第27話 -調査?いいえ、観光です-

「セツナさん見てください!これ可愛いと思いません?」


 アリシアが手に持った髪飾りをはしゃいだ声を上げながら見せてくる。

 サファイアのような青い宝石が散りばめられた可愛い髪飾りだ。

 買ってあげたい衝動に駆られる。けれど、無一文な僕にそんな甲斐性はなく……


「アリシアに似合いそうだね。買ってあげたいけど、お金なくてごめんね……」


「え?あはは、買ってほしくて言ってるんじゃないですよ!ほら、こういう物って見てるだけでも楽しいじゃないですか!」


 それって案に買う気はないってことなのかな…。ほら、店のお兄さんも歪な笑顔に変わってるし。


クイッ、クイッ――


「ん?」


「……ん。似合う?」


 反対側にいたリィナが僕の袖を引っ張り、こっちも見てくれと主張してきた。

 こっちはエメラルド色の宝石が中央にはめられた首飾りだった。

 相変わらず無表情のまま、首を軽く傾げてこっちの反応を伺ってきている。


「ん、似合ってるよ。可愛く見えるね」


「……そう。なら……これください」


「――!!毎度!」


 冷やかしのみで買ってくれると思ってなかったお兄さんが突如満面の笑顔に変わり、リィナと取引を行っていた。


 さて、僕らはこんなところで何をやっているのだろう。

 ここはエルガンド内にある数多にある露天商の一つだ。周囲を見渡すと他にも様々な露店が見える。

 両隣ではしゃぐアリシアとリィナを見て思う。……どう見ても観光です。

 今この場にユーシアはおらず、僕達3人のみだった。

 なんでこんなことになっているんだろう。調査が目的で動いていたはずなのに――


  ◆◆◆◆


「そもそも何故第四王女が裏取引で人身売買されようとしているんだ?誘拐?でもまさか王族がそんな簡単にされるとは思わないが……」


「すまんが、さすがに俺達商会も何が起きてこんなことになっているのかまでは掴めていない。だが、ここ最近の王都は何かがおかしい。よくない噂も聞くしな」


「――ッ」


 ガゼインから第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫の捜索調査の依頼を受けた僕達だった。

 やること自体は理解できるが、ユーシアの言うとおり何故第四王女――一国の姫様がこんなことになっているんだろうか。第四王女と言えど、歴とした王族の一人だ。本来いるべき場所からいなくなればそれは国全体の問題となる。しかし、隣に座るアリシア曰く、そんな話全く知らないということだった。

 けれど、ガゼインの言う王都のよくない噂……僕もそこが気になる。だからこそ、僕は王都に行きたいと思っているんだから。


「セツナ、お前何か知ってるな?だが、今回の件とは別の事のようだから今は深く聞かねぇ。ただ、お前らも気になっている通り、王都――いや、エルージャ公国全体に不穏な気配が漂ってきているから気を付けたほうがいいな」


「………」


 ガゼインの忠告が重く圧し掛かる。


「とりあえず、事が事だ。依頼については受けさせてもらう。そして、このことについて口外しないことについても約束する。これでいいんだな?」


「あぁ。ここまで話したんだ。ここで断ったら……まぁ、お前等はエルガンド祭が終わるまでは俺達の見えるとこで大人しくしてもらうしかなかったがな」


「ぐっ……。商会の奴らが冒険者を押し留めることが出来ると思ってたのか?」


「くくっ。逆に問おう。冒険者に俺達が劣ると思ってるのか?」


 ユーシアとガゼインが睨み合う。既に依頼を受理した後だからそこまで切迫した雰囲気とはなっていない。けれど、万一僕達が依頼を断り商会から軟禁されそうになった場合どうなっていただろうか。

 言葉だけで見れば冒険者と商会……商人。この2つの力は、戦闘においては冒険者が上。情報戦や物資力は商会が上だと思う。だからこそ、僕達が本気を出せばこの場を抜けることは簡単だと僕以外の3人も思っていることだろう。

 しかし、最初会ったときから目の前の男――ガゼインの異様な雰囲気が気になっていた。この男は強い。それこそ、僕やリィナでさえへたすると手に負えない程に。


「………まぁ、今あり得ない話で無駄な時間を労することもないな。お前達は依頼を受けたんだ。なら、俺達は仲間だ」


「ふぅ。そう……だな……」


 ガゼインは敵に回していい男じゃない。僕は――僕達はそう感じた。

 その後はユーシアが事務的な取引の為にガゼインの元に残り、僕達は先行で第四王女の調査に出ることにしたのだ。

 第四王女の見た目は長いウェーブのかかった金髪の少女であるとのことだった。僕の想像通りならまさに物語のお姫様のような出で立ちなのだろうか。

 エルガンドの街を歩き何か痕跡がないか、不審な人物はいないか調査をすることになったのだけれど……

 何がどうしてこうなったのか、傍から見ると僕達はただ観光しているだけになっていたのだった。


  ◆◆◆◆


「ねぇ、もっと怪しいところを探したほうがいいんじゃないの?」


 僕は和気藹々と楽しんでいる二人にそう声を掛ける。しかし、アリシアとリィナは二人とも僕が言ったことがおかしかったのか、一度顔を見合わせると、


「そういっても、怪しいところってそう簡単に見つかるものじゃないと思いますよ。裏路地とか暗い場所は確かに取引には使われる場所ですが、怪しい人達も好き好んでその場所にいるわけじゃないですし……。それに私達が人を探しています!っていう風に露骨に動いていると裏で人身売買をしようとしている人達に勘ぐられちゃいますよ」


