第19話 -月の守護者-

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俊敏な動きで駆けまわるカオス=フィーネ=プロフーモへと対し、姿を追える僕を筆頭に他の皆も駆け出す。

 今のままでは僕含め全員がカオス=フィーネ=プロフーモの動きについていくことが出来ない、なら相手をこっちの動きに合わせればいいのだ。

 ラグザ……力を貸してくれ!!手に持つ≪宵闇≫に力を込める。≪宵闇≫は闇の――そして重力を操る神剣だ。ならそれを利用しない手はない!!

 ≪宵闇≫から力が溢れる。それは僕を中心に重力の力場を発生させる。そう、周囲の全てを引き込む程の重力を生んでいたのだ。


 僕はそのままカオス=フィーネ=プロフーモへと詰め寄る。奴は僕の予想通り、その動きが鈍くなっていたのが分かった。

 だからこのままカオス=フィーネ=プロフーモから離れずに奴の行動を少しでも束縛してやる!!

 正直どうすれば瘴気の塊と化したリクゼンを救えるのか分からない。だけど……奴にダメージを与えればその度に瘴気を消費して何時か元のリクゼンに戻るかもしれないんだ。

 だが手加減はするつもりはなかった。先ほどの僕の全力の攻撃でもほとんどダメージを与えれなかったのだ。

 だからこそ――僕以外の3人は全力でカオス=フィーネ=プロフーモへと攻撃をしかけてもらうようにお願いしたのだ。


「……俺だって冒険者の端くれだ――!!喰らいやがれええええぇぇぇ!!」


 重力場に引き寄せられるカオス=フィーネ=プロフーモへとユーシアが掲げた大剣を薙ぎ払う。カオス=フィーネ=プロフーモ相手には致命打は与えれないかもしれないが、それでもユーシアの放つ一撃は重くそして確実に瘴気を削り取ってくれた。


『■■■■■■■■■■■■―――!?!!??!!』


「まだです――!!水の精霊≪ウィンディア≫の名の元に―圧縮されし水塊よ 悪意あるその身に弾け破砕せよ!!―バブル・フラッキング!!!」


 ユーシアの攻撃に引き続き、間髪入れずにアリシアの詠唱が響き渡る。すると直径30cm程の水球がカオス=フィーネ=プロフーモの周りに複数出現し、次々に膨張、圧縮を繰り返し破砕し出したのだ。


『■■■■■■■■■■■■――ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙――!?!!??!!』


「よしっ!!このままなら!リィナ――!!」


「……ん。任せて!!」


 黒い血を撒き散らすかのようにカオス=フィーネ=プロフーモがアリシアの魔法を受けるごとに身に纏う瘴気を弾き飛ばされ苦渋に満ちた叫び声を上げ続ける。

 明らかにダメージが通りだしている今がチャンスだ――少し離れていた位置で待機していたリィナに指示を飛ばす。僕達を信じていてくれたリィナはその手に大気を纏わせ続けていた≪風翠≫の槍を構え、目標を見据えていた。


「……穿て穿て穿て――飄風よ暴風となりて全てを抉れ、全てを穿ち尽くせ!!!」


 リィナが腰を屈めて全身の力を足に溜め、そして号砲を打ち放つかのように一気に走り出す。その身は疾風――存在する大気全てを従えた風の神だった。

 短い距離ながらもリィナの姿は視線からぶれるほどの速度を放ち続けていた。そして――

 カオス=フィーネ=プロフーモへと肉薄する直前、リィナは≪風翠≫の槍を弓を引き絞る様に撓るとそのまま全力で投擲したのだ!


「……ゼフィロス・ストリーム!!」


 荒れ狂う暴風にユーシアが吹き飛ばされかけていたため、鎧を引っ張り僕自身も必死に耐え続ける。

 周囲に存在していた微精霊の力も借りたリィナの一撃はこれまでにない程の速度と威力となっていた。解き放たれた風神の一撃は音速を超える速度でカオス=フィーネ=プロフーモの胴体に着弾し、そのまま暴風を巻き起こす。


『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙―■■■■■――ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙―――!!!』


 カオス=フィーネ=プロフーモの叫び声が悲鳴へと変わりその口からも盛大に瘴気を吐き続けていた。明らかな致命打を与えることが出来たんだ!!

