第16話 -覚醒-
停止した世界に僕≪俺≫と彼女だけが存在していた。
姿形は見えない。だけど、確かに僕の後ろに彼女は存在していたのだ。俺が生涯を賭して愛し続けた存在。
『アーリャ……会いたかった。ずっとずっと会いたかったんだ……』
『私もずっと会いたかったよ……ラグザ……。それに刹那も……』
『ぁ……』
僕と彼の存在が乖離する。そうだ――また僕は彼の意識と混濁していたのだ。そのことに気付いた瞬間、僕の頭の中に僕以外の記憶が流れ込んでくる。
ラグザ――。アーリャの恋人でありそして僕の前世であった存在。そして――今は僕の中に眠る■■となり見守り続けていた存在。
それが今僕の前に現れていたのだ。僕の前にいるラグザ、そして背後にいるアーリャ。
『ラグザと刹那の想いが重なったから私が顕現することが出来たの。でも、それも一時的だから……』
『…ぁ……また、消えてしまうのか……?俺の前からまたいなくなってしまうというのか!?もう嫌なんだ!もう二度とアーリャを失いたくないんだ!!なのに、また俺の元からいなくなるっていうのか!!』
目の前で必死の形相で叫び続けるラグザ。ラグザの想いが伝わってくる。幾年の時が二人を引き離していたのか。僕には想像がつかない状況だった。
だが、その二人が今ようやく対峙できていたのだ。なのに、この時間は長く続かない。それは僕にも分かっていた。
停止したこの世界は今にも壊れそうな不安定さを醸し出していた。
ラグザの想いが痛いほど理解できる自分と二人がまた引き離される理不尽さに悔しさを感じてしまう。
だが、ラグザの想いを受け取ったアーリャは僕からは姿は見えないが、ラグザの叫びを否定するかのように首を横に振っている気がしたのだ。
『違う……違うよ、ラグザ。私はもう貴方から二度と離れたりしない。私達はこれからずっと一緒なんだよ』
『アーリャ……?』
それはどちらの声だったのか。アーリャの慈愛と母性に満ち溢れた様な温かい言葉に僕達は感涙を感じでいた。
『……今はまだ私を感じることが出来ないのかもしれない、だけど覚えていてほしいかな。私はこれまでも――そしてこれからもずっと貴方達とずっと一緒にいるということに――』
『アーリャ……アーリャ……!!俺は信じる!俺たちはこれからずっと一緒なんだ……!』
『うん……うん!!そして刹那……。ごめんね、貴方自身の想いを無視してしまって……。だけど、貴女がアリシアを助けたいと感じていることはラグザの想いに引っ張られてのことだけではないんだよ。貴方自身が彼女を心の底から救いたいと思ったからこそラグザの想いと繋がり私が現れることが出来たんだから』
『僕の想い……』
僕はアリシアと出会った時からずっと心の中に思っていたことがあったんだ。アーリャと瓜二つの存在。だからこそ、僕はアリシアのことが気になっていた。それは恋心というものではなく――単純にアーリャに似ていたから、だった。
そのアリシアが今死にかけている。アッシュに貫かれたアリシアを見た時から僕の心はラグザと重なり合っていた。だからその時に感じた憎しみ、悲しみ、恨み……ソレらが僕の感情なのかラグザから来る感情なのかが分からなくなっていたんだ。
だけど……アーリャの声を聞いてから、そしてラグザが今は僕の中から離れているからこそ理解できた。
僕はアリシアを心の底から助けたいと、失いたくないと思っていたんだ。でも、僕にはどうすることもできなかった……だからこそ願ったんだ――!!
