第17話 -神剣vs神剣-
身体が軽い――僕の第一印象だった。
――宝煌神剣第三階位≪宵闇≫
僕が持つ漆黒の刀の名前であり、ラグザの意志が残した唯一の希望。
ソレは闇を司り、重量を意のままに操る能力を備えていた。と、いうのも≪宵闇≫を解き放ってからというものの、色々なことが頭の中を駆け巡っていたのだ。
今ならリィナが言っていた意味が分かる。瘴気の嫌な臭い、アッシュとリィナから漂う人とは違う匂い。今までに嗅いだことのない不思議な香りであったが、こういうことだったのか…。
「セツナ……テメェ、まさか目覚めやがったのか――!!」
アッシュが苛立ちを隠さずに怒鳴り散らしていた。そうだ……僕は今しがたアッシュの放った黒炎を圧潰した直後だったんだ。
何故だか、僕の心情は不自然なほどに穏やかだった。先程まであった焦り、苛立ち、不安がほとんどなく僕は平常を保てている状態だった。
これも≪宵闇≫の影響なんだろうか……。
「……リィナ。後は僕に任せてお前も下がってて」
「……ぁ……わかった……」
背後で体力が尽き座り込んでいたリィナに対し頭を撫でながら僕は諭す。すんなりと僕の言うことを聞いてくれたため、少々驚きはしたものの、リィナをそのまま下がらせることにした。正直僕の言うことを拒んで自分もまだ戦うとでも言うと思ってどう下がらせるか思考を巡らせていたのは無駄になってよかった。
さて……
「待たせたな……アッシュ。よくも色々と僕の大事な人たちに手を出したな……!!!」
アッシュに言いたかった事がようやく口に出せた。言葉にするとアッシュに対する怒りが込み上げてくる。よかった……少し感情が希薄になりすぎていた気がしたが、気のせいだったようだった。
そんな僕の殺気を目ざとく感じたアッシュは炎をさらに撒き散らしながら、額に血管を浮かべていた。
「テメェ――目覚めたばかりのヒヨコ野郎が俺を相手にできるとでも思ってるのか?ハッ、笑えねぇ……絶対に殺すッ!!」
「ッ―――!!」
言葉と同時に痺れを切らしたアッシュが突っ込んできた!
速い――足元に簡易爆裂を仕込むことで速度を上げてきている様だった。だけど、僕もこれまでの自分じゃないんだ――!
「やらせ――ないっ!!」
アッシュが突き入れてくる剣先が見える。僕は太刀筋を合わせアッシュの攻撃を逸らし、そしてそのままアッシュを斬る勢いで刀を振り下ろす!
「せぇぇぃやぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐっ!!うぜぇ――ー!!」
アッシュが身体を逸らして僕の振り下ろした刀を避ける。やっぱり生半可な攻撃じゃ傷を負わせることが出来ないのか……ならもっと速く――もっともっと速く攻撃してやる!
「ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
「殺す……殺す殺す殺す――!!!」
アッシュの剣と僕の刀がぶつかり合い、火花が散り合う。もっと速く――!僕の意識が加速していく。紅に染まった剣と漆黒の刀がぶつかりあう衝撃音が力場を生み、舞い上がる炎が渦となり周囲の空間を圧していた。
何者にも邪魔はさせない。それは僕がこれまで体験した試合ともこの世界で戦った戦闘とも違う本気の剣戟であった。
限界まで加速された知覚をさらに速く――僕はこれまでの経験を糧に自分の目でも追いきれないほどの速度で剣を振るう。だが、アッシュは強かった。加速すればするほど分かる。目の前の男の底知れない強さに――。アッシュは僕の攻撃を全て逸らし、時には叩き落とし隙が出来れば炎を纏った剣で斬り裂かんと浴びせてくる。
何十合打ち合っただろうか――未だに僕達の死合は続いていた。それは打ち合うほどにより激しく、より過激になっていた。洗練された技の如く、剣を振るい続ける。だが、その全てがアッシュの振るう剣に邪魔されアッシュ自身には一撃も与えることが出来ていなかったのだ。
「くっ……そぉっ――!!」
「ハッ……こんなもんかよっ!!」
アッシュは笑っていた。怒りが急激に焦りへと変わっていく。この男にはまだ余力があるというのか――!?