 だからこそ、このまま攻め続ける!!


「≪宵闇≫よ!力を貸してくれ――!!このまま押し込む!!!」


 膝をつき、全身から瘴気を零れ墜とし続けるカオス=フィーネ=プロフーモへと駆け込む!!

 手に持つ漆黒の刀から僕の気持ちに鼓動した想いが闇となって溢れ出す。それはカオス=フィーネ=プロフーモが放つ漆黒の瘴気に似ていたが、明らかに違うものだ。

 この力はラグザの想い、ラグザの希望――!!その力をこのままカオス=フィーネ=プロフーモへとぶつけるんだ!!


「ぜぇぇぇぇぃぁぁああああああ!!!盈月一華-四の型-殺の太刀…―――ッツ!?」


 僕は≪繊月≫を放つために≪宵闇≫をカオス=フィーネ=プロフーモへと突き入れようとしていた。

 だが……僕の刀が突如固まったかのように動かなくなった。しかし、その事実は明らかだったのだ。カオス=フィーネ=プロフーモの右手が僕の刀を握り込み、そして――纏った闇を喰らい始めたのだ。

 目の前の存在が肥大化していく。これは――……


「な――!?ぐっ……皆一旦下がってくれ!!これは――!?」


 普段使うことのない逃げの為に縮地を用いてカオス=フィーネ=プロフーモから離れる。他の3人も僕の異変を感じ取ったのか、即座に離れてくれていた。

 そして、その間もカオス=フィーネ=プロフーモの身は瘴気が蠢き、合わせてとある事実に気付くことになったのだ。


「ひっ……!?」


「これは……マナを……精霊を喰っているのか!?」


 僕の纏っていた闇とそして、リィナの風、アリシアの水の残滓がカオス=フィーネ=プロフーモへと吸い込まれていたのだ。

 そして……次の瞬間、目の前で信じられないことが起き始めたのだ。

 カオス=フィーネ=プロフーモから掠れた重低音の声が響き渡る。それは僕達にも分かる言葉を発しながら――


『大地ヨ、唸レ―――』


「……詠唱!?魔物が魔法を使う!?……そんなこと有り得ない!!」


 リィナの驚愕した声が聞こえる。カオス=フィーネ=プロフーモを中心に展開される広大な魔方陣。

 それは僕たちの知る魔法とも、古代魔法とも違う禍々しい紋様と立ち昇る漆黒の光がその身を包み込んでいた。


「皆……逃げろ……そこの騎士達も全員逃げろぉぉぉぉ!!!」


 アレが放たれては拙い。それはもう直感ですらなく、唯一つの過酷な現実であった。


「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


 僕たちの行方を見守っていた騎士達が恐慌に陥ったかのように蜘蛛を散らしながら逃げ出す。それは恥も外聞もなく、ただ死にたくないという一心だった。

 だが、僕の周りにいたリィナとシルフィル兄妹は僕の忠告も無視し、僕の元へと集まってくる。


「ハ……魔法適正の無い俺でもアレがヤバイってことは分かるさ……だけど、ここで逃げたらもう二度と冒険者を名乗れねぇ。ここでセツナを置いて逃げたら一生後悔に苛まれることになる……そんなのはもう嫌なんだ!!」


「……わたしもそう。貴方と出会ってからわたしの何かが変わっているのを感じる。だから、わたしも一緒に戦う!!」


 ユーシアとリィナが両隣に立ち、それぞれ闘争心を露わにしていた。この人たちはなんでこんなに……そんな時、僕の想いは背後に感じた温かい感触が氷塊するかのように答えを教えてくれるのであった。


