第20話 -夢見る少年少女-
僕は夢を見ていた――――
夢?違う――だって僕が見ていたものは全て現実で起きたことなんだ。
それはとても悲しい物語。それは二人の男女の恋物語。それは――過去から未来へと紡がれる想いの追憶……
「ここは……」
気づくと僕は知らない場所に立っていた。
見渡す限り続く所々に抉れたクレータが出来た荒れた大地。そして星々が煌めく夜空が視界全体に映っていた。
明らかに僕の知らない場所。だけど何故か懐かしい気持ちが身体の奥底から湧き上がっていた。
「ここは貴方は始めてくる場所。だけど、貴方にはとても大切な場所――」
背後から聞き覚えのある声が響いてきた。その声の持ち主を僕は二人知っている。だけど、この場においてその声が誰であるのか僕は悩むことなく答えることができていた。
「アーリャ……」
「あはは。面と向かっては初めまして?かな。刹那、いえ……東雲刹那さん」
振り返るとそこには一人の少女が立っていた。アーリャ=アナスタシア。白縹色に近い銀髪に未だ幼さが残る端整な顔立ち。そんな彼女はクリっとした青い瞳でこちらを優しい笑みを浮かべて佇んでいた。
「えっと……うん、初めまして。あの……」
言葉が出ない。僕はアリシアに聞きたいことがいっぱいあったはずだ。なのに目の前に待ち望んだ少女が現れたというのに僕は彼女に言うべき言葉が見つからなかったのだ。
だが、そんな僕の様子を見ていたアーリャは後ろに組んでいた手をほぐし、右手を口元に持っていくとはにかんだ笑顔を浮かべたのだ。
「くすっ。刹那はやっぱり刹那なんだね。私達がずっと見続けた唯一の希望でもある男の子。貴方がいてくれたから私達はまた再び交わることが出来た……」
「え――?」
「ううん。ごめんね、今のは独り言のようなものだから気にしなくていいよ。いきなりこんなところに連れてこられて混乱してると思うけれど、私達は貴方にお礼を伝えたかったの」
「お礼……。それにここってまさか……」
僕は自分のいる場所に心当たりがあった。遠くに見える二つの存在が僕のいる場所が何処であるのかを指し示していたのだ。
「そう、ここはお前の思う通り――月面だ」
いつの間にかアーリャの横にもう一人並び立っていることに気付く。僕の前世の人物であり、今は僕の持つ神剣≪宵闇≫に宿る闇の王の一人。
ラグザ=ハーシェル。鉛丹色の短めの赤髪と赤く燃え上がる瞳が印象的な青年が僕の気になっていたことを教えてくれたのだ。
そう、ここは月の上……月面だったのだ。
アーリャとラグザの背後に見える大きな惑星。それは僕の知る地形ではなかった。だけど、僕はその場所を知っている。僕はその場所に先程までいたのだ。出会って間もない仲間たちと共に――
そして……ひときわ大きく映る惑星とは別に僕の視界の隅にもう一つ、美しい惑星が映っていたのだ。それは実際には初めて見る光景。だけど、地図や映像で幾度となく見た存在――地球。僕が生まれ育った場所であり、数日前まで当たり前のように居続けた場所だ。
視界に映る二つの惑星。それは明らかに現実ではあり得ないことだった。地球にいた頃に月以外に間近に別の惑星があるということなんて聞いたことも見たこともなかった。だけど、この場に置いてそんな違和感は湧き上がることがなかったのだ。
僕は無意識に左手を伸ばしていることに気付いた。僕の故郷――地球に向かって決して届かない想いを胸に抱いて……
「刹那……戻りたいのか?」
「え?」
ラグザが悲痛な面持ちで語りかけてくる。戻りたい?それは何処に?もちろん決まっている、僕のいた場所――地球にだ。
家族とまた会いたいか?もちろん会いたいに決まっている。あまり愛されなかった自覚はある。だけど、それでも僕自身父さん母さん、それに弟の裕那とまた会いたいし、話すことが出来るなら話をたくさんしたかった。爺さんともまだまだ剣術を教わりたかったし、僕にはまだやり残したことがいっぱいあったんだ……
「……刹那が望むのならば今ならまだお前を元の世界に戻すことは可能だ。惑星≪セレナディア≫での事を全て忘れて……な」
「ラグ……ザ……」
僕の気持ちを見透かしたかのようにラグザが言葉を続けてくる。それに惑星≪セレナディア≫……初めて聞く言葉だ。だけどそれが何を指しているのか言われなくても理解できていた。
「ゼフィロス大陸の人たちは自分のいる星のことは大抵知らないんだけど、貴方が先ほどまでいた世界はセレナディアというの。それが私達の故郷でもあり……このままでは滅びを迎えてしまう世界……」
「――――!!」
滅んでしまう世界。何故?そんなこと分かりきっている。
『過去に滅びし都より、闇に蠢く異形が目を覚ます。
彼の者は、幾千の時を得て神へと至れり。
その力は生者を終焉へ導かんと混沌を操り総てを蹂躙せん。
世界には死が満ち溢れ 煉獄と化すだろう。
神を阻むは南方へと現れり 異世界からの来訪者。
其は月の体現者 混沌に塗れし異形を穿つ者。
過去の祈りと信念を手に其は神剣を願う。
水と闇が織り成す具現は悠久からの贈り物 其は月の輝きを以って神を討ち滅ぼさん』
巫女の信託にあった死が満ち溢れ煉獄と化す――それはまさに人々にとって滅びと同義語でもあった。
では、何が目の前に映る美しい惑星≪セレナディア≫を滅ぼすというのか。それも分かっている。
終焉の混沌≪カオス=フィーネ≫。先ほどまでその一端ともいえる存在と実際に僕は戦っていたのだ。一端のその残り香ともいえる存在でさえあの強さだった。それが本格的に復活したら世界はどうなる……そんなこと考えるまでもないことだった。
「何で……何で僕なんでしょうか。僕が……ラグザ、君の来世である存在だから、だから選ばれたというんですか!?だからアーリャがさっき言っていたように僕をずっと見続けていたっていうのか!?」
それはあまりに理不尽なことだと思った。僕は何なんだ。ラグザの代わりというのか?僕はその為に生まれて彼等の言われるがまま戦う宿命だったというのか!?
