第07話 -裏切りとそして―-

「ん……」


 ラクシア村から物音が無くなった夜更け―

 僕は違和感を感じ目を覚ました。


 寝惚け眼で頭が回らない中、僕は無意識に部屋を見回す。

 違和感となるものは何もない。月明かりで照らされた部屋の情景は寝る前に騎士から案内された時と部屋の有り様に変化はなかった。

 だけど、何かがオカシイ……

 言いようのない不安を感じる。急激に頭がクリアになっていく中、僕は廃れたベッドから起き上がった。

 そう、静かすぎるのだ。羽虫の音すら聞こえない中、得体の知れない恐怖が僕を侵食してくる。


 この時僕は気づいていなかった。

 アリシアがラクシア村に近づいたときに言っていた微精霊のざわめき―それが今完全に無くなり、否、微精霊そのものがラクシア村から消え去っていることを――。


 僕の気のせいか……いや、でも……


 着込むのに音が出る防具は着けれないが、立てかけていた剣を手に足音を立てずに僕は窓際に寄ってみた。

 人工的な明かりが何もない村。僕以外生きている生命がいないと錯覚してしまう無音の中、空を見上げる。

 僕の知る月より数倍大きい衛星が周りに輝る惑星を飲み込み、その存在を醸し出しているのが幻想的にそして神秘的に僕は感じていた。


 満月……か。


 宿の外にも違和感と呼べるものは何もないと結論付けた僕は踵を返し、ドアのある方へと視線を向ける。その時――


 カタッ――


 そう遠くない、しかし僕のいる宿の2階から物音がしたことに気付いた。

 僕を警護という名の監視をしていた騎士の音だろうか。


 違う――


 もしくは、宿に泊まる僕以外の客人か宿屋の従業員が歩いた音だろうか。


 それも違う――


 数瞬の間に僕は音の正体を考えた。

 だが、それは僕の思ったこととは違うモノであると僕の中にあるナニカが警告をする。


 このまま寝てしまえ。目の前にある僕と外界を隔たる扉を開けると後悔してしまうぞ――


 理由は分からない。だけど――僕は音の正体を知る為に扉を開けることにしたのだった。


 ギッ――…


 静かに扉を開くが建て付けの悪い音が室内に響く。

 そして、ゆっくりと扉の先にある暗い廊下が見え、そして――ナニか黒い液体が流れていることに気付いた。

 何か水がこぼれた……?いやこれは、この数日前にも嗅いだ嫌悪感を感じるこの臭い――


「え……」


 僕は勢いよく扉を開け放つ。

 するとそこにはリクゼンの部下であり、そして≪ヴァイスシュヴァルツ≫白の隊 第六近衛部隊の騎士が――鎧ごと両断され横たわっていることに気付いた。

 先ほどとは比べ物にないほど漂ってくる死の臭い――

 人の死を初めて目の当たりにする僕でも分かった―目の前の騎士が既に事切れていることを。


「ぅぁ……」


 胃の中の物が込み上げてくる。

 僕はソレを必死に抑え、視線を無理やり外そうとする。

 そして、気づいたのだった。視線を外した先―それは先ほど音が鳴った方角であることを。


 暗闇の中で月明かりに照らされたナニかが光るのが見えた。

 アレは何なのだろうか。僕の中の冷静な部分が状況を考察しようとする。

 しかし、答えを出す間もなく、ソレは再び闇の中に消えると――同時に猛烈な殺意が僕を包み込む。


 そこからの出来事は一瞬であり―そして、僕にとってとてもスローモーションに感じることでもあった。


 っ……!?


