第06話 -巫女の信託-
既に辺りが暗くなり不気味さが漂う中、僕の目の前に二人の男が佇んでいた。
「聞こえませんでしたか?貴方が待つ二人はもうここには来ないということですよ」
「……聞こえている。だが、それを何であんたが言うんだ。まさか……二人に何かしたのか!?」
気づかないうちに語尾が強くなっていた。だが、そんなことはお構いなしに僕はリクゼンという騎士に詰め寄る。
そこへ僕とリクゼンの間に現れてから一言も発していなかったもう一人の男が割り込むように入ってきた。
「セツナと言ったか、そう熱り立つなよ。あの二人には何もしてはいない……と言ったところで信じるわけないと思うがな。だが、信じる信じないは勝手にしてくれ。言えることは、あいつ等はセツナ、お前を俺らに売り払ったということさ」
「なん……だと……」
頭が真っ白になる――。あの二人が僕を……信じられない……。
僕の心情を見抜いてか知らないが男は笑みを絶やさずに言葉を続ける。
「そりゃ、最初はあいつ等もこっちの言い分に対し、憤慨して断ってきたさ。あぁ、こちらの言い分はお前をチームから外し、こちらに引き渡せということだな。だけど、所詮冒険者ってところだな。十分すぎる金を渡したら苦渋の思いだったろうが、後はこちらの言いなりだったって訳さ」
「……そういうことです。理解してもらえたらどうか私達に同行してもらえないでしょうか。手荒な真似はしないと誓います。国王からの直々の命令なのですよ、貴方の捜索は」
あの二人が僕に何も言わずにいなくなるのか……?信じられない――。
まだ数日の短い付き合いだが、二人の性格はそれとなく理解したつもりだ。
特にアリシア……。あの子が何も言わずにいなくなるなんて到底信じることができなかった。
「一つ聞きたい…。あの二人にもう会うことはできないのか。僕は……あの二人に何も礼を言えていないんだ」
僕の言い分にリクゼンは首を横に振る。
「すまないが、それは叶いません。これ以上会って未練が増えるのはこちらとしても看過できないのですよ。だからあの二人には早々とこの村から去ってもらいました。今頃は何処かで野宿でもしているのではないでしょうか」
「そう…ですか……」
予想はしていた…。この騎士達が何の準備もせずに僕の前に現れるわけがなかった。
きっと本当にシルフィル兄妹はラクシア村にはいないのだろう…。それが当人の意志によるものかどうかは不明だが。
だが、今のこの立場で僕はどうすることもできない。
戦って、脅すという手もある。が、部隊長であるリクゼン、この人とはサシで戦えば勝てるかもしれない。しかし、もう一人の男――こいつは別格だと会った時から感じた。飄々とはしているが、隙が全然なく正直勝てる気が全然しなかった。
「さて理解できたと思っていいよな。酒場で飯食いにいくぞ。他にも色々と聞きたそうな顔してるもんな、自分」
男が手を叩いて場を締める。そして踵を返して歩き出した。
僕は色々と驚愕な出来事がありすぎて、身体が思うように動かなかった。このまま逃げ出すべきかとも思った。だけど、その想いは男の言葉により打ち砕かれることになる。
「あぁ――。一つ言っておくが、逃げようとは思わないことだぞ。長生きしたかったらな」
氷のような声だった。逃げれば殺される――そう思うほどに……。
僕は彼らの後ろを付いていくしかなかったのだった。
◆◆◆◆
酒場に着いた僕たちは適当な席に座る。
飯時の時間なのにギルドホール兼酒場であるここには客は僕たちしかいなかった。
周りにいた騎士は全員座るでもなく、一定の距離で黙って立っているようだった。その為、異様な雰囲気もあって人が寄り付かないのだろう……。
「まだ俺の名前を言ってなかったよな。俺はアシュベル。アッシュとでも呼んでくれ。この堅物の名前はリクゼンだがもう知ってるよな?おーい、注文いいか?」
アッシュと名乗る男が店員を呼ぶ。急いで現れたのはレンリだった。
昼に会った時と違い、レンリの顔は強張っていた。僕の方をチラリと一瞬見たが、すぐに目をそらしアッシュの方を向く。シルフィル兄妹だけじゃなく、レンリを含む他の人たちにも何かしたのだろうか……僕は疑念を募らせていた。
