の知る世界じゃない。そう俗に言う異世界だ。

 夢で出会った少年≪ラグザ≫は最後に僕に言っていた。恨んでくれて構わない、だけど、後悔だけはするな、と……

 ラグザが僕をここへと呼んだのかは分からない。だけど僕はこれまでの世界の軸から外れ、この世界にやってきたのだと本能的に理解できた。

 僕は何でこんなに落ち着いているんだろうか。きっと最後ラグザから流れてきたナニカのせいなのだろう……

 でなければもっと慌てふためくに違いなかった。


「ぐっ……。本当に何なんだよ……」


 涙で濡れた顔をジャージで拭き取り空を見上げる。雲一つない青空……

 知らない世界に来てしまったことはもう間違い様のない事実。

 だけどこれからどうすればいいのか途方に暮れてしまいそうなことも事実だった。状況を整理しようにもこの場所が漠然と異世界に来てしまったということだけしか分からない。

 突然放り出されたこの場所から行動しなければ何も始まらない。

 だから僕は身体をほぐし立ち上がった。

 まず僕の服装――寝たときのまま寝間着もといジャージを着ていた。当然の如く裸足だった。他に持ち物は何もない状況。

 ラグザにせよ他の誰かにせよ、僕をこんなところに呼ぶのならもっとこう無かったのだろうか……見回しても人っ子一人いない何もない草原に着の身着のままどうしろと言うんだろうか。それこそラグザを恨みたくなってくる。


 ――ラグザか……


「ラグザ…そしてアーリャ……。夢で見たあの二人が何だったのか、そして僕に何を見せたかったのか分からない――ただ分かることはあの二人がどれだけ愛し合っていたか……か」


 夢の内容を、そしてラグザから受け取ったナニカにあった気持ちを思い出す。

 僕にはあんな気持ちを今まで持ったことなかった。これまで爺さんみたいな剣豪になりたいと僕は小さい頃から剣術に打ち込んできた。

 社交的ではなかった僕は爺さん以外の家族――父さん母さんには疎まれていたな。僕よりも弟を誰の目から見ても溺愛していたと思う。

 人からの好意をあまり受け取らずに過ごしてきた僕にとってはラグザとアーリャの関係がとても羨ましく思えた。

 だからこそアーリャの最後は僕にとってもとても堪えた。ラグザとの気持ちが合わさっていることも含め憎しみを覚える程に……。


 ふぅ……落ち着け……憎悪は人を堕落させてしまう。


 武術における深呼吸をゆっくりと行い、気持ちを再度落ち着かせ僕はもう一度周囲を見渡してみる。見渡す限りの草原地帯。人はおろか、村や街らしき人工物はなし。遠くを見ると高く連なる山々、視界の端には鬱蒼と茂る森が見える。

 そう深くない森のようだったが、身一つの状態で飛び込む勇気は僕にはなかった。

 その森の方角には先ほど僕の身体を這いまわっていたリス?のような動物が僕に視線を向けて鎮座して、仲間なのか親子かは分からないが他にも2匹、全部で3匹のリス?が一斉に僕に視線を向けていた。


 人が珍しいのかな……というかやっぱり大きい。この世界特有の動物なのかな。

 とは言え見える限り森には他に目ぼしいものはなさそうだし……どうしよう。こんな状況で当てもなく彷徨う訳にもいかないし……他に何か行動材料になりそうなものは………ぁ……!!


 感覚的に歩いて10分程度の位置だろうか――森とは真逆の草原の方角。その視線の先に木の板のようなものが地面に刺さっているのが見える。


 あれは案内板……?もしかすると歩道があるかもしれないし、第一目標はあれにした方がいいかな。


 ここが何処だか分からないし、ここから先僕は何をしたらいいのか分からない。

 けれど、僕がこの世界にやって来た理由が絶対にどこかにあるはずなんだ。

 だからこそ僕は前へと歩く。だって、それが僕――≪東雲 刹那-シノノメ セツナ-≫が最初に見つけた目標なんだから。

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