ならば――!!
「これなら――どうだ!!盈月一華-一の型-…≪月桂≫!!」
横一閃からの全力での下段の斬り上げる斬撃を放つ!!気と≪宵闇≫の力を込めた刀は重圧が増しアッシュの炎を容易く振り払うことが出来た。だからこそその隙を突いて全力で斬り上げた!!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
だが、アッシュはその攻撃を予想していたかのように待ち構えていたのだ。アッシュの口元はより吊り上り嫌な笑みを浮かべていたのだ。
「クハッ!生き急いだな、セツナァァァァ!!」
「なっ―――!?」
アッシュの剣から先ほどまでの比ではない炎が噴出されだした。重力すら支配し成長する月桂樹を燃やし尽くさんとアッシュの紅く燃え上がる炎剣が振り下ろされてくる。
ここで終わってしまうのか!?僕は焦って爺さんから受け継がれた剣技を使ったというのか!?
違う――そんなことあるはずがない!僕は――僕はこんなところで負けるわけにはいかないんだ!!
「そのまま燃え尽きろや、セツナ――――!!」
「まだだ――!!盈月一華-一の型-追の太刀…≪月華≫!!!」
落ちてくる太陽を飲み込むかのように月から生えた月桂樹が華を咲かす。斬り上げからの6連撃――僕は全力でアッシュの炎を喰い散らかす。そしてそのまま一刀の元、振り下ろしたのだった!!
「あ……?ガッ――ガアアアアアアアアアアアア!!!??!!!」
アッシュの右目から左胸元にかけて血しぶきが上がっていた。それは一つの終わりとなり、そして一つの始まりとなる一撃だった。
「はぁ……はぁ……はぁ………このまま――っ!?」
ようやくアッシュに一撃を入れることが出来た――!それも致命的な一撃を。
もう僕は油断しない……このままアッシュを倒す!!だが僕のその決意は一瞬で砕かれることとなった。
「イテェ……イテェ……!!ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!ユルサネェ、ユルサネェゾ、セツナアアアアアアアアアア!!!!」
アッシュの圧力が増したのだ。アッシュを中心に炎の渦が吹き荒れる。熱い……場の温度があり得ない速度で向上していた。
アッシュの足元が溶けている……摂氏数千度超えているのか――!?
「殺す――絶対に殺してやる!!炎の王≪アグレス=オルランド≫が命じる――!!」
「な――古代魔法だと……」
アッシュの口から詠唱が綴られ出す。それは僕がアリシア達を助けた、そしてリィナが自分の命を消費して唱えたモノと同じ古代魔法――神剣使いによる王の力を借りた最終技でもあった。
まずい、まずい――!!アッシュの周囲が熱に侵されて近づけない……!!?!
このままアレを唱えさせたら拙い。だが、僕はアッシュに近づくことさえ出来ていなかった。憤怒に包まれたアッシュは感情が爆発したかのように周りへと炎を撒き散らしていたのだ。
アッシュの古代魔法が発動すればこの広場全てが灰塵と帰す予感を感じていたのだ。
だが、どうすれば……!!と、その時――アッシュの背後に誰かいることに気付く。そして……
「落ち着きなさい、アッシュ――」
氷のように冷たい声。そして、同時にアッシュの首元に白銀の鎌が掲げられていたのだ。
白銀の髪が長引く。それはアリシアやアーリャのそれとは違いより白く洗練された銀髪だった。
何時の間に――僕は気づくことが全くできなかった。アッシュの背後には白装束を纏った少女が立っており、手に持った鎌をアッシュに向けて構え、そして一瞬でアッシュの周りで暴れていた炎の大部分が消え去ったのだ。
「………ナギサ…テメェ、俺の炎を喰いやがったな……!!」
「落ち着きなさいと言ったのです。アッシュ、貴方の目的を忘れたのですか?それとも……妾を相手にこれ以上戦いを繰り広げるとでも言うつもりか?」
瞬間――ナギサと呼ばれた少女からとんでもない殺意が溢れだしたのだ。