「セツナさん……貴方と出会ってから今までにないことが連続で起きてとってもびっくりしました。でも……それでも貴方とこれからももっといたい。だからこそこれ以上私達だけ逃げろだなんて言葉を投げかけないで――!!」


「アリシア……皆……そうだよな。ごめん、僕が間違っていた……」


 また、僕は目の前の出来事に自分だけでは対処できないと考え、絶望に囚われかけていた。でも、僕達は一人じゃないんだ……


『粉砕セヨ圧壊セヨ 地獄ノ業火 天の裁キ――』


「水の精霊≪ウィンディア≫の名の元に――」


「風の女王≪エンリィ=レイラント≫が命じる――」


 カオス=フィーネ=プロフーモの詠唱が紡がれ続ける。そして、ソレに抵抗するかのようにリィナとアーリャも各々が使える最大魔法を唱えだす。

 だけど、これだけじゃ足りない――もっと、もっと力が皆を守れる力が必要なんだ――!!この理不尽な終焉から守れる力を……闇を打ち払う力を――!!ラグザ、アーリャ……頼む、君たちの力も貸してくれ!!!


 その時、僕の心に再び二人の男女の声が響きだした。


『ようやく――』


『ああ』


『ようやく私達に声を掛けてくれたね』


 アーリャとラグザの声が響き渡る。それは僕にしか聞こえない僕の内に眠る二つの希望。

 ≪宵闇≫だけではこの窮地を脱することができない。今の僕には≪宵闇≫が持つ力全てを使いこなせていなかった。だけど――頼む、僕を……僕達を助けてくれ……


『ははっ。刹那お前は一つ間違っているぞ』


 間違っている……それって――


『あぁ。お前は今持てる力を限界以上に使いこなしている。これは確かだ。でも――』


『うん。貴方にはまだ使っていない存在がいるの。それは貴方がこの世界に降り立った理由。貴方がこの世界で成すべき理由……それは刹那にはとても重い事柄なのかもしれない。だけど私達は貴方を信じてる』


 僕が成すべき理由……


『そうだ。その存在は今のお前には身に余るものだ。一瞬しか扱うことが出来ないが今のお前にはそれで十分さ。だから――勝てよ刹那』


 僕の中に一つの存在が浮かび上がる。

 それは元の世界でよく見上げたモノ。それは爺さんから習っていた流派の元となったモノ。それは――……


「ユーシア……それに皆ももういい。あとは僕に任せてくれ」


「セツナ……?」


 僕達を守るように大剣を掲げていたユーシアを片手で押しのける。

 そして、僕は未だ詠唱を続けるカオス=フィーネ=プロフーモへと歩き出す。それはとてもゆっくりで、傍から見るととても間に合わない速さだった。


『其ハ王ヲ穿ツ者 其ハ神ヲ墜トス者――』


 カオス=フィーネ=プロフーモの周囲が、広場全体が、そして遺跡全体が振動に覆われる。

 だが、その中を僕は歩み続ける。後ろから詠唱を中断した二人の悲痛な叫び声が聞こえる。

 僕は歩きながら意識を内へと潜り込ませていた。暖かい存在が鼓動と共に徐々にその存在を露わにしていく。

 僕のいた地球を、そしてこの世界を見守り続ける存在。それは世界の行く末を見続け、時には手を差し伸べる存在だった。


『大地ノ殻ヲ破リテ 星々ノ開闢ヲ破壊ヲ以ッテ打チ示セ――』


 カオス=フィーネ=プロフーモへと漆黒の光が収束していく。それはまさに世界の終わりのような終焉へと誘われる光景だった。

 だけど僕はそれを打ち砕く。僕の……僕達の力を以って!!