「えと、ご注文は何にしましょうか?」
「肉を使った料理を適当に3つ。あとは酒だな。セツナお前は飲めるのか?」
アッシュが僕に問いかけてくる。未成年である僕は当然首を横に振る。
「あ?お前飲めないのかよ、つまんねぇな。その年じゃもう飲めるだろうに。リクゼンは職務中は飲まない奴だし、俺だけかよ。なら酒は俺の分だけで早く頼む」
この世界でのお酒を飲める年はもっと若いのだろうか……。成人となる時期が違うのかもしれないな。
隣に座るリクゼンは飲まないのが当然の如く頷く。
レンリは注文を取り終えると急ぎ足で厨房側の裏へと入っていった。
そして、普段は喧噪に包まれるこの場所に静寂が広がる――。
僕は居心地の悪さを感じ、気になっていたことを聞くことにしたのだった。
「何故……僕を探していたんでしょうか?」
「……リクゼン、まだ何も話していなかったのか?」
僕の問いかけに少し驚いたアッシュはリクゼンの方を向く。リクゼンが静かに頷いたのを見て、アッシュは額に手を当ててバツの悪そうな顔をしていた。
「あー……そりゃ事情も何も知らないわけだよな。おい、リクゼン、お前きちんと説明しておけよ」
「仕方ないでしょう…昼は説明する前に追い出されそうな勢いだったのですから。では改めて説明を行いたいと思います。まずですが…セツナ殿。貴方この世界の人間ではありませんね?異世界人とでも言うべきなのでしょうか」
「な……なんで、知って……」
僕の境遇等知っていると言わんばかりにリクゼンは真実を突き付けてくる。その言葉に僕は動揺してしまう。そして、その様子を見ていたアッシュは笑いを堪えている様だった。
「……何が可笑しいんだ……」
「ククッ……いや何、あまりにもお前が滑稽だなと思ってな」
アッシュの物言いに僕は苛立ち、椅子から立ち上がろうとした。しかし、僕の首元にいつの間にか赤い無骨な剣が向けられていることに気付いた。このまま立ち上がっていたら刺さっていてもおかしくなかった。
「感情的になっても長生きできないぜ。落ち着いて話を聞くんだな」
「ぐ……」
完全に相手に主導権を握られていてどうすることもできない状況だった。苛立つ気持ちを無理やり抑え、僕は席に座りなおす。
「……アッシュもあまり挑発しないで下さい。話を戻します。先ほどの反応を見るに貴方は異世界人で間違いがないと判断します。何故、貴方がこの世界の人物ではないと分かったのか、また何故貴方を私達が探していたか――それは約半年前のことです。王都レクセントには信託を受ける巫女様と呼ばれる人がいます。その巫女様がその日ある一つの信託を下しました」
リクゼンが語りだす。
『過去に滅びし都より、闇に蠢く異形が目を覚ます。
彼の者は、幾千の時を得て神へと至れり。
その力は生者を終焉へ導かんと混沌を操り総てを蹂躙せん。
世界には死が満ち溢れ 煉獄と化すだろう。
神を阻むは南方へと現れり 異世界からの来訪者。
其は月の体現者 混沌に塗れし異形を穿つ者。
過去の祈りと信念を手に其は神剣を願う。
水と闇が織り成す具現は悠久からの贈り物 其は月の輝きを以って神を討ち滅ぼさん』
場には静寂が広がっていた。
「……理解できたでしょうか。半年前から急に現れた瘴気を纏った魔物。ソレは次第に数を増やしていきました。私達は早急に事を成すべき必要があったのです。南方に存在する町村全てに我が王はヴァイスシュヴァルツを派遣を決意しました。しかし、異世界からの来訪者は一向に現れなかったのです。我が騎士団は諦め一度国に戻ったのですが、今回そこのアッシュがとある申し出をしたので我が隊がこの村に来たのですが、そんな時に貴方を見つけたのですよ」
「確かに僕はこの世界の人間じゃありません。だけど、何で僕だと分かったんでしょうか?」
リクゼンが話した内容――それは正直僕にとっては信じられないものであった。
神、混沌、終焉、異形……僕の世界じゃ日常では使わない言葉、非日常な出来事だ。
だけど、そこを抜きにしても、僕がその信託に現れる人物とは到底思えなかった。