 剣術を習っていたおかげだろうか。僕は無意識に後退していた。

 そして数瞬の刹那――僕がいた場所を一閃する猛威が襲ってきたのだった。


「くっ……っぁ………はぁ……はぁ……」


 一歩後退しただけなのに、僕は今まで感じたことのないほどの汗とそして息切れを起こしていた。

 それは仕方のない事なのかもしれない。一歩間違えば僕は死んでいた。横に倒れている騎士と同様に……


「何者なんだ……あんた……」


 未だ襲ってくる猛烈な殺意に抵抗し、僕は腰に添えた剣の柄に手を置き、いつでも抜けるように構える。

 手が恐怖で震える。僕はソレに必死に耐え襲ってきた人物を凝視する。


「へぇ……何も知らないと言ってた割にはやるじゃねぇか」


 目の前にいるソレが言葉を発する。

 その声は聞き覚えがあり、そして数時間前に聞いた声だった。


「あんた……アッシュ………なのか……?」


「くはっ。正解、正解。大正解だよセツナ。……正解者にはご褒美をやらないといけないよな?」


 ソレはアッシュだった。

 初めて会った時と変わらない、人を馬鹿にしたような嘲笑した笑み。それは今も変わらず、この場を支配していた。


「ご褒美…?いや、それよりも何でこんなことを……そこの騎士もあんたが殺ったのか…?」


「またまた正解だよセツナ。正解したからにはお前の疑問にも答えなきゃいけないんだろうなぁ。だけどよ……」


「え……」


 アッシュとは数時間だけの付き合いだった。

 得体の知れない人物。僕がリクゼンから逃げ出すことの出来なかった一番の存在。

 あの時聞いた氷のように冷たい事とは別だったが僕はアッシュの言葉全てが恐ろしかった。

 その理由――それを次の瞬間、僕は理解し、そして後悔することとなった。


「今から死ぬ奴に答えを教える程無駄なことってないよなぁ。だけど褒美はやるよセツナ。だから――死んでくれや」


 意識的にとっていたアッシュとの間合いが一瞬で詰められる。

 それは僕の知る縮地とも違う速さだった。


「ぐっ……そう黙ってやられてたまるかっ……!」


 僕は構えていた剣を鞘から抜き、アッシュに応じる。

 アッシュが手に持つ獲物は同じ片手剣のようであった。逆手に持ったソレが僕を両断せんと放ってくる。


 速い――だけど!!


 アッシュの剣に合わせ持っていた剣を打ち鳴らす。そしてその反動を利用し僕はアッシュから離れることに成功したのだった。


 アッシュが何者かなんて知らない。だけど、今目の前にいるアッシュは紛れもなく僕の敵だった。


 相対するものは油断することなく打倒せ――


 爺さんの言葉を思い出す。

 油断はするな。相手に飲み込まれるな。目の前にいるのは敵だ―。

 僕は自分に言い聞かせる。剣術の稽古の時に幾度となくやった呼吸法を用いて支配された空気を取り戻す。


「ふぅ……アッシュ。お前を倒して全部答えてもらう」


 剣を構え直してアッシュへと相対する。

 そして、僕はアッシュが動く前にそのままの間合いから足を踏み抜き、先程とは逆にアッシュへと詰め寄り、剣を抜き放つ。


「盈月一華-三の型-…≪片月≫!」


 弦月。下に構えた剣をアッシュへ目掛けて斬り上げる。それは常人であれば視認不能な速度であった。

 アッシュに関しても同様で何とか剣を合わせてきたものの、このまま押しきれる状態だった。


 このまま押し切る!!


 鍔迫り合いになる前に僕は重心を前へ、剣に力を乗せそのまま打ち上げる。

 そして、アッシュの持つ剣を大きく外側へ弾くことに成功し、アッシュが体勢を崩すのが分かった。

 この角度、この位置に弾かれた剣ならば僕の追撃に追いつけるわけがない。

 だから――


 この位置なら……決めれる!!


 盈月一華≪片月≫。この技は単に斬り上げる剣技だけではない。半月を模した剣技でもあるこの技は斬り上げた敵を怯ませた後が本番であった。

 アッシュを殺すつもりはない。だけど、腕の一本は落とすつもりで僕は振り上げた剣をそのまま弧を描くように全力で振り下す――

 だが、


 ッッ………!?