「来い――≪月詠≫!!」


『メテオ・プロミネンス――!!』


 瞬間――広場に漆黒の恒星が生まれた。


 遺跡そのものを破壊し尽くす程の熱量を持った漆黒の隕石。ソレが全てを飲み込まんと地を這う有象無象へと降り注がんとしていた。

 だが、そんなことさせはしない――僕は≪宵闇≫を生まれた漆黒の恒星へと掲げる。

 そして――


 ――ビキッ


 手に持つ漆黒の刀が音を立ててひび割れ始める。それは砕けることなく更に長く伸び、刀自身の色も漆黒から白縹色の混ざった色へと変化しだす。

 片手では振るうことが出来ない長刀。僕はその刀を両手で上段へと構える。

 僕はその刀の名を知っている。これまでこの世界を見守り続けた存在……その名は――


「月の守護者≪月読≫が命じる――」


 ――月。


 それは夜の支配者。


 僕の刀へと光が収束し出す。それは禍々しさの欠片もなく神秘さに溢れた光。僕はずっと勘違いしていた。僕をこの世界へ呼んだのはラグザとアーリャであると思っていたんだ。

 だけど、僕は元の世界の最後の夜に見上げた月とこの世界で初めて見た月の存在が一緒であることに気付いていなかったのだ。

 地球より更に近い距離で見守り続ける守護者。その力は全ての害悪を打ち滅ぼし、世界の行く末を守り続ける存在……

 僕はその力で理不尽な恒星と共に目の前の異形を飲み込む!!


「天地開闢より見守りし世界の理 悠久を以って世界の歪みを正し続ける!!だから、僕は全てを斬り裂く――!!」


『■■■■■■■■■■■■―――!?!!??!!』


 漆黒の恒星を生み出したカオス=フィーネ=プロフーモが急に怯え出す。だが、もう遅いんだ!!


「これで終わりにする!!盈月一華-月の型-悠久の太刀-…≪盈月≫!!!」


 収束した光と共に≪月読≫を振り抜く!!渾身の一刀と共に放された極光の光が漆黒の恒星を飲み込んでいく。

 それは恒星が生み出す力もカオス=フィーネ=プロフーモが放つ瘴気も例外なくその場にある全てを一刀の元に両断し尽くしたのだった。


 ぐっ………


 そこで僕の意識が急激に持って行かれるのを感じる。

 ラグザ達が言っていた通り今の僕には過ぎた力だったようだ……手に持った≪月読≫が消失する。

 だけど僕は満足していた。光の中に瘴気を散らすリクゼンの姿がおぼろげに見えたのだ……そこで僕の意識は途絶えることになった。


  ◆◆◆◆


「…………!?」


 わたしは目の前で起きていることが信じられなかった。

 駄目元で古代魔法を綴っていたわたしの声を遮り前へと歩き出したセツナを最初は何をやっているのか理解できなかった。

 瘴気を纏った獣が見たことのない魔法を唱え終わった時に現れた漆黒の恒星を見た時正直死を感じてしまった。


 だけど、同時にセツナの手に持つ刀から溢れ出る神秘に目を奪われ、死への恐怖なんて一瞬で吹き飛んでしまったのだ。

 あれはわたしの持つ神剣とは比べ物にならない力だ。深い闇色の光――けれど禍々しさはどこにもなく、逆に神秘さを内包したその光景は私は今後忘れることのない出来事となっていた。

 それが一瞬の刹那の後、目の前の獣が放った漆黒の恒星ごと飲み込んでしまったのだ。


 一瞬の交差の後、辺りに静けさが戻ってくる。先程まで絶え間なく起きていた地揺れも、この身を襲う恐怖も全て消え去っていた。

 広場に一筋の明かりが差し込んできていた。それはセツナの放った斬撃が遺跡そのものを貫き、天から漏れだした月明かりだった。

 その光がセツナを明るく照らしている。わたしにはその光景がセツナを守り続ける光に見えたのだった。

 そして、目の前には倒れ伏した瘴気を全て散らした騎士の姿……


 ……アレは何なの……セツナ……貴方は何者なの……?


 何故か胸が熱くなってくる。わたしは左手で胸を押さえながらその光景を眺め続けることしかできなかったのだ。

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