『うん、それでこそ刹那、だよ?……ごめんね、まだ話したいことがいっぱいあるんだけど、もう時間がないの……。だから今はあの子の――私と同じ姿のアリシアを助ける方法を貴方に託します。だから……お願い……恨みも後悔も憶えないで……貴方のこれからに祝福を――』
『ぁ……』
アーリャから僕へと温かいモノが流れてくる。それは彼女の想いが込められていたものだった。
停止された世界が軋む。彼女が言うようにもうほとんど時間が残されていないようであった。
『刹那――』
次に目の前にいたラグザから視線を感じた。僕もラグザと視線を交える。その顔は先ほどまでの悲壮した表情ではなく、晴れ晴れとした清清しい表情をしていたのだ。
『お前のおかげでアーリャとまた出会うことが出来たんだ。だからこそ俺もお前に全てを託す。それは憎悪に囚われた力じゃなく――お前が助けたいと思う時にこそ使ってほしい力だ。……前にも言ったが、俺の事は恨んでくれて構わない。だけど、後悔だけはしないでくれ。任せたぞ――刹那!!!』
ラグザが再び僕の中へと戻ってくる。僕は――僕は知らないうちに二人に見守られていたのか。
二人の為にも……そして僕自身の為にもアリシアとユーシアを助ける。リィナをこれ以上傷つけさせない――!だから、
『有難う……情けない僕だけど、後悔のない生き方をするよ。だから二人とも見守っててくれ!!』
『頼んだぞ(よ)、刹那――』
背後に手をつないだ笑顔のラグザとアーリャが消えていくのを感じる。
僕はもう迷わない!アーリャに託された想いで皆を救い、ラグザに託された想いで皆を守る。それが僕の決意なんだ――!!
◆◆◆◆
世界に色が戻ってくる。
目の前には抱かれたままのアリシアが今まさにその命を枯らそうとしている瞬間だった。
僕は力を込める。アーリャに託された想いが力となり世界へとその力を放出しだす。それは冷気となり冷たくそして僕にとってはとても温かいモノであった。
僕を中心に場を支配する魔方陣が現れる。冷気が渦巻く中、僕は頭の中に綴られる詠唱を解き放つ!!
「氷の女王≪アーリャ=アナスタシア≫が命じる――」
それは精霊を使役した魔法ではなかった。過去が織り成す、王へと昇華した者達の鎮魂歌……
僕の異変を感じたアッシュが驚愕の表情へと変わっていた。それは周囲にいた他の人物も同様であった。
「古代魔法……だと!?テメェまさか目覚めたのか!!ソレを……その虫唾が走る言葉をそれ以上綴るんじゃねぇぇぇぇ!!!」
僕の行動に気付いたアッシュがリィナとの戦闘を中断し、僕へと駆け出そうと力を込めていた。詠唱を綴る今の僕にはソレを拒む術がなかった。
「……セツナの邪魔は絶対にさせない!!」
だけど、僕の相棒であるリィナがアッシュの行く手を阻んでくれる。だからこそ僕は僕の想いを――アーリャの願いをそのまま綴り続けるんだ!!
「氷の女王≪アーリャ=アナスタシア≫が命じる――癒せ癒せ癒せ 穢れし大地 穢れし空 穢れし水 穢れし命 全てを浄化し万象に宿りし生命の息吹をこの身に――常世全てに!!」
「黙れ黙れ黙れぇぇぇええええ!!狂い咲け――≪緋紅≫!!」
アッシュが持つ赤い無骨な剣がひび割れていく。そしてそこに現れたのはさらに紅く、紅玉色に染まった大剣であった。宝煌神剣――見ただけで分かる。アッシュが持つその剣がリィナと同じ神剣であることを。
アッシュの密度がより高まり周囲に炎が顕現されていた。全てを焦土へと化す力――それが僕へと迫っていたのだ。
「どきやがれええええ!!≪風姫≫―――――!!!」
「……絶対にどくもんか!!≪風翠≫お願い――――!!風の女王≪エンリィ=レイラント≫が命じる――!」
神剣を解き放ったアッシュに対し、リィナが全気力を振り絞り僕と同じく古代魔法を綴り始めていた。