――死神
目の前の少女が死を運んでくる化け物に見える。怖い怖い怖い怖い――あの夢で感じた獣を見た時に感じたモノと同じレベルの恐怖が僕を襲ってくる。
「ちっ……興が冷めた。テメェはやっぱいけ好かねぇ……」
アッシュが剣を下ろし、未だ多少纏っていた炎を全て散らす。そして、僕を一度睨むとそのまま踵を返し、広間の奥へと歩き出したのだ。横にはナギサという少女も鎌を下ろしこちらを振り向くことなくアッシュの後ろに付き添っている様だった。
そして同時にナギサから溢れていた殺意も霧散した為、僕は荒い息を吐きながら膝をついていた。
「はぁ……はぁ……なん、だったんだ今の……」
明らかに桁の違う強さを感じた。あの少女はアッシュの仲間なのか?見た目と強さの比例がリィナ以上に有り得ない……
足元まで届く長い髪を揺らしながらアッシュの背後を歩く少女はこちらへの興味は全くないかのように広場の奥へと進んでいく。
広場の奥……?そもそも何でアッシュはここに来たんだ?何でシルフィル兄妹はここに来たんだ?確か遺物を探すためにこの遺跡に来ていたはずだ……ならその遺物って何なんだ?嫌な予感がする……その時、またしてもこの広場に乱入者が現れたのだった。しかも複数の足音と共に――
「ここで何をしている!!!」
広間の入り口から現れたのは10人程の騎士であった。それは今まだアリシア達の横で治療を受けている騎士と同じ姿の――各々胸にヴァイスシュヴァルツの象徴である白と黒の蛇が絡み合っている腕章をつけていたのだ。
そして、その中心に僕と何度かラクシア村で言葉を交わした人物。リクゼンがその手に剣を掲げ広場全体に轟くような声で叫んでいたのだった。
「リクゼン……?」
レクセント王都直属騎士団≪ヴァイスシュヴァルツ≫白の隊 第六近衛部隊隊長。僕を探すためにラクシア村に訪れていた人物。そして……アッシュと共にいた男でもあった。
だが、何故今になってこの場に現れるんだ?僕はリクゼンというより騎士そのものがアッシュの仲間だと思っていた。
しかし、それはよく考えると少しおかしい事に気付く。ラクシア村でのあの夜、アッシュはリクゼンの部下である騎士を殺害していたのだ。今思うと騎士とアッシュが仲間であるならあの行動はおかしい。アッシュが誰彼かまわず他人を殺す猟奇的な人物であれば関係ないが……僕には言いようのない違和感を感じていたのだ。
でもそれはこの後の行動で全て理解することになったのだ。
「アッシュ……これは一体どういうことなのですか!!貴方に任せた冒険者が何故この場にいる。それに――何故争った形跡があるのですか!!」
リクゼンが僕の方へと視線を向けた後、引き連れた騎士を置いたままアッシュの方へと歩き出した。
その時には既にアッシュは広場の奥へと辿り着いており――中央に祭られていたモノへと手を伸ばしていたのだ。
あれは……黒い――宝玉……?
遠くからでも分かる。球の中に何かが蠢いていた。ソレは僕の目には死者の怨念が閉じ込められたかのように黒い渦が止まることなく渦巻いていたのだ。
アッシュがその宝玉を手に天へと掲げ笑みを浮かべる。片目を僕に潰されて尚、その表情には喜々が溢れていたのだ。
「これだ…これがあればまた一歩近づく……!!」
「…………」
リクゼンの声が届いていないかのようにアッシュが喜びに酔いしれていた。アレはなんだ……あの宝玉から瘴気と同じ――いや、それ以上の臭いを感じる……。瘴気の元凶はあのキマイラドラゴンではなかったというのか!?
その僕の疑問に回答するかのごとく、いつの間にか僕の元にリィナが戻ってきており震える声で囁いてきたのだ。
「……ダメ……あれは危険。嫌……いやぁ……」
その姿は幼い子のそれであった。僕に必死にしがみ付き震えるリィナ。周囲を見回すとあの宝玉のヤバさに気付いているのは僕とリィナだけであった。もしかして一部の人間――神剣を持つ者しか気づいていない……!?