「まず、この世界には貴方のような黒い髪をもつ人はいないんですよ。アッシュの髪も大半が黒に近いですが、彼はとある事情がありますので。ですので、私たちは黒髪と見慣れない服装をした人物として探していました。正直それぐらいしか外見的には探せるものがありませんでしたので……。しかし、貴方は現れた。私たちの期待通りに――ね」
「…………」
「あとは……そうですね。これは話していて気づきましたがセツナ殿。貴方は私たちと同じ言葉を話しているようで違うようです。どういう類なのかは分かりませんが、あなたの喋る言葉と口の動きが違うのですよ」
リクゼンのその言葉にようやく気付く。確かにリクゼンの言葉は日本語に聞こえる。しかし、その口の動きは発する言葉とは全く違う動きをしていたのだった。
僕は何を言えばいいのか分からなかった。この世界に飛ばされた以上に混乱していたのだ。
「……一先ず、少し時間を置いた方がいいでしょうね。今日は食事をしたらそのまま休んでもらって結構です。ただし、逃げようとは思わないでください。私たちは貴方を導く為にこの場にいるのです。出来れば貴方の意志で私達に同行して頂きたいところです」
リクゼンの言葉を要約するとこうだった。私達に従って同行しろ。しなければ力尽くも厭わない――と。
僕は頷くしか出来なかった。
きっと……シルフィル兄妹は彼らに抗ったため、この村からいなくなったのだろう。出来ることなら探しに行きたかった。けれど――
「まぁ、そんな顔するなよ。リクゼンが言った通り、今日はもう飯食ったら休め。宿ももうとってあるしな」
アッシュが傍に立つ騎士に目を向ける。目線の先の騎士は頷いたため、その騎士達が宿の予約等は済ませているのだろう。
全てが彼らの思い通りになっているのだろうなと僕は思った。
その後、話が終わったと同時にレイリが食事を運んできた。
数刻前と似た食事。けれど、明らかに違う。
まだアリシア達と一緒に食べたかったな……
正直、普段食べたら美味しいであろう何かの肉を使ったステーキもこの場に置いては味を感じる間もなく食べ終わってしまう。
リクゼンは僕より早く食べ終わっており、席を立つと近くの騎士に二言三言話すと酒場を後にしていた。
アッシュは酒を中心に、既に5杯目だろうか―未だ飲み続けているようだった。
「あー……食べ終わったのなら先休んでていいぞ。また明日の朝にお前の意志を聞くとするさ」
「……わかった」
正直この場にはもう居たくなかった僕はすぐに席を立つ。
すると先ほどリクゼンと話していた騎士が近寄り、宿まで案内すると申し出てきた。
断っても意味がない気がした僕はその申し出に頷き、酒場を後にするのだった。
その時僕は気づくことが出来なかった。アッシュが獲物を狩る目つきで僕を見ていたことに――。
◆◆◆◆
酒場から宿屋までは徒歩で数分もかからない距離だった。
そばを歩く騎士は一言も話さずに先を歩いている。
そして、宿屋に付いた僕たちだったが、宿屋にも別の騎士が数名いるようであった。
僕の監視の為なんだろうな……僕は大人しく案内された部屋へと足を踏み入れる。
一緒にいた騎士は明日また呼びに伺う旨を言うと僕がいる部屋の入り口で直立不動となる。僕がずっとその場にいるのかと聞くと騎士は言葉を発さずに頷いたのだった。
扉の前に誰かが佇むというのは正直居心地が悪かったが、どうすることも出来なかった為、そのまま扉を閉めるしかなかったのだった。
「はぁ……疲れた……」
小さい部屋で、埃も積もっておりベッドには薄い布団しか敷かれていなかった。
しかし、僕はようやく落ち着ける場所に安堵したのだった。
ベッドに横になった僕は思い馳せていた。
この世界に来たこと、夢の中に出てくるラグザとアーリャ。
初めて生物を殺したこと、アーリャに似た少女アリシアと兄ユーシア。
ラクシア村での騎士との出会いとシルフィル兄妹との別れ。
そして、巫女が下した信託の内容――。考えることが多かったが、僕は疲労もありすぐに眠りについてしまっていたのだった。
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