僕と違い風に乗せて歌うように綴っていくリィナが炎を纏ったアッシュに抵抗してくれていた。だから、僕はそのまま最後の言葉を綴ったのだ。
「僕の大事な者に手をだすんじゃねぇぇぇ!!エンシェント・リヴァイブ!!!」
その瞬間、僕を中心に冷気が部屋の大部分を包むように吹き荒れた。
それはとても冷たくそして全てを包み込む慈愛を持った冷たさだった。
結晶となった小さな氷がアリシアとユーシアへと集っていく。その光景は僕にはあまりにも非現実的なことだと思えた。
二人の傷ついた部位が青白い光に包まれていく。そこからはまさに時間が巻き戻っているような光景が二人に訪れていたのだ。
辺りに散らばっていた二人の血に解き放たれた小さな氷の結晶が集っていき、発光する光の集合体に変わるとアリシアとユーシアの二人にそれぞれ集まっていく。その光景はまさに雪が舞い散る中、光が踊るような幻想的な光景だった。
そしてアリシアのお腹に空いていた傷が無くなってきたかと思うと、青白くなっていた肌に精気が戻っていく。彼女の呼吸も安定したものとなり見た目には破けた箇所から見える綺麗な白い肌が映るだけで傷一つないものへとなっていたのだ。
「何が……起こったんだ……」
背後からユーシアの声が聞こえる。そこには左手で先ほどまで無くなっていた右手が復活しており、ユーシアは右手を開閉しながら驚愕の顔に満ちていたのだ。
「部位欠損すら回復させる魔法……そんなもの俺は見たことすら……聞いたことすらないぞ……」
よかった……本当によかった……その時僕の両手に振動が伝わってきた。
アリシアの閉じかけていた瞳が限界まで開かれており僕の顔を凝視していたのだ。
「セツナ……さん?あれ、私どうして……」
「アリシア!!よかった……生きてくれて有難う……!!」
アリシアを一度強く抱きしめる。良かった……本当に良かった……
これで二人はもう大丈夫だ。僕が行った行為に驚いていたアリシア達だったが、その身は活力に満ち溢れているようだった。
正直このまま助かった二人と喜びを分かち合いたかったが、僕にはまだやるべきことがある。
今も聴こえてくるリィナの古代詠唱。アッシュと対峙するリィナへ一刻も早く駆けつける必要があったんだ。
「二人とも傷は治ったと思うけど、まだ安静にしていて。ユーシアごめん、アリシアを頼む」
「セツナさん……?」
「わ、分かった……」
僕は抱かれたまま動かないアリシアをユーシアへと託す。
「二人は下がってて。僕は……アッシュを倒す――!」
立ち上がった僕はアッシュへと視線を向ける。そこにはリィナが古代魔法を解き放つ瞬間の光景が広がっていたのだ。だけど、僕には一抹の不安がよぎっていたのだ。
このままじゃ危ない――だから急がないと!!僕はアリシア達を背にしてそのままアッシュの元へと走るのであった。
◆◆◆◆
「風の女王≪エンリィ=レイラント≫が命じる――唸れ唸れ唸れ 大地を切り裂け 空を切り裂け 水を切り裂け 命を切り裂け 全てを無にする神の風 常世全てに吹き荒れ給え!!」
リィナが綴る言葉が風に乗って周囲へと広がっていく。吹き荒れる風全てが古代魔法の一部となり巨大な魔方陣が描かれていく。
その姿は風の妖精のようでアッシュの猛攻を回避し続けていた。
今のリィナにはアッシュから噴き出る炎さえも吹き散らす勢いを備えていたのだ。彼女のどこにそんな力があったのか僕は不思議でならなかった。
だが、その理由も彼女の口からこぼれる血を見たことで理解できた。彼女は――リィナは今自分の命を消費して古代魔法を綴っているのだ。瘴気化キマイラドラゴンを僕が倒す直前に飲んだと思う精神回復薬だけではマナの回復はしきれていないはずなんだ。
急げ、急げ急げ急げ――!!!!
リィナの頑張りで僕から引き離していたアッシュとの距離が今は逆に恨めしく感じてしまう。この詠唱が終わったとき、彼女はもう立ち上がることが出来ないはずだ。だからこそ僕は――!!
「……貴方の炎なんて吹き飛ばす!!エアリアル・ドライブ――吹き飛……べぇぇぇぇ!!」
リィナを中心に上空へと風が集っていく。その塊の中に一筋の光が走ったかと思うと激しい音を発し出したのだ。その正体は雷でありプラズマと化した塊がリィナの詠唱が終わったと同時にアッシュへと放たれたのだ。
全てを蒸発し無へと帰す一撃がアッシュへと迫る。
だが、僕はその光景をみても不安を拭うことができなかったのだ。目の前へとプラズマと化した一撃が迫っているアッシュの口元は笑っていたのだ。
「ハ――。俺の炎を吹き飛ばす?たかが第四階位の風が第三階位の炎を消し飛ばすことが出来るとでも思ってるのか?笑えねぇ……笑えねぇぞ……≪風姫≫―――!!燃え尽きろ、インフェルノ・バースト!!」
瞬間――世界から音が消え、その後轟音と共に爆炎が吹き荒れたのだった。
地獄の炎とでも言うべき赤よりさらに濃ゆい黒に近い炎。その炎がリィナが放ったエアリアル・ドライブにぶつかり――そして信じられない光景が目の前に繰り広げられたのだ。
地獄の業火が神秘を纏った風を燃やし、消し去る光景が広がっていたのだ。
「……ぇ……」
リィナが驚愕した表情で目の前の光景を見ていた。自分が放った最大魔法が一瞬で喰われ始めたのだ。
「俺に本気出させたことは褒めてやるよ。だから――そのまま灰になるまで燃え尽きろや」
アッシュとリィナの間にあるプラズマ――そして風が全て燃やし尽くされてしまう。そして、そのままアッシュが放った炎はリィナを喰い尽くさんとしていたのだ。
駄目だ――駄目だ!このままじゃリィナが!!
僕は縮地も併用して速度を上げ――そしてリィナの前へと躍り出たのだ。
「……え、セ、セツナ!?逃げて……ダメ、このままじゃ貴方も死んじゃう――!!」
後ろでリィナが騒いでいた。だけど逃げれるわけがないだろうが!!顔が焼けるように熱かった。目の前に黒い炎が迫っている。このままでは僕がここに来た意味が何もなかった。だけど――僕は今度こそ助けるために僕の中に眠るモノへと手を伸ばすんだ。
闇より暗い漆黒に塗れた刀――その刀が僕の気持ちに鼓動し答えてくれる。
『お前の思うままに。全てを塗りつぶせ!!』
ラグザの声が聞こえる。僕はリィナを守るためにこの力を解き放つ!!
「深淵より深き漆黒よ 僕の声に答えろ――!!来い――≪宵闇≫!!」
「「………な!?」」
月が出るまでの闇を受け持つ漆黒の刀。ソレが僕の右手へと顕現したのだ。初めて触るはずなのにこれまでにないほど僕の手に馴染む。
僕は驚くリィナとアッシュを無視しそのまま≪宵闇≫を掲げ――アッシュの放ったインフェルノ・バーストへと狙いを定める。そして――
「闇へと塗りつぶせ、全てを圧潰しろ――グラビティ・ブラスト!!」
僕の言葉と同時にアッシュのインフェルノ・バーストを中心に黒い小さな球体が出現する。
アッシュの炎は当然僕の放った球体すらも喰らい尽くそうと周囲を炎で囲い出す。だがその球体は瞬時に膨張し黒い炎を逆に全て飲み込み圧縮、圧潰せしめたのだった。
一瞬の攻防で風、炎、闇がぶつかり合い、そして打ち消され合ったその場には僕の前に苛立ちを抑えずに佇むアッシュと背後で崩れるリィナ、そして≪宵闇≫を掲げラグザと同じ髪色が鉛丹色に変わった僕の姿があったのだった。
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