 アッシュが右手に持っていた剣は弾き、間に合う状態ではなかった。

 だが、僕の剣はアッシュの剣に邪魔をされ大きく弾かれることとなった。


 弾かれた剣から手を放して左手に持ち替えただと……!?でも、僕の全力に抵抗できるわけが!?


 アッシュは左手に剣を持ち替えていたのだった。

 にも関わらず、それは僕の全力の攻撃をものともせず、いとも簡単に僕の攻撃を弾いていたのだった。


 まずっ……


 僕の動きが固まる。それを見たアッシュはより嘲笑の笑みを浮かべ僕の身体へと剣を叩き込まんとしてきた。

 腕が痺れて動かない。だけど――ここで諦めたら終わってしまう。

 だから!!


「ぐ……ぁぁぁあああ!!」


 腕の血管が千切れ筋肉が悲鳴を上げる。だけど、そんなこと知ったことか。

 激痛にのたうつ腕に一喝し、弾かれた剣を振り下ろす!

 そしてガキンッ!と火花が弾け、僕の剣とアッシュの剣が打ち合わさる。

 鍔迫り合いの形となった僕たちだったが、アッシュはそれも想定のうちだったのか笑みを絶やしていなかったのだった。


「よく耐えた、と言いたいところだが……おせぇよ」


 ――ゴフッ!!!?!?


 僕の腹部にとんでもない衝撃を受ける。

 アッシュは鍔迫り合いのまま膝蹴りをかましてきていたのだった。


「がっ――ぐぁっ……!!?!?」


 僕はよろけてしまった体勢を整えようと後ろへと下がろうとした。

 だが、そんなことはお構いなしにアッシュは僕へと詰め寄り、


「だからおせぇって――いってんだろ!」


 強烈な回し蹴り。僕は避ける暇もなくアッシュの蹴りが突き刺さる。

 腹を突き破らんばかりの衝撃を受けた僕はそのまま廊下を転がり、壁に激突。しかし、そのまま壁すらも突き破り僕が寝ていたであろうベッドにぶつかった時点でようやく停止するのだった。


 頭にそして全身を打ちつけた僕は意識が朦朧としてしまっていた。

 受け身をとる暇もダメージを分散する暇もなかった。


「ぁ……」


「ったく、手間かけさせんなよ。神剣もまだ使えない身分で抵抗して勝てるわけがないだろうが」


 崩れた壁を乗り越えアッシュが僕に近寄ってくる。

 だが、立ち上がることもできず、そして意識が今にも落ちそうな状態であった僕はその場を動くことができなかった。


「実戦経験はそこそこあるようだが、殺し合いの経験は皆無のようだったな。セツナ、テメェの剣に殺意が全くなかったしな。まぁ、そんなことはいいわな。最後に一つ答えてやるよ。何で王都から迎えに来た俺がこんなことをしているのか気になっているよな」


「な…にを……」


「セツナお前は邪魔なんだよ。これからの計画にお前は不要ってわけ。だから――このまま死んでくれ」


 訳が分からない。リクゼンはどうした、ユーシアにアリシア。二人は無事なのか。

 何一つ分からないことだらけの中、僕は剣を振り上げるアッシュに目を向ける。

 頭を打った時に怪我した箇所から流れた血が視界を濁す。意識も限界だった。


 ユーシア……アリシア……ごめん。そして――ラグザとアーリャ。二人が何を伝えたかったのか僕には分からない。だけど、伝えたかったこと果たせそうにないよ……


 身体から力が抜けてくる。

 アッシュの攻撃がスローモーションに感じる。これが走馬灯なのかな……

 全てを諦めかけたその時――部屋の窓がガッシャン!と盛大に破れる音と聞き覚えのない、だが僕の頭にはっきりと響く声が聞こえてきたのだった。


 ――……その人は殺させない……!!


 この場に乱入してきた人物。それは白緑色の髪をした女の子だった。

 僕はその子の姿を見たと同時に深い闇へと意識が落ちていくのだった――。

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