それを体現するかのようにリクゼンはその足踏みを緩めることなくアッシュへと近づいていた。
「アッシュ、聞いているのですか!!」
アッシュへと目と鼻の先の距離に近づいたリクゼンが再度叫ぶ。するとアッシュは笑みを浮かべて見ていた宝玉から目を背けるとリクゼンへと視線をようやく移したのだった。だが――何かおかしい。
アッシュの浮かべる笑みがこれ以上ないほどに恐怖を感じたのだ。
「あー……リクゼンじゃねぇか……」
「アッシュ?貴方の持つソレは何なのですか!?そもそも貴方には聞きたいことがたくさん―――え?」
その時――何が起きたのか僕にはすぐに理解が出来なかった。
宝玉を持ったアッシュの右手がリクゼンの腹部を貫いていたのだ。赤く染まったアッシュの右手と宝玉がリクゼンの背後から突き出て僕の視界に映る……
それはアリシアが剣で貫かれたときと似ているようで違う。もっと禍々しい何か。
そしてソレは次の瞬間――恐怖という形となってこの世に顕現するのだった。
「ア……ッシュ?何――を。ア、アアアアアアアアアアアアア――ガアアアアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!!!!」
「あ……あぁ……」
アッシュの持つ宝玉から黒い塊が噴き出す。それは濁った塊となりリクゼンを包み込んでいく。リクゼンの声が声でなくなる。それは次第に獣の叫び声となり、そして――僕の心の中で忌み嫌う言葉に他ならない叫び声となったのだ。
「ハ、ハハ……ハハハハハハハハハハハ!!!これでまた一つ揃った。神を下ろす神器がまた一つ……!!」
リクゼンを傍らにアッシュが笑い焦げていた。何が起きている……リクゼンだったモノが徐々に別の物へと形作られていた。ソレは初めて見るモノで――長年追い続けていたモノでもあった。だってソレは――
「アッシュ――。目的は終わったでしょう?アレはもう放っておいても災いを撒き散らす」
「ハハハハハハ………あー…そうだな。出来ればあの野郎は俺の手で殺したかったが……ナギサ、頼む」
「な、何を――アッシュ!!リクゼンに何をした!!!」
ナギサが鎌を振りかぶり足元に白い魔方陣が発動しているのが見えた。僕はアッシュの元へと向かうために立ち上がろうとしたのだ。だが、リィナがしゃがんだまま僕にしがみついていたため咄嗟に動くことが出来なかった。
それを見たアッシュがナギサの横へと並ぶと僕を見下ろしながら恨みを込めた声で叫ぶのだった。
「セツナァ!!テメェは次会ったら俺が絶対に殺す!だが、その次はもう絶対に来ねぇ!!ハハッ――!!精々リクゼンだった存在に嬲り殺されろや――神の残り香に――な」
「待て……待てよアッシュゥゥゥゥゥ!!!」
アッシュの言葉と同時にナギサの魔法が発動していた。段々ナギサとアッシュの姿が薄くなっていく。そして……アッシュの言葉が終わるのと同時に二人の姿は広間から消え去ったのだった……
「奴らは……アッシュはどこにいったんだ!!」
「……もう遅い……あれは転移魔法……上位の光術者が使えるから……」
僕の独り言にリィナが律儀に返してくれる。だが、そんなこと分かっていたんだ。既にあの二人がこの場にいないことぐらい――でも、なら目の前にアレをどうすればいいんだ!?
僕は視線をリクゼンに向ける。だが、ソレは既にリクゼンの面影はどこにもなく――代わりに一つの獣が佇んでいたのだ。
その獣は――アーリャを殺した仇。ソレは巫女の信託に出てくる異形。
ラグザがアーリャとの約束を守らずにその命尽きるまで追い続けた存在。
その一端であり、残り香である存在が佇んでいたのだ。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!!!!!』
広間に獣の叫び声が響く。それは既に人が理解できる音ではなく、神がこの場に降り立った瞬間でもあった。
「終焉の混沌≪カオス=フィーネ≫……」
それは僕の口から出た名前だった――
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