真空のはずの空間に僕の声が響き渡る。それは僕の心からの叫び声だった。
ラグザ達から返事が返ってこない。やっぱり、そうだというのか……やっぱり、僕は……
「違う!!」
だけど、その想いはアーリャの叫び声に打ち消されることになった。
「確かに貴方はラグザの来世であることは間違いのない事実。だけど、違うの……貴方がセレナディアに呼ばれた理由。それは貴方自身には別の存在が宿っていたから。……精霊と契約し王へと昇華した私達が選ぶ神の一柱となるべき存在とは別の……守護者に見初められた存在。それが刹那、貴方なの」
「守護者……それってあの時最後力を貸してくれた……?」
アーリャの言葉の一部に思い当たる節があった。カオス=フィーネ=プロフーモとの戦いのとき、僕は最後その力を使った。そう――その力は……
「≪月読≫――月の守護者……」
アーリャが静かに頷く。
「月――。それは私達の星を、そして貴方の故郷の地球を見守り続ける存在。時には災いを振り払い、時には霊長類へ試練を与える守護者。今私達がいる場所は時の狭間のような場所なの。だからこそ貴方のいた地球も、私達の故郷であるセレナディアも見える。それはどちらの惑星も≪月詠≫が守護するこの月が見守っていたから。何故≪月詠≫が貴方を選んだのかは私達にも分からない。だけど、≪月詠≫は確実に刹那、貴方を選んだ。だからこそ、滅びを迎えるしかないセレナディアの抑止力として貴方は呼ばれた。貴方には理不尽としか思えないことを≪月詠≫は求めているのかもしれない。けれど、そのことに絶望しないで。そのことに後悔しないで。刹那、貴方のやりたいことは貴方が決めればいい。≪月詠≫も私達も出来ればセレナディアの滅びの運命から救ってほしいと思ってる。けれど、それに無理強いするつもりなんてないの」
「…………」
言葉が見つからない。僕が抑止力?何度も言うが、何故僕なんだ?剣術を習っていた以外特段目立つモノがなかった僕が世界を救う存在?笑わせないでほしい。実際に僕はセレナディアに降り立って一人で何が出来たというんだろうか。シルフィル兄妹と出会わなかったら餓えで死んでいたのかもしれない。リィナと出会ってから何度リィナに助けられただろうか……
「僕には……そんな力が備わっているととても思えない……」
「そんなことないぞ?」
だけど、僕の卑屈な言葉に対し、ラグザはあっけらかんと笑みを浮かべたまま言葉を返してきたのだ。
「刹那お前は一つ勘違いしているぞ。そもそも一人で出来る力なんてたかが知れているんだ。確かにお前に宿る力は俺たちの存在含め神にもなれる力だ。その力を使いこなせば国の一つや二つ、いや大陸全てを手中に収めることも可能なのかもしれない。だけど、お前はそんなことしたいわけじゃないだろ?ずっと見続けて来た俺たちがそんなこと知っているし、しないと断言できる。だいたいアーリャの言葉が悪いよな。抑止力だの滅びから救うだのそんなでかいこと考える必要はないんだよ」
「む……」
アーリャがふくれっ面でラグザを睨んでいた。だが、ラグザはそんなアーリャを無視し、言葉を続ける。
「要は刹那、お前はお前が守りたい存在を守っていけばいいってことさ。今回についてもそうだ。お前は周りにいた人たちを守った。それはお前が俺たちに願ったから守れた命と思うのかもしれない。そう、それもまたお前の力なんだよ。だけどな、俺は……俺たちはお前にこれ以上強要する気はない。お前の気持ちも、想いも分かっている。だからこそお前が元の世界に戻りたいというのなら俺たちはそのことを拒むことはしないし、力を貸す。刹那、お前がやりたいことを選べばいいんだよ」
「ラグザ、アーリャ……僕は……僕は――」
僕は何がしたいんだろうか。今まで個性といったものがなかった。流されるままに生きてきた人生だった。将来の夢もやりたいことも特にない人生……だけど――
爺さん、父さんに母さん、そして裕那……ごめん。僕にもやりたいことができたのかもしれない。それはまだはっきり自分の意志から生まれたものだと言えるものではないのかもしれない。
けれど無趣味だった僕が唯一頑張れた剣術以外にやっと生まれそうなんだ。僕のやりたいこと……それはアリシアにリィナ、そしてユーシアと共に世界を――セレナディアを歩む。それが新しく生まれた今の僕の目標なんだ!!