「……ん。それに、怪しい人物なら何人か見つけたよ?全員物盗りのようだったから無視したけど」


 二人は当たり前のように話す。けど、確かに正論だった。彼女達は昔から冒険者なんだ。このようなことも動き方を理解しているし、その実、動いていた。


「ごめん。二人の言うとおりだ」


「ふふっ。謝らなくていいですよ。ほら、あっちで何かやってるそうですし行ってみましょうよ」


「あ、あぁ……そんなに引っ張らないで……むぐっ」


 その時、僕の口に何かが突っ込まれる。これは……肉?


「……ん。おいしいよ?」


 両手に謎の肉串を持ったリィナがその片方を僕の口に突っ込んできていた。肉汁が口の中で溢れて香辛料が効いていてとても美味しい。


「あ!リィナさん何をやってるんですか!!」


「……?セツナに食べさせてるだけ」


「むー……ずるいです!!」


 リィナの手から肉串を取り、僕は目の前で言い合う二人を見ながら無言で食べ続ける。彼女達はちょくちょくこうしてぶつかり合っていた。それこそ喧嘩とまではいかないけれど。リィナが僕に好意を持っていてくれていることは知っている。そして、それに対抗したアリシアも――だ。

 リィナは僕達の前からいなくなろうとした時、諭した僕に依存してしまっているし、アリシアは命を二度救っていることから分からなくもないことだけれども……正直、この場に僕は居づらかった。

 僕の目から見ても、二人は綺麗で可愛かったのだ。そんな二人を両脇に連れて歩く僕。周りの人たちはどう思うだろうか。

 そう、周囲にいる人たちの視線がものすごくきつかったのだ。殺意さえ混ざる程に。ユーシア……早く戻ってきてくれ。


 その時、これまでにない冷たい殺気を背後から感じたのだ。


「――ッ!?」


 背後を振り向く。けれど、後ろには急に僕が振り向いたことに驚く人以外不審な人物はいなかった。何だったんだろう、今のは……未だに首筋にピリピリと嫌な感覚が残っていたのだ。

 明らかにさっきまで感じていた嫉妬が混じる殺意とは別物だった。そう、明確な殺意が混ざった悪意ある者の視線――


「……セツナ?」


「どうかしたんですか?」


 僕の様子に不思議がった二人が問いかけてくる。僕は今起きたことを正直に話す。


「殺気……ですか。私達の事がばれた?けれど、おかしいことはしていなかったはずですが……」


「……もしくはわたし達を知っている誰かが気づいた、とか。わたしの存在は結構知られているし、わたしやセツナが入る前の≪悠久の調≫も無名って程じゃいチームだったはず。けれど……セツナだけが気づいた殺気……違う。セツナだけに向けられた殺気……ぁ」


「リィナ?………あ!」


 リィナが何かに気付く。その視線は僕の髪に向いていた。

 髪?その時、僕はアリシア達と出会ったことを思い出した。僕の髪色である黒髪はとても珍しい、と。それこそ、この世界で異世界人の特徴でもあると言われていたことだった。

 そのことを知る誰かが僕に気付き、殺気を向けたということなのだろうか。

 あとはもう一つ僕だけに向けられた殺気の相手に思い当たる節があった。そう、アッシュだ。けれど、今の冷たい殺気はあのアッシュが放ったものとは思えなかった。


「僕の存在というより異世界人の存在を知っている誰かがこの街にいる……?」


「……ん。その可能性が高い」


「うーん……何かで髪を染めれないかな。これ目立つよね」


 僕は目元に微かに映る前髪を引っ張る。元の世界――日本では黒髪が普通だった。けれど、この世界≪セレナディア≫に黒一色の髪色はほとんどあり得ないということだった。実際に周りにいる人はどの人もカラフルと言っていい程、様々な髪色をしていたが、黒髪は存在していなかったのだ。

 ≪宵闇≫を今ここで呼び出せばあのラグザと同じ鉛丹色の赤髪へと変えることはできる。理由は不明だったが、神剣を呼び出すと髪色そのものが変化していたのだった。けど、そんなことの為に≪宵闇≫を呼び出していたらラグザに怒られてしまいそうだ。


「でも、私はセツナさんの髪色好きですよ?」


「……ん。セツナはそのままでいい」


 そんな僕を見て二人がそんなことを言ってきた。まぁ、今すぐ対処すべきことでもないし、このままでいいかな……


「はは、ありがとう。でも、気を付けたほうがいいね。今の殺気の相手が僕達の探す人身売買の一員に関わっているか分からないけれど」


「そうですね。逆に関わっていると思って行動したほうが良さそうです」


「……ん」


 その後も僕達は観光をしている振りというか、実際にほとんど観光そのものだったけれど夕暮れ時までエルガンド内を歩き続けたのだった。


  ◆◆◆◆


「へぇ……そんなことがあったのか」


 その夜、僕達は宿の中にある食事処で夕飯を食べていた。

 テーブルに置かれた新鮮なサラダにフォークを突き刺し、口へと運ぶ。

 商人の街というだけあって食事に関してもメニューが豊富だったことと、今いるこの宿、そして宿で取る食事全ての費用を商会が受け持つということになり、

 テーブルの上には食べきれないほどの料理が並べられていたのだった。

 どれもこれも遠慮なくユーシアが頼んだ品々だった。

 今いるこの宿自体も高級宿のようだし、どれだけガゼインと交渉したんだろう。


「エルガンド祭が始まるのは6日後。そして祭り自体は4日間行われる。ガゼイン達は今も人身売買がいつ行われるか調査を行ってくれている。俺達が依頼を受けたのはその中の裏の目玉イベントでも第四王女の取引を止めることだな。ガゼイン達の話じゃその裏の日程も予測はついているらしい」


 果実がふんだんに使われた果実酒を煽りながらユーシアが依頼内容について話す。


「その日って何時なの?」


「あぁ。予想では表――商会が行う目玉イベントは毎回祭の三日目の昼から行われている。その騒ぎに乗じて同じ時間帯に裏で裏の目玉イベントとして第四王女が出品されるんじゃないかということだな」


「なるほど。確かに理に適ってるね」


 あ、この謎魚の蒸し焼き美味しい。最近食べ物食べるとき謎しか言ってない気がするけど……。地球の食べ物とは全く違うんだよね。どれもこれも美味しいけれど。

 ユーシアの話を聞きながらテーブルに盛りつけられた料理を食べ続ける。

 祭りまであと6日。そして取引予想日時まで考えるとあと9日がリミットってことか。これが短いと思うか、長いと思うか……


「ガゼインからの依頼では祭りが始まる前に姫様を見つけて救出してほしいとのことだ。まぁ、最悪人身売買の場所を見つけて出品時に取り押さえるというのも有りだが……」


「本当にお姫様が囚われているなら早く救出したいよね……今まさに何をされているのか分からないですし」


「あぁ。本当にな。俺達の国の姫がひどい目にあってるなんて許せねぇよ」


「……ん。わたしと同じ目になんて合わせれない」


 その通りだ。1秒でも早く第四王女を見つける必要がある。それは僕達4人の共通事項だった。


「それで、だ。明日はちょっと違う視点から調査を行おうと思っているんだ。それこそ冒険者向きのな」


「……どういうこと?」


「そもそもだ。俺達がエルガンドの中に入るのに苦労したように、この街にある四方に分かれた門には守衛が一人一人検査を行っているんだよ」


「それは入る前にも聞いたね。だからこそガゼインの依頼を受けていなかったらきっとまだ街の外だったろうし」


 荷馬車だろうか持ち物全てをチェックしていたのだ。時間がかかるのも仕方ない状況だった。

 あれ……なら、どうやって人身売買を行う人物たちは中に入ったんだろうか。


「はっきり言うと奴隷だな。その奴隷を商人や観光人の恰好をして並べたところでここの商会の奴らに気付かれないわけがない。だが、実際に既にこの街の中に入りこまれているのも事実とのことだ。ならどうやってエルガンドの中に入ったか。それがこれだ」


 ユーシアが一つの紙を僕達に見せてきた。それは何かの地図のようだった。


「……これ、もしかして地下水路の地図?」


「お、正解だ。さすがにリィナは一発で分かるか。その通りこの紙はこの街の地下に張り巡らされた地下水路を現した地図だな。この街はでかい。エルージャ公国内では王都に次ぐ大きさだな。だからこそライフラインの整備も大がかりになってくる。警備の手が追い付かないほどに広大になった地下水路とか…な」


「人身売買を行う人達は地下を通ってきたんですね!!」


「もしかすると今もまだ地下にいる可能性がある。だからこそ僕達は地下水路の探索を行うということだね?」


「その通りだ。そしてさっき言った冒険者向きと言ったが、地下水路は結構な無法地帯なんだよ。アンダーグラウンドだな。場所によっては魔物が徘徊するダンジョンに近い場所になっているとこもあり、別の場所は不労働者のたまり場になっているともガゼインが言っていた。まぁ、非合法的な取引を行うにはうってつけな場所ってとこだな」


「そんな場所が……何故ガゼイン達商会はそんな場所を放置しているんだろう?」


「さぁな。人手が足りないってこともあるだろうが。あの男がそんな理由で放置し続けるとも思えないし、思惑なんて俺達には分からねぇ。だが、あの男は俺にこの地図を手渡してきた。なら、利用するしかないさ」


「…………」


 あの男が無法地帯と化している地下を放置している理由。表舞台としたエルガンドで行われる取引に隠された裏で何が行われているんだろうか……


「そういうわけで、明日は地下を調査する。何があってもおかしくない場所だ。冒険者としての準備をしっかりして向かうぞ!!」


『了解!!』

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