「その顔は歩むべき世界を決めたみたいだね?」
アーリャが僕の表情を見て笑みを浮かべる。もう僕は迷わない。ラグザが言うとおり、僕一人じゃまだ出来ない事なんて星の数だけあるんだ。この燻る想いを残して元の世界に戻っても僕は絶対に後悔をする。それこそセレナディアでの記憶を全て無くしたとしても絶対に――
だからこそ――
「ああ。僕はもう迷わない。僕をあの世界に戻してくれ!!」
「あぁ…………」
気づけばアーリャとラグザは涙を流していた。嬉しさから込み上げた優しい涙。
「有難う……永かった……本当に永かった……」
その言葉にどれだけの重みがあるのか僕には分からない。彼等がどれだけの時を過ごしてきたのか……彼等がどれだけの時を離れ離れとなっていたのか………
「刹那。貴方のおかげで私達はまた一緒になることが出来たの。この恩は絶対に忘れないよ。それと……もう時間もあまりないんだけど最後に一つだけ――」
涙をぬぐいながらアーリャが言葉を紡いでいく。それは僕が気になっていたことでもあった。
「アリシアのこと。あの女の子の事を刹那は気になっているはずだよね?」
「っ……。あの子は……貴女の来世なんですか?あまりにも貴女に似すぎている……」
アリシア=シルフィル。アーリャと瓜二つの存在。これまでの話から僕はアリシアこそがアーリャの来世の存在だと思っていた。
だが、アーリャは首を横に振り否定を示していた。
「……違う。あの子は私とは何ら関わりがないはずの人物なの。だけど……私にも何かの繋がりを感じる……それが私にも何なのかが分からない――」
「そうなのか……」
「でもね、いえ、だからこそアリシアと私を重ねなくていいんだよ?貴方は貴方が想うがままアリシアと行動していいんだよ」
「え、僕が想うがままって……いや、あの僕はアリシアのことなんて!!」
突然降られた話題にたじろいでしまう僕を見たアーリャが笑い続けていた。僕はアリシアのことをどう想っているんだろうか……これまではアリシアを見るたびにラグザとアーリャのことを思い浮かんでいた。なら、次見た時はそんな固定概念を捨て去ってみよう。
そうしている間にも僕の視界がぼやけていることを感じた。もう時間がないのだろう……
「はは。まぁ、今後もそう簡単にはいかないが俺たちと意思疎通できる時もあるだろうから、長々とした話はこれぐらいにしようか。ほら、刹那。もうこの世界は終わる。お前には苦しい選択ばかりさせて申し訳ないと思う。だけどな……また言うぞ。後悔だけはしないでくれな!!」
「ラグザ…。あぁ、わかった。僕は新しい世界で生きる。挫けることもあるかもしれない。だけど、僕はセレナディアを選んだことを絶対に後悔しないと誓うよ」
「有難う、刹那。貴方に祝福があらんことを……」
ラグザが僕の手を取るとその上にアーリャも手を重ねてきた。僕達の意識がまた一つに戻っていく。でもそれはお別れじゃないんだ。
「ラグザ、そしてアーリャ。君たちに会えてよかった。これからもよろしく頼む!!」
「「こちらこそ!!」」
それは永い期間夢見た少年少女の想い。それは新しい自分を夢見た僕の始まりの1ページ――
◆◆◆◆
――
―――…
「う………」
闇に落ちていた瞼がゆっくりと開かれる。
眩しい光が視界へとゆっくりと差し込んでくる。
「………!………たぞ!!」
聞き覚えの声が聞こえてくる。それは野太い男性の声であり、兄のような声。そうユーシアだ。
「ここは――……」
太陽の光が視界へと入ってくる。だが、その光も一瞬で何かの影に遮られてしまった。誰かが僕を覗き込んでいたのだ。それはあの少女とは違うユーシアの妹――アリシアだ。
「セツナ…さん?セツナさん!!気づかれたんですね!!!」
僕の顔に雫が止め処なく当たり出す。それはアリシアの涙だった。どれほど長い事気を失っていたのか分からないが、心配かけたんだろうな……
でも僕は帰ってきた。この世界にまた帰ってきたんだ!!
でも……リィナに続いて次はアリシアに膝枕されているんだな……
後頭部に感じる柔らかい感触を感じながら僕はまた降り立ったこの世界≪セレナディア≫に心の中で感涙